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「あ…申し訳ございません。ウォルシュタイン様」
「いや、謝って欲しいわけじゃないんだ。君と仲良くなりたくて。婚約者なのにあまり時間が取れないから、性急に感じさせてしまったらごめんね」
己よりも多くのことを学ぶ立場の王太子。
時間が取れないと言いつつも、忙しい中時間を使ってくれているのをビアンカは知っていた。
王太子の後ろから何度同じことを言わせるのだと言わんばかりの鋭い視線を感じ、背筋に甘い痺れが走る。
(あ…ハインツ様、できぞこないで役立たずの私をもっと責めてくださらないかしら…)
ゆっくりと瞬きをすると同時に気持ちを切り替え、王太子に完璧な笑みを返す。
ビアンカ達はこうして仮面を被り続けるのが仕事なのだ。
王太子は王太子として、ビアンカは婚約者として、相応しい振る舞いを求められる。
王太子からはそういった類の愚痴を聞いた覚えがない為、根本から聖人なのだと思っている。
弱みを見せられないのだとしたら、それは自分も隠し事に塗れているのだから人のことをとやかく言う資格はない。
こうしてお茶会は表面上は婚約者として仲良く、内心は王太子斜め後ろの眼鏡の奥に関心がいってしまうのが常だった。
しかしそれで何が悪いというのだろうか。
人間それぞれ好みがあるのだから、自由恋愛が許されないのであれば心の中で楽しむくらいは許して欲しいというのがビアンカの気持ちである。
馬車に揺られながら家に戻り、ビアンカは庭の外れにある池に手をかざした。
パァッと一瞬の光と共にハインツと瓜二つの大精霊が現れた。
元々精霊は姿形を持たず、人間に干渉することも稀である。
しかしながら膨大な魔力量にも関わらず、自らの欲といえば虐げられたいという、風変わりで下手すれば利用されやすいビアンカに、この大精霊は気まぐれで契約を許したのである。
契約をすると契約主の理想通りの見た目に精霊は変わる。
大精霊ともなればその変化は精巧で、どこからどう見てもハインツそのものであった。
幸い精霊が見えるのは魔力量が高いものでも一部であり、この広大な国でも数人しかいない。
大精霊はビアンカの呼び出しがなければ自分から出てくることはほぼない為、契約して5年近く経つ今でもその存在を知るのはいない。
正確には、両親と王族には大精霊と契約した旨のみ伝わっている。
元々膨大な魔力量が契約してからはさらに跳ね上がり、技術も神童と呼ばれる王太子と並ぶほどであった為、契約なしでは説明がつかなかったのである。
「アル、こんにちは」
「ああ。今日はなんだ。あまり闇魔法を極めては王族からの監視が強くなるのではないか」
いつもこの池のそばで亜空間を作り出し、魔法の鍛錬をしていた。
適性がある闇魔法が一番使いやすく、その能力から反動も大きい。
しかしビアンカは、王太子が光魔法で治癒を使うのを見て閃いたのである。
適性がない魔法を使えば、さらに大きな反動をくらうことができるのではないかと。
精霊との結びつきは、精霊の力の強さと契約主の魔力量の高さにより強さが決まる。
したがって、アルとビアンカはお互いの考えていることが勝手に流れてくるほど強く結びつきがある。
アルはビアンカをあまり興奮させないようにと自分の感情を遮断しているが、ビアンカから流れてくるある意味豊かな感情は精霊にとって養分でもある為、右から左に聞き流すことに慣れてしまった。
その為主が光魔法を使いたいと魔法陣まで完成させていることも、とっくに知っていた。




