9 ブリタニア
陛下、つまりブリタニア王には何か奥の手があるんじゃないか。
マーガレットから出たその言葉にジェシカは食いついた。
「実は都市同盟とホーランディア公・ブラバンティア公がブリタニア側に付くんだって。だからそんなに心配しなくていいわよ。」
ルンデンに来る途中、チェーザレからフランデーニュ公国の外交事情を聞いていたが、その話は初耳だ。
ブリタニアは俺たちの味方だから、味方の味方が増えることは歓迎だ。
「あっ!これ言っちゃいけないんだった。」
ジェシカがそう漏らす。
「ふーん。なんかヤバそうなら秘密にしとくけど、なんであんたがそんなこと知ってんのよ。あとそれ秘密にしとく必要なくない?」
「お父様から聞いたんだけど、私も詳しくは知らないからなんで秘密にしたいか分かんない。シーザ君、これ誰にも言わないでね。」
俺は軍事や外交には全く詳しくないが、確かに味方が増えることを秘密にしておく必要は無いと思う。
味方が増えたことを発表すれば、勝ち馬に乗ろうとした勢力がさらに味方してくれるなんてこともありそうなのに。
これは調べる必要がありそうだと直感で感じた。
「もちろん秘密にしますけど、そのホーランディアとブラバンティアってどこなんですか?」
「シーザ君たちのいるフランデーニュの隣だけど、知らなかったの?」
普通に知らなかった。
フランデーニュの西隣がフランシア王国(といっても、フランデーニュ自体がフランシア王国の一部である)で、東隣にその2公国があるらしい。
「だからフランデーニュの戦争負担は相当軽くなるわよ。東から援軍を呼べるわけだからね。」
フランデーニュの諸城は今もフランシア軍に包囲されているため、それを救援する援軍を頼みに俺たちはルンデンに来ている。
もし本当に都市同盟と両公が味方になるのだとすれば、それを俺たちに伝えない理由がない。
考えたが結局結論が出ないまま、この日は分かれることとなった。
俺はメドフォード商会の人にルンデン城まで送られ、そこでチェーザレと再会した。ルンデンに滞在する間、この城の一室に宿泊するらしい。
部屋についた後、俺は先程の疑問を解決するためチェーザレに質問した。
「なあ、結局ブリタニアとフランデーニュの連合軍だけで戦うんだよな?」
「前に言っただろ?帝国軍とその他諸々はすでに戦争から手を引いたって。フランシア王を討ち取れればまた状況は変わるかもしれねえけどよ。」
都市同盟、ホーランディア、ブラバンティアという言葉は一切出てこない。
もしかしたら今日、フランデーニュの外交官であるチェーザレに同盟の話が告げられるのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
「なあ、ルンデンとかブリューラに都市同盟に所属してる人たちっているよな。じゃあその都市同盟の力は借りれねえの?」
その質問にチェーザレは珍しく考え込む。
「俺はルメリア出身だから、都市同盟について詳しく知らねえんだけど、俺の知ってる範囲で言えば厳しいと思うぜ?ブリタニアもフランデーニュもむしろ都市同盟とは敵対的な態度だろ。」
「首都に商店とかいっぱいあるのに敵対的なのか?」
「だからだ。特にブリタニアなんかは首都や国内から都市同盟の影響力を排除しようとこの前まで戦争してたらしい。だから都市同盟を味方につけたいならそいつらに譲歩しなきゃならんと思うが。ところで急になんでそんなこと聞いてきたんだよ?」
なるほど、つまりブリタニアは都市同盟に譲歩して味方につけたということか?
俺も詳しく分からないが、譲歩してでもフランシア王国やフランデーニュ公国は手に入れる価値がありそうだ。
しかし、それを秘密にする必要がまだ分からない…。
風呂の中やベッドの中でも考えたが結局答えは出ないまま、その日は眠りにつくこととなった。
翌日、俺はジェシカさんにお願いして図書館に連れてきてもらっていた。
「ルンデン城とかエドワード広場とか、観光名所はいろいろあるんだけどな~。それにサーカスとか演劇とかも一緒に見ようと思ったのに。」
俺はメドフォード家に世話してもらっている立場だからジェシカの要望に合わせようかとも思ったが、これからのことを考えて図書館に来させてもらった。
「来週私と一緒に観光してくれるなら、今週は我慢するか。」
そういうことでジェシカをなんとか説得した。
ルンデン市立図書館。
メドフォード家からも多額の出資を受けて建てられたこの図書館には、ルンデン市に住み一定額以上の税金を払っているものであれば誰でも入ることができた。
もちろん俺はメドフォード家の客人枠だが。
ここで調べなければならないことは3つ。
1つ目はニケをフランシア王国以外の王にする方法。
2つ目はそれにチェーザレを協力させる方法。
3つ目は都市同盟とホーランディア公、ブラバンティア公とブリタニア王国との同盟がなぜ秘密にされているか。
正直調べて分かるものなのかすら分からないが、とりあえずやってみるしかない。
3週間後。
ドーヴァー港にはブリタニア軍1万4千とそれを輸送する艦隊が集結していた。
チェーザレはエドワード父子や諸侯たちとともに作戦を確認している。
一方、俺は3週間を使って3つの目的について調べた結果、なんとか自分なりの結論を出すことができた。
あとは調べた結果を使ってチェーザレを説得しなければならないが…、全く自信はない。
週末にはジェシカと一緒に観光をして楽しんだのだが、その時間も今となっては惜しまれる。
そう考えているとチェーザレが話を終えてこちらに来た。
彼はこれからの作戦をボードゲームの駒を使って俺に説明してくれた。
なんでも、戦争をモチーフとしたボードゲームは、素人に戦争を説明するときに適しているらしい。
素人の俺から言わせてもらうと、それって机上の空論じゃね?と思ってしまうが、本当に説明されたとおりになるのだろうか?
「じゃあ、これからフランシアへ渡るけど、お前の役割はこれから起こることを見て学ぶことだ。」
この3週間で知ったルンデンとブリタニア。
これから知るのは殺し合いの世界か。
そう考えると体が武者震いした。
それを見てチェーザレが笑う。
「心配するな。フランシアも、ブリタニアも、俺にとってはただの端役。意思すら持たぬ盤上の駒。盤上の王は知覚すらしていないのさ、自分がその上から誰かに指されていることをな。」
そう言って彼はキングを前に動かした。