05:贈る気持ち
空が遠く、高く感じる。実をつけなくなった苗を抜き閑散とした畑を見回して、アルゼンタムは息をついた。もう何度もやっていることだが、なかなか慣れないし大変だ。畑の一角、まだ葉を茂らせる場所には収穫待ち遠しい秋の味覚が植わっている。
「後はイモ類か……。うーん、収穫したらスイートポテトでも作ろうかな」
他に作れる甘味は、と思考をめぐらせるが、なかなかグローリーを満足させることが出来そうなものは思いつかない。味にうるさいエルウのおかげで数々のレパートリーも上達しているが、最近はおやつの時間も上の空なのだ。
「……どうしようかなぁ」
どうも、アルゼンタムに隠れて何かをしているらしい。晩春辺りからだろうか、グローリーの誕生日を何とか祝い、その後から悩んだり調べたりと挙動不審だった。部屋に篭って本を読んでいるのかと思っていたのだが、そういうわけではないようだ。
趣味でも見つけたのだろう、とは思うものの。何かに熱中するのはかまわないのだが、アルゼンタムに頑なに教えようとしないので心配でもある。
わざわざエルウに頼んで、何かを購入したりもしていた。荷物の中身を聞いたら、凄い勢いで拒絶された。結構ショックだ。昔はどこに行くにもついてきて、一緒に風呂に入ったりもしていたのに。こうして親離れは進んでいくのか。アルゼンタムは年頃の娘を持つ父親のような切なさを感じていた。
「変な影響、受けなきゃ良いんだけど……はぁ」
見上げた儚げな青に魔女の姿を重ねて、アルゼンタムは恨めしげに空を見上げた。
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「え、と……ここで、とめて……できたっ」
型枠から外して、白いハンカチを広げる。片隅に刺繍された小さなクローバーに、グローリーは笑みを深くした。エルウに頼んで刺繍の本や必要な道具などを送ってもらい、試行錯誤を繰り返してようやく完成したのだ。教本に描かれたイラストと見比べ、傍らで作業を見守っていた魔獣を撫でる。
「えへへ、やっと完成した……ほら、がんばったんだよー」
『ぎゃぴぴー』
エルウに借りてから三ヶ月、すっかりお互いに慣れた。最初は動いて光って鳴く物体の登場に驚いたが、エルウの丁寧な説明もあり魔獣の存在を理解できた。それまではよく分からなかったが、作ることはできないまでも原理を知れば怖くもない。
魔獣と一緒に刺繍の本を覗き込み、ベッドの上で横になってページをめくる。いくつか基本となる刺繍を試し、ようやく慣れてきた。この調子なら、よほど難しいものでない限り時間をかければ縫えるだろう。
一緒に覗きこむ魔獣を撫でながら、頬を緩めて話しかける。
「あのね、アルの誕生日にプレゼントするんだよ。わたしはここから出れないから、手作りでプレゼントを用意して、アルをびっくりさせるんだ。アル、何が好きかなぁ? どんな柄なら喜ぶかな?」
『相変わらず、グローリーちゃんは可愛いですわー』
「ってお姉さま!? つ、繋いだなら言ってくださいー!」
うひゃっ、と悲鳴を上げてのけぞるグローリーに、魔獣――エルウの笑い声がかかる。声だけの通信なので見えてはいないのだが、この従姉妹にはお見通しなのだろう。
『刺繍を教えて欲しいといきなり言われたときは驚きましたけれど……どうやら、その様子だと順調なようですわね』
「うぅ……もう、お姉さまには感謝していますよ」
『えぇ、送ってもらった刺繍入りのハンカチ、大事にしていますわ。アルゼンタム君へのプレゼントの練習の一環、というのが少し悔しいけれど』
くすくす、と聞こえる笑い声は楽しそうで、グローリーは見えないと分かっていても隠れたい気分でいっぱいになった。クッションを両手で抱きかかえて顔をうずめ、顔を隠す。
自分では分からないが、きっと妙にしかめた変な顔になっているだろう。もやもやと渦巻く感情に振り回されると、どんな顔をすれば良いのか分からずに困ってしまうのは変わらない。
苛立ちを込めて魔獣の鼻先を突っついてみるが、魔獣は変わらずにグローリーに擦り寄るだけだ。
『たしか、彼の誕生日まで一月きっていますわよね。何を刺繍するかまだ決めていませんの?』
「……好きなもの、分からないですし」
『……普通に、何か好きなものがあるか聞けばどうかしら』
呆れられている。グローリーもそう思うのだが、下手に聞いてサプライズがばれてしまうのも嫌だ。初めてプレゼントを渡すのだ、ちゃんとびっくりさせたい。
「お、お姉さまが聞いてくれませんか?」
『ワタクシが聞いたら余計に何かあると思わせますわよ……シグレ君ならともかく』
「あ、じゃあ……」
『以前、個人的に聞いたら「髪」と言い切ったらしいですわよ』
「…………」
言葉が出てこなかった。アルゼンタムが髪を弄るのが好きなのだろうとは思っていたが、それにしてもどうなのだろうか。好きなものを聞かれて、髪。グローリーは一般的な趣味嗜好よく分からないが、書物から知る限り、そういうのはやや特殊で少数派であると思う。
「髪は……流石に、刺繍は難しいです……」
『普通、刺繍なんて花や小鳥だとかが一般的ですわね……そうですわ。いっそ、グローリーちゃんが良いと思うものを刺繍したらどうかしら』
「アルが好きなものではなくてですか?」
見えないと分かっていても、グローリーは首をかしげて魔獣を見つめた。プレゼントする物、人にあげる物なのに自分の嗜好を含めても良いのだろうか。
『好きな人から貰えれば、どんなものでも嬉しいでしょう?』
「すき、ですか」
アルゼンタムはいろいろなものをプレゼントしてくれるが、どれもこれも素敵なものばかりで嬉しい。グローリーは、アルゼンタムのことがとても”すき”だ。そういうことなのだろうか。”すき”だから、嬉しいと感じるのだろうか。
「……じゃあ、お姉さまはクラウディ君に貰ったものは何でも嬉しいんですか?」
『な……』
ごふっ、と咳き込む音が聞こえた。大方、飲んでいた紅茶でむせたのだろう。ついで、何を言っていますのいや別に嫌いなわけでは、と慌ててまくし立てる声。アルゼンタムから聞いた話では、お互いに好き合っているのだと思っていたが違ったのだろうか。
「何か間違えてしまいましたか?」
『……いえ、何でもありませんわ。グローリーちゃんに悪気はありませんものね』
どこか疲れたような声だったが、何でもないと言うのだから良いのだろう。グローリーはよく分からないながらも頷き、手元のハンカチを見下ろした。
「それじゃ、がんばって考えてみます」
『えぇ、がんばってね。それじゃ、また』
ふつり、と感じ取れないほどに微かな違和感の後、静寂が落ちた。通信が切られたのだろう。グローリーも魔力を持っているのでそれくらいは感じ取れる。ぎゃぴー、と鳴く魔獣をひと撫でして、グローリーは部屋に散らばる本を見回した。書庫から持ってきてそのままになっているのだ。
本。薔薇。自分で育てた野菜。エルウの魔獣。アルゼンタムの手料理。自分が好きなものを考えてみるが、なかなか難しい。いつも貰うばかりで、返すことなど考えたこともなく、しかしアルゼンタムはいつも笑っていた。
「……アルが、笑ってくれるのが良いな」
グローリーが物を貰ったときのように、彼も喜んでくれたら。そうしたら自分も、彼のように笑うことが出来る気がした。




