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早めに来ていたのもあって十二時前になゆさんは帰っていった。
玄関先で見送って戻ってきて、ソファに膝を抱えて座っているひよりさんに話しかける。
「……なゆ先輩もいちいち私がいるところでやるのは意地悪だと思いませんか? あと玄太先輩も玄太先輩です」
「裏でこそこそやるよりいいと判断したんじゃないかな」
「そうなんですかね……」
少し前までの彼女とは違うからなゆさんなりに行動しているのだと思う。
「隣に座ってください」
「うん」
「あとひよりって呼び捨てにしてください、いまのままだと同じぐらいに……感じてしまうので」
「分かった」
そういえばめめとさく君にどこにいったのだろうか。
少なくとも玄関や廊下には来ていない、廊下に出なければ二階にもいけないからここにいるはずなのに姿が見えない。
「あの二人なら向こうにいきましたよ、またお母さんに呼ばれたみたいです」
「あ、そうなの?」
そんなに時間がかからなかったわけだし、僕に言ってからでは駄目だったのだろうか。
それともまだ拗ねていて少し意地悪なめめになってしまったとか? さく君は付いていくのが決まりみたいになっているからそれがありえそうだ。
「だからいま私達は二人きりなんですよ」
「そうなるね」
また呆れた顔をされないためにも二人きりになったぐらいで緊張しないようにしないと。
まあ、クリスマスとかでもなくてただの平日だからそこが違う、前のようにはならない。
「意外ですね、今日は情けない顔をしていません」
「僕だって成長するさ」
「では……これではどうですか?」
「この前もそうだったけどひよりの手は温かいね」
うん、今日は落ち着けている、単純に彼女の温かさでも落ち着ける。
「ならこれです」
「今日は甘えたい日なのかな?」
くっつかれていてもなにも変わらなくて自分でもおいおいとツッコミを入れたくなる件となった。
手だけではなく半身が彼女に触れているから温かい、このまま続けられたらぐーと寝てしまうかもしれない。
「合格です、成長しましたね」
「うん、成長できたのはいいんだけどひより的には駄目みたいだね?」
「別にそんなことはないですけど……」
「これでいい?」
「……まあ、さっきのよりはいいかもしれませんね」
今日の僕はどうしてしまったのか。
これまで他は他と内に抑え続けてきた結果、抑えられなくなっている――のならもっと内は大暴れしていてもおかしくないのにこれは違う。
「ひよりとなゆさんの二人と話すようになってこんなに変わるとは思わなかったよ、人ってこんなに簡単に変われるものなんだね」
「これまでは多分、変わろうとしなかっただけです」
「怖かったんだろうね、だけど今回はそのままじゃ駄目だと本能が判断したんだと思う」
大事なところでさえ頑張れない人間ではなくてよかったとしか言いようがない。
未経験でもここだけはなんとかしないといけないと分かるものだ。
「なゆ先輩もそうですけどわ、私がいい影響を与えられたってことですよね?」
「うん、間違いなくそうだよ」
「ふぅ、それならよかったです、これで情けない顔をされなくて済みます。あれ、一緒にいる身としては気になるんですからね?」
「でも、僕は僕だからまた出てくるかも――」
あ、やばい……。
「まさかいま頃になって慌て始めたわけではありませんよね?」
「う、うーん……そのまさかかもしれない」
「先程まで私の反応を見て内で笑っていたくせにそれなんですか?」
「笑ってはいないからねっ!?」
「どうだかですね」
落ち着け落ち着け、いまだけは情けないところを見せたくないぞ。
一つ深呼吸をして窓の方に意識を向ける、なんとかするために見ただけだ。
「ひより、ひよりさえよければ僕と付き合ってほしい」
「やっぱり変わりましたね、あの状態からそこまで持っていけるとは思いませんでした」
「うん、いまだけはね」
よし、落ち着いてきた。
ここからは精神的にも逃げる必要がないから彼女を見ておくだけでいい。
「……私から先に言えばよかったです、こんなにやりづらいんですね」
「大丈夫ということだよね?」
「問題があるなら先程抱きしめられたときにこの家から出ていっていますよ」
「よかった」
ここから先はもう緩々以上からは変われないけどやり切れたから満足している。
寝込む……ほどではなくても三十一日ぐらいまでは伸び切ることになりそうだ。
「だけど本当にめめさんとさくさんのことを出して躱そうとしていた人が面白いですね」
「ははは……あれは――ん? あ、めめのお父さんとなゆさんだ」
「もしかしてまた慌て始めて――本当ですね」
中に入ってもらうと開口一番に「すまない」と謝られてしまった。
「すぐにめめとさくも戻ってくる、なにか大事な話をしていたとかではなければいいのだが」
「もう終わったので大丈夫ですよ、そしていま私とこの人の関係が変わりました」
今回は宿題のために戻っていたわけではないみたいだ。
ただ、こうしてお父さんが来ているということはまたお母さんとなにかがあったわけだから少し不安になり始める。
「そうだったのか」
「おめでとうひより、玄太君」
「ありがとう」「ありがとうございます」
「ところでなんだけどさ、私がめめちゃんを貰ってもいい?」
「そ、それはお父さんに聞いてもらわないと」
はは、なゆさんはいつだってマイペースだ。
ちなみに、「私は構わないぞ、ただ全てはめめ次第だ」とお父さん的には悪くないことらしいから今度こそ変わっていくのかもしれない。
満足そうな顔で「そうですね、戻ってきたら相談してみます」となゆさんも返していた。
というか、帰ったのになにをしていたのだろうか。
「「玄太ただいまー」」
「おかえり」
やっぱりみんな揃っていた方がいいなあ。
最近は急に向こうへいってしまうことが多くてあんまりみんなで集まれていなかったから。
「あれ、なゆさんは帰ったんじゃ――わぷ」
「めめちゃんは私の、お父さんからも許可を貰った」
「んーまあこうなったらいいのかもね――とはならないよ、玄太とひよりさんがお付き合いを始めても私は玄太といるの」
意地を張っているわけでは……ないんだろうなあ。
「じゃ、じゃあさく君」
「僕も玄太といたいかな」
「うわーん」
「棒読みですね……」
本人達が離れたがっているわけではないならどうしようもないかな。
でも、縛りたいわけではないからこれからも仲良くしていけば変わっていくかもしれない、諦めるべきではない。
「ならもうお父さんでいいです」
「「「え」」」
「流石に冗談です、それにめめのお父さんはお母さんと物凄くラブラブだったから邪魔できないよ」
「な、なゆ先輩だとたまに冗談に聞こえてこないときがあるんですよね……」
僕はいますぐにでもさく君を見習いたかった、ここでふわふわ浮いて「お腹空いた」なんて言えるような人間になりたい。
「なゆさん気を付けてね、お父さんって結構弱いところがあるから心臓が止まっちゃいそう」
「ふふ、それなら少し試してみたいかも」
「……玄太、私を助けてくれないか?」
「だ、大丈夫ですよ」
「む、玄太君はそういうのばっかり。もういい、めめちゃんもお父さんも付き合って」
ああ、敬語ですらなくなってしまった、そしてめめが離れればいつものそれで彼も「じゃあいってくるね」と出ていってしまう。
「あれはなゆ先輩なりに空気を読んでくれているんですかね?」
「さ、さあ。だけど戻ってくるまで二人でゆっくりしようか」
「そうですね、また手でも繋ぎましょうか」
「今度はドキドキしたりしないよ」
と言いつつも先程までとは違うからあまり自信もなかった。
「え、してくださいよ」
「え」
「えって当たり前ではないですか」
「わ、分かったよ」
なんて変な会話をすることになった。
こんな会話も影響したのか全く落ち着かない時間となってしまい……。
「ふふ、やっぱり玄太先輩は慌てているぐらいがいいんですよ」
「えぇ、なんでそこでそんなにいい顔なの」
「玄太先輩らしいところが見られて嬉しいからです」
ま、まあ、満足してくれているならいいか。
なんとか顔に出さないようにしようとしていても意味がなくて笑われて恥ずかしくなったのだった。




