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ノリと勢いで見切り発車です。お付き合いいただければ幸いです。
儚げで優しく誰にでも平等、将来は間違いなく賢王になるだろうと期待をされている王太子。
そんな尊いお人の婚約者として羨まれるが、ビアンカは隣の鬼畜そうな宰相の息子に憧れていた。
誰にも言えない性癖のせいで。
ビアンカ・フォン・リーブスは代々続く大貴族の長女として誕生し、幼い頃から1つ上の王太子の婚約者として厳しい教育を受けてきた。
それはもう涙を流した回数は数え切れないほど。
「お母様…なぜ私はこのように辛いことばかり…っなりたくて婚約者候補になったわけではありません…!」
そんなことを溢してしまった日にはさらに厳しい教育が待っていた。
皆がなれるものではなく、選ばれた者の使命なのだと言われ、どこぞの勇者だと臍を曲げた。
その時は少しの疑問も抱かなかった。
しかし、辛い教育を耐えるために心は進化してしまったらしい。
前世と同じように。
前世の自分は齢35にして彼氏おらず、性癖がばれないようにと怯えて付き合うのにも疲れ、趣味嗜好の合う者同士で集まることを覚えては発散していた。
ビアンカは、そんなことを10歳にして思い出してしまったのである。
盛大に困った。葛藤もした。
しかし、悩んでもどうにもならないことというのはいつの時代にも、誰にでも存在するものである。
ビアンカは10歳にして自分も前世と同じように目覚めてしまったのだと自覚をした。
なぜかと言えば、あれだけ嫌だった妃教育が1日のうちの一番の楽しみになったからである。
最近でいえば、わざと同じ間違いをして手のひらに鞭をもらうことを覚えた。
恍惚の表情を浮かべずに済んでいるのは、感情を表に出してはならないという教育の賜物である。
パシンッ
令嬢の肌を傷つけないよう、絶妙に調整された力加減。
(ああ…っ先生、わざと間違えたことを勘づいていらっしゃるのかしら…。今日はいつもより心ばかし強いような…なんて気持ち良い…ありがとうございます…)
開き直ったビアンカは逞しくなった。
前世と比べれば不自由さは比べ物にならないが、持っているものも比べ物にならない。
美貌や魔法の技術を高めるのに必要な素質と環境が整っていた。
そしてビアンカは、天才的な知識を用いて術者に負担があるが、通常よりも効果のある魔法を次々と生み出した。
これは契約している大精霊しか知らぬことである。
負担といっても、魔力消費が少ない代わりに痺れにも似た痛みが身体中を駆け巡るという、ビアンカにとってはご褒美である。
大精霊は内心うっとりとするビアンカの感情を共有し、うんざりしていた。
ウォルシュタイン・ロイ・クラウンはこの国の王太子である。
デビュタント以降その隣に並ぶのは、眩いブロンドの髪に、エメラルドの瞳を持ったビアンカ。
出るとこは出ているのにくびれもあり、背は高い。
眦はツンと上がっており、悪役令嬢ぴったりな見た目に成長していた。
しかしながら、決まった交流しかない王太子には魅力があまり感じられない。
ビアンカにとって、優しすぎるのである。
このままいけばきっと絵本の中の王子のようなこの人と結婚することになるのだろう。
それは幸せなことだとビアンカも理解していた。
せめて結婚するまでは、心の中での憧れは許して欲しいと王太子に会うたび申し訳なさを感じていた。
それは王太子の側近として、いつも行動を共にしている鬼畜そうな眼鏡のグリード・ハインツの存在。
切長の一重で冷静に判断をしようと鋭い視線を向けられると、ビアンカの背筋はゾクゾクっと反応してしまうのである。
「ビアンカ嬢、ますます綺麗になったね。魔法の成績も素晴らしいものだと教師陣からも評判だし、私も負けないように精進しないと」
「まあ殿下、私など殿下に比べればまだまだですわ」
「ビアンカ嬢は殊勝だな。ところで、いつになったら名前で呼んでくれるのかな?」