10 ブリタニア
ブリタニア軍、ノルマーニュに上陸。
その一報がフランデーニュの諸城に苦戦していたフランシア王シャルルIV世の耳に入った。
ノルマーニュ公国は、フランデーニュ公国の西に位置する公国で、さらに首都シテ・マーニュを貫流するセレーヌ川の下流に位置する形でフランシア公国とも隣接している。
フランシア軍全体として、ブリタニア軍がフランデーニュへと上陸すると予想していたので、フランシア軍は不意を突かれた形となった。
ノルマーニュ公国の首都ロイアンはセレーヌ川の水運と、セレーヌ川に沿ったノルマーニュ街道の陸運によってシテ・マーニュに大軍が容易にアクセスできる位置にあるため、フランシア王国の首都を脅かすという点で、同王国の急所の一つであるといえる。
しかし、敵中に上陸するということは、ブリタニア軍も相当賭けに出ているということだ。
「まさか、守備隊が寝返るなんてことはないと思いますが…。」
予想外の事態に、ノルマーニュの領主であるノルマーニュ公ギョームは自信なさげに言った。
ノルマーニュは長らくブリタニア王家が治めてきた土地である。
その名残でフランシア王家に反発する者は他の地域よりも多い。
不安が王の頭をよぎる。
だが、報告によるとブリタニア軍の規模は2万に満たないだろうとのことで、王の指揮するフランデーニュ方面軍が2万3千ほどいることを考えると、首都に残した3千の守備兵と合流して十分に対処できるはずだ。
であれば、そうするか。
首都へと退却する自軍を追撃させないために5千を残し、残りの軍は首都で守備兵と合流。合計2万1千でブリタニア軍を撃破する。もし野戦で負けたとしても、南のシャンパイユ公率いるアクイタニア遠征軍を呼び戻せば大丈夫なはずだ。
不意を突かれはしたが、それに対する対応策を決めると、シャルル王はフランデーニュ諸城の包囲を解いてそこから軍を引いた。
その決断から2週間後、フランシア軍1万8千は首都シテ・マーニュへと無事に帰還した。道中に多くの報告が入っていたが、それによるとブリタニア軍はノルマーニュへ上陸したのちに首都シテへ向けて南下。
さんざんフランシア公国内を略奪したのちに引き返してきたフランシア軍1万8千が接近していることを知り、ノルマーニュへと引き上げたらしい。
そして、懸念していたノルマーニュ諸侯や都市の寝返りは今のところなく、ブリタニア軍はフランシア国内で孤立した形となっていた。
これはチャンスだ。
そう思ったシャルル王の命により、フランシア軍は首都に到着して守備隊と合流した後、間髪入れずにブリタニア軍の後を追うために首都を発った。
報告がすべて正しいのであれば、ブリタニア軍は窮地に陥っている。
しばらくは本国から持参した食料と略奪した物資でなんとか食いつなげるであろうが、それはいずれ尽きる。
補給切れを防ぐためには略奪する必要がある。
略奪をする余裕をなくせば、自動的に我々の勝ちだ。
ブリタニア軍に立ち止まる余裕を与えない。
わが軍の方が数も多く、自領土を荒らされた首都近辺の諸侯の士気も高い。
矛を交えても、交えなくても、分があるのはこちらの方だ。
そして、首都を出発して少しもたたない内に雨が降り出した。
「僥倖ですな。」
オルレーニュ公アンリが言った。
「そうだな。神も我々の勝利を祝福してくださっている。」
雨は兵士の体力を奪う。
宿敵ブリタニアの破滅が一歩、近づいたと言えよう。
「オルレーニュ公、なぜ奴らはノルマーニュへと上陸したと思う?」
多くの懸念は払拭され、私の勝利に疑問はない。が、この部分はいまだに引っかかる。
「…分断でしょうか。フランデーニュ軍とブリタニア軍が別行動をとったことで、我々は5千という決して少なくない兵力を、フランドルから退却する自軍の後背を守るために使わされました。」
「となると、奴らの目的は野戦での勝利か?分断して兵力差を縮めたということは。」
「分断でなければ、ノルマーニュの寝返りを期待したか、首都近辺の略奪に危機感を覚えた我々がアクイタニア遠征軍を引き返させることも期待したか、などでしょうか。」
どれもいまいち納得できるものではない。
仮に奴らの狙いが分断ならそれは成功したわけだが、全軍で引き返す選択肢がこちらにはあったことを考えると納得できない。
結局結論は出ないままだ。
我々を決定的に不利にする要因が見つからない。
同伴するノルマーニュ公ギョームにも尋ねたが、同じような答えが返ってきた。
ただし、彼は自身の本拠地であるノルマーニュが本当に敵の調略を受けていないか気が気でないようだったが。
進展があったのは、行軍開始から5日以上たった早朝のことであった。
「陛下、報告によると敵軍は足を緩めてノルマーニュ街道付近に野営中とのことです。行軍して4時間程度の距離で接敵します。」
先を行く斥候からの連絡をノルマーニュ公が伝えに来た。
どうやらブリタニア軍の逃げる意識は希薄らしい。
首都近辺からブリタニア軍が撤退したのは5日以上も前。
我々は心の余裕がある分、強行軍ではなく、適切な速度で行軍してきた。
それよりもブリタニア軍の行軍速度が遅いのであれば、彼らに問題が発生したか、それとも戦うつもりであるかのどちらかだ。
報告通り、4時間後にフランシア本軍はブリタニア軍を発見した。
見る限り、2万どころか1万もいないように見える。
ここまでは良かった。
だが、奴らもただで勝利をくれるつもりはないらしい。
ブリタニア軍はその地形を活用していた。
街道沿いに陣取るブリタニア軍の左翼側には川、右翼側には森があり、大軍の横展開を妨げている。
そして簡易ではあるが彼らの前には木の柵が作られ、こちらの攻撃を阻まんとしている。
さらに、降っている雨によって足場は悪く、こちらの重装騎兵の威力を削ぐ状況だ。
…先日から降り続く雨は我々への祝福ではなかったということなのか。
「持久戦でもこちらが有利なのに防御態勢とは…。」
オルレーニュ公はそう言って不思議がっているが、すべてきれいにつながっている。
これで奴らがノルマーニュに上陸した謎は解けた。
1つ、ブリタニア軍は街道沿いに展開し、我々がノルマーニュの首都方面へ行くことを妨げている。
ここでの持久戦はブリタニア軍がノルマーニュ公国諸侯を自軍へと引き込むための時間稼ぎの意味を持つ。
よって、我々が持久戦を選択した場合には、ノルマーニュの離反というリスクを背負わねばならない。
そして、ノルマーニュがブリタニア側に離反した場合、同地からの補給がブリタニア軍の補給問題は解決するため、ブリタニア軍にとって持久戦は全く不利にならない。
1つ、彼らが首都周辺で略奪をした理由。
これによってこちらの士気は上がったが、士気が上がっている分、憎悪を抱かせることによって攻撃を誘発したともいえる。
前項ともつながって、攻撃する理由があるノルマーニュとフランシア2公国の諸侯たちの心理状況は、ブリタニア軍への攻撃に傾いている。
たとえ、こちらから攻撃することが明らかに不利な場合でもだ。
1つ。この地形の活用。
ブリタニア軍はフランデーニュにいた我々と距離のあるノルマーニュへ上陸したことで、我々が彼らのあとを追う形をつくった上で、我々が距離を詰める時間のうちに有利な地形を選定することができた。
さらに、ノルマーニュはブリタニア王家の故地だ。
彼らはこの地の地形を知っていたため、選定するのにさほど苦労しなかったはずだ。
鳥肌が立つ。
雨のせいではない。
彼我の国力差を埋めるためのブリタニア王の見事な工夫に。
体が震える。
雨のせいではない。
その偉大な将とこれから戦えることに。
臣下たちの心は決まっている。王の言葉では彼らの気持ちは止められないであろう。
私の心も決した。
我が愛しき臣下たち、そして同じ王たる好敵手に、言葉ではなく剣でもって応えんことを。




