エッセイ『祖母との別れの話』8
『祖母との別れの話』8
そろそろ、祖父の三回忌を迎えます。
祖母をどうするか。
それを母と相談中です。
施設の人に聞くと「少し歩けるようになりましたよ」という人もいれば「無理です」と答える人もいます。
本人は「手摺りがあれば歩ける」と言っていますが「その手摺りはどこにあるの?」と聞くと「手摺りなんか何処にでもある」と言って聞かないのです。
本人が「出来るようになった」と思い込んでいる一方、自力で起き上がる事すらもう無理なのです。
面会に行く時、たった数メートルの距離を車椅子で移動し、車椅子に乗る時も介助が必要で、更に言えばベッドから起き上がるのにも介助が必要です。
以前、足を捻挫しました。
それはベッドとベッドの手摺り?の隙間に足を突っ込んでテコの原理で起き上がっていたのです。
もう腹筋や腕の力では起き上がれないのです。
でも本人は歩けるつもりでいます。
先日の祖父の一周忌の時だって私、兄、父の三人掛かりで階段を上り下りしていたのに、本人は「一人で歩ける」と言い張る。
「これはもう、申し訳ないけど、ばーちゃんには介護タクシーでいつか行ける時間が出来た時に介護タクシーを一日借り切ってフラッと行ってもらうしかないね」と母が言っていました。
私も「その方が良いね」と答えるしかありませんでした。
祖母の気持ちも分かるけど、現実、こうなってしまったので、どこかで諦めてもらうしかないと現在説得中です。
「歩けるよぉ!」
祖母は毎回そう言うのですが、母は先日「無理でしょ?」と突き放しました。
それに対して祖母は私に助けを求めて来ましたが、私も「ごめんね。ばーちゃん……もう無理なんだよ……」と言うしか無く、祖母は唯一の味方である私からも見放されてしまい絶望の顔をしていました。
胸が苦しかったです。
でも、無理なものは無理。
割り切るしかない。
心を鬼にするしかない。
何度心の中で「ごめんよ。ばーちゃん」と呟いた事か。
施設の人も悪いと思います。
「出来るようになってきてますよ」
それで出来た試しが無い。
そういった内容を本人だけではなく家族にも話す介護士さんは、正直、仕事が出来ないとしか思えません。
無駄な希望を持たせないでほしいです。
正直に言ってほしいです。
「出来ません」
「無理です」
と。
その方がこちらの心も軽くなります。
無駄な慰めなんて要りません。
欲しいのは現実問題「可能」なのか「不可能」なのか、です。
三回忌は取り敢えず、その時期までに転居先が見つかり次第、一緒に連れて行く方向性ですが、それが叶わなかった場合は、本人には諦めてもらうしかありません。
三回忌はどうなるか。
続きます。




