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「まあお前ならできるだろうが、加減はしろ。あまり無茶をするようなら俺は精霊の姿に戻るからな」
亜空間に移動して、諦めたように頬杖をつくアル。
「あーっだめだめ!お願いします!きちんと自分の足で帰れるように手加減しますから…!」
精霊の姿とは、契約していない精霊がわたあめのような姿で漂っている状態である。
今はアルがビアンカのためにグリードの姿でいるが、変えようと思えば変えられるのである。
契約主を大事にする精霊だからこその思いやりで成り立っているご褒美だった。
ビアンカはそれをしっかりと理解している為、基本的にアルに本気で嫌がられることはしない。
数少ないというか、唯一の友達であるからだ。
闇魔法で分身を作り出し、それに攻撃する。
その痛みは本体である自分にもやってくるが、構わず治癒魔法をかける。
全身に強い痺れが走り、手のひらには火傷が残ったが分身は完璧に治癒されていた。
(足が痺れて立てないけれど、それ以上に手の平の痛みがたまらないわ…!)
一発で成功してしまった実験に感動していると、手のひらの痛みも体の痺れもアルによって消されてしまった。
「ふん、これはお前のような令嬢が使うものではない。ここだから好きにさせてやったが、表でそんなものを使えば化け物扱いだぞ」
「ば、化け物…?!」
(それはそれでいいかも…?)
そう考えた瞬間、体がガクッと重たくなる。
先程あるが使った治癒はビアンカの魔力を使ったらしい。
全身の倦怠感を抱えつつ、内心喜びながら早めに眠りについた。
ビアンカはこの生活が変わることはないと思っていた。
だが、そんな思考は魔法学園に入学して間もなく、ガラガラと崩れ去っていったのだ。
王太子の名前を許可なく呼び、それどころかあの鉄仮面のハインツにまとわりつき、大切にされているとのこと。
他にも大商人の息子や騎士団長の息子等を取り巻きにしているとのことだが、ビアンカにとって正直そちらはどうでもよいことであった。
「ビアンカ様!あの女の卑しさったらありませんわ!身分の高さは関係ないと言いながら自身は経済力と顔しか見ておりません!」
「そうですわ!聞くところによると王太子殿下のことも名前で呼んでいるとか…!許せませんわ」
周りでキーキーと扇子をパタつかせる巻き髪の女子生徒たち。
ビアンカの権力と能力の高さを盾にして言いたい放題の生活を送っている。
そのせいかビアンカは学園では取り巻きを従えてふんぞり返っている令嬢だとか、自分の手は汚さない悪役だとか、そんな評判が付き纏っていた。
王太子が噂を否定している為皆表立っては言わないが、視線でわかるのだ。
(ああ、気持ちいい!皆さんもっと大きい声でおっしゃいなさいな!私が悪役よ!黒幕にでもなんでもなって差し上げますわ!)
正確にはビアンカは何もしていないが、ビアンカの名前を傘にきている令嬢達のおかげで周囲の攻撃対象はビアンカになっていた。
悪役令嬢万歳である。
この状況が楽し過ぎて、噂が出始めてから1ヶ月が経とうとしていた。
このままというのも悪くないが、悪役として疎まれながらも、ハインツが噂の男爵令嬢にこれ以上誑かされないように注意しなくてはならない。
最近は王太子とのお茶会にも姿を見せず、あの視線不足なのである。
気合を入れたビアンカが立ち上がり、一人悠々と廊下を歩いていると甲高い声に呼び止められた。
「ちょっとあんた!ビアンカでしょう!」
相応の身分の者が集まるこの学園で、こんな呼びかけられ方は初めてだった。
そしてこれはビアンカにとって、運命の出会いだったのである。