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パンケーキ

「……ん?」

「……」


 雷を放ち始めて数分して、気が付けばレンノールが、こっくりこっくりと船を漕いでいる。


「……」


 雷を止めて、手を離してもレンノールは気が付かない。とりあえずそのままにして、用意してあった枕と掛布を取りに行った。


「……」


 起きないのを確認してから床に枕を置いて、レンノールの身体を支えながら、ゆっくり傾けていく。


「……ふぅ」


 なんとか起こさずにレンノールの身体を横たえて、枕に頭を乗せるのに成功し、掛布を被せたところで小さく溜め息をついた。


「……」


(……疲れない身体は便利だけど、こういう時はみんなと一緒に眠っちゃいたいんだけどな)


 ゲルの中にいる者が全員寝てしまったので、自分もと思うのだが、様々な場所に行って色んな人と会って作業も料理もしたのに、全く疲労を感じていないのだった。


(蜘蛛の糸は、使うと肉体か精神が疲弊するかと思っていたけど、そんな事も無かったな……)


 かなり様々な種類の、しかも多くの量の蜘蛛の糸を生産したのだが、その分腹が減ったとか精神的に疲れたという感じは無かった。


「先延ばしにすると面倒だから、もう少し作業をするか……」


 小声で独り言ちた俺は、椿屋さんから預かった数組の着物を腕輪から取り出し、複製する作業に取り掛かった。



「こんなもんかな……」


 一時間くらい掛けて、預かった着物の複製の作業が終わった。まだ使う様になって二日程度だが、蜘蛛の糸の操作にも、かなり慣れてきたのを実感する。


「さて……」


 ひっそりと静まり返っているゲルの中を見回して、そろそろ寝ようかと考え始める。


 夕食から入浴、そこからの一騒動を経ても、まだ現代で言えば二十時になるかどうかくらいではあるが、こっちの世界ではそれなりに夜更かしと言える時間だ。


「主殿……」

「あ、白ちゃん。起こしちゃった?」


 不意に白ちゃんが、むくりと上半身を起こした。木々の(さえず)りか虫の声くらいしか周囲から音がしない山の中の里なので、小さな声での独り言でも、大きく響いてしまったのかもしれない。


「主殿の声でという訳では無いので、気にしないでくれ。それよりも……済まなかった」


 座り直して正座をした白ちゃんが、俺に向かって土下座してきた。


(なんか今日は、土下座に縁のある日だなぁ……)


 最も重い謝罪の姿勢のはずなのだが、今日は土下座をしたりされたりという場面がやたらと多い。


「怒ってはいないよ。でも黒ちゃんにも言ったけど、無理矢理な行為は二度と無しだからね?」

「承知した……」


 床に額を押し付けた姿勢を崩さずに、白ちゃんは俺の言葉を受け入れた。


「俺はもう寝るつもりだけど、白ちゃんはどうする? 起きてるなら、話し相手くらいにはなるけど」


 俺の場合は寝ると言っても、意識をオフにして気分的なリフレッシュをするだけなので、起き続けていても特に問題は無い。


「いや。なんとなく目が覚めたところで、主殿が起きているのが目に入ったから、今日の内に謝っておこうと思っただけなんだ。俺も寝直すとしよう」

「そう? じゃあ俺も……っと、枕と掛布がいるんだったな」


 出来上がった着物の複製品と見本を腕輪に仕舞いながら、用意してあった枕と掛布は黒ちゃんが使っていて、自分の分が足りない事を思い出した。


「白ちゃんは先に休んでて。俺は枕と掛布を……」

「あ、主殿。枕と掛布ならばここに……あるぞ」

「えっ!?」


 驚く俺に、身体を起こした白ちゃんが、自分の傍らにある枕と掛布を指差す。


「白ちゃん、何を……」

「主殿には申し訳ない事をしてしまったし、俺には枕や掛布など、必要無いからな」

「そうは言っても……」


 白ちゃんなりの謝罪の一環なんだろうけど、女の子が使っている枕と掛布を奪い取って使うというのは、俺の美意識、なんて上等な物じゃ無いけど、そういった物に反する行いだ。


「じゃあ、ありがたく使わせて貰うけど……」

「そ、そうか! そうしてくれると俺も嬉しい!」


 俺が申し出を受けないと思っていたのか、驚きの中に嬉しさの混じった表情で、白ちゃんが俺の言葉を遮った。

 

「ちょっと待って。白ちゃんを追い出すような事は、俺はしたくないよ」

「お、俺よりも主殿の事を第一にだな……」

「という訳で、黒ちゃんにも少し、お裾分けをして貰おう」

「えっ!?」


 俺の言っている意味を理解していない白ちゃんが、滅多に見せない驚きに目を丸くした。


(お。こういう表情の白ちゃんも可愛いな)


 などと、口にしたら意地になって二度としてくれそうに無いので、頭の中で考えるだけにしておく。


「ど、どうするんだ?」

「前に鎌倉でやった気がするけど、俺が真ん中になって、三人で二組の掛布を使ったらいいんじゃないかと思ってね」

「ああ、そういう事か」


 確かあの時は、二人に半ば無理矢理にその寝方をさせられたんだが、今回は必要に迫られてだ。


「悪いけど、枕は俺が使うよ?」

「ん? あ! も、もしやそれは!?」


 最初はわからなかったみたいだけど、どういう意味なのかを理解した白ちゃんは、落ち着きを無くして声を裏返らせた。


「白ちゃん、みんな寝てるから静かにね?」

「!? す、すまん。つい……」


(我を忘れる白ちゃんていうのも、珍しいな)


 こういう白ちゃんもいいなと思う半面、いつものクールビューティーな感じも好きなので、ずっと今みたいで、とか思う事は無い。


「お邪魔するよー……」


 猫みたいに丸まって寝ている黒ちゃんの背中側に近づき、枕を置いて少しだけ掛布を引き寄せて、自分の上に被せた。


「お、お邪魔します……」


 白ちゃんが俺の上に手に持っていた掛布を被せ、遠慮がちに呟きながら、自分も掛布に潜り込んできた。


「……」

「どうぞ」


 無言で俺を見つめる白ちゃんに囁くと、伸ばした腕に頭を乗せてきた。


(なんとなく、幸せを感じる重みだな……)


 白ちゃんの頭の重さを腕に、微かに香る体臭を鼻に感じながら、俺はなんとも言いようの無い幸福感を味わっていた。


「ふにゃ……」


 そんな幸福感を噛み締めていると、背を向けていた黒ちゃんが意味不明の言葉を発しながら寝返りを打って、俺の服の胸元の布をキュッと掴んできた。


「……」


(ま、いいか……)


 しっかりと服と腕をホールドされてしまったので寝返りも打てない状況になったが、傍から見たら果報者に映るだろう。


 すー……すー……


 まだ床に入って数分も経っていないのに、気がつけば白ちゃんが安らかな寝息を立てていた。


 俺の方を向いて少し膝が当たっている事を考えると、どうやら黒ちゃんと同じように、丸くなって眠っているみたいだ。


「おやすみ……」

「「……」」

 

 眠っている二人にそっと囁くと、不思議な事に黒ちゃんは布を掴む手の力が強まり、白ちゃんは伸ばした手で俺の服のお腹辺りの布を掴んできた。


(……本当は起きてるのかな?)


 そう思いもしたが、規則正しい寝息からは起きているようには見えない。


「おやすみ」


 苦笑しながら再度囁いた俺は、二人の体温と匂いを感じながら意識を手放した。


 長い一日が、やっと終わった。



「……朝か」


 寝たと思ったら、あっという間に朝が来た。それでも眠気も疲労も感じていないのだから、本当に便利な身体である。


「ん?」


 寝る前と同じように、服の一部を黒ちゃんと白ちゃんに握られたままだったので、空いている左手を伸ばして先ずは白ちゃんの指を、起こしてしまわないように一本ずつ外していく。


「……ふぅ」


 指を全て外し終わっても、白ちゃんが目を覚まさないのを確認してから、今度は黒ちゃんの方に取り掛かった。


「ふにゃぁ……ん? おおっ!? な、なんであたい、御主人と寝てるの!?」


 指を外そうと手で触れたのと同時に、猫が鳴くような声を漏らしながら黒ちゃんが目を開け、認識した現状に混乱している。


「しーっ……黒ちゃん、まだみんな寝てるから、静かにしようね」


 俺の顔が近いからか、黒ちゃんがわたわたしながら問い質してくるので、口の前に指を立てて静かにするように促した。


「お、おう……あれ? 昨日の夜は……あ、そっか。腰にビリビリってして貰って、そのまま寝ちゃったんだ」

「そうそう」


 昨夜の出来事を思い出した黒ちゃんが、自発的に服を握っていた手を離してくれた。


 俺は白ちゃんに腕枕している右腕の肘を支点に、半身を起こした。


「ちょ!? 御主人、白に何するの!?」

「ん? 何って……黒ちゃん、なんか勘違いしてる?」


(白ちゃんにキスでもすると思ったのかな)


 白ちゃんに腕枕している状態のままで、起こした身体を被せたので、黒ちゃんが何か勘違いしているようだ。


「あのね……腕を抜くのに、こう……」

「そ、そっか!」


 腕枕をしていない左手で白ちゃんの頭を支えながら、そっと右腕を抜くのを見て、黒ちゃんは納得したようだ。


「いくらなんでも黒ちゃんの見てる前で、白ちゃんに不埒な事なんかしないよ」


 見ていなければするという意味では無い。


「ん? 別にするのは構わないんだよ?」

「なんでそうなるの!?」


 思わず大声が出そうになってしまったが、それでも黒ちゃんの発言の真意を確かめない訳にはいかなかった。


「だって、あたいと白は御主人の物だから、いつでもどこでも何してもいいんだよ?」


 それが当然だとでも言いたそうな表情で、黒ちゃんが首を傾げる。


「……じゃあ、さっき咎めそうになってたのは?」


 何か嫌な予感がするが、黒ちゃんに訊かずにはいられない。


「ん? あたいよりも白の方が先っていうのは、ちょっと癪だなー、って」

「ああ、そう……」


 二人共仲が良いが、どちらに先に俺が手を付けるかで、例の序列が確定するとでも言いたいのだろうか。


「……俺は顔を洗いに行くけど、黒ちゃんはどうする?」

「あたいも一緒に行くー!」

「いいけど、静かにね?」

「おう!」


 本当にわかっているのか、黒ちゃんは朝から元気いっぱいだ。



「ふぅー……」

「さっぱりしたね!」


 黒ちゃんと共に房楊枝での歯磨きと洗顔を終えた。


「黒ちゃん、朝御飯の前に言っておくけど」


 手拭いを仕舞いながら、隣の黒ちゃんに顔を向けた。


「ん?」


 言葉通りにさっぱりと目覚めているのか、黒目がちな瞳をパッチリと見開いて、黒ちゃんが俺の方を向く。


「御飯を食べたら京の池田屋に行って、みんなと宿の人に謝ってくる事。これは絶対だよ」


 黒ちゃんの鼻先に立てた人差し指をビシッと突きつけ、きっぱりと言い放った。


「っ! は、はいっ!」


 黒ちゃんが十分に反省しているというのは、いつものような口調で返事をしなかったのと、ちゃんと背筋を伸ばした姿勢になっているところからも見て取れる。


「これは……宿の人へ、宿代とは別に迷惑料って事でお渡しして」


 俺は財布の中から金貨を二枚取り出し、黒ちゃんの前に差し出した。


「えっ!? そ、そんな! あたいが池田屋で下働きでもなんでもするから!」


 俺が金貨を渡そうとすると、黒ちゃんが即座に拒否の姿勢を取る。言い付けに逆らおうという事では無く、自分の不始末で散財させたくないと考えての行動なのだろう。


「黒ちゃんへの配慮を欠いた俺の責任でもあるし、これは主人としての義務だよ」

「う……うぅー……」


 反論こそしてこないが、黒ちゃんはきつく唇を噛み締めながら涙ぐんでいる。


「俺に悪い部分があったから、そして黒ちゃんが悪い事をしたと思うのなら、謝罪をする必要がある。そうでしょ?」


 夕霧さんの件もあるので、ここでの出費は正直痛いのだが、迷惑を掛けた池田屋に出し惜しみしている場合では無い。


「ご、御主人……本当にごめんなさい……」


 本当に済まないと思っているのだろう。黒ちゃんは声と身体を震えさせている。


「黒ちゃんには白ちゃんと一緒に色々と助けられてるから、偶にはこういう事があってもおかしくないよ」


 目先だけを気にすれば出費は痛いのだが、今までに様々な面で黒ちゃんと白ちゃんの助けを受けているので、収支の面ではまだまだ大幅な黒字と言える。


「なんなら俺も一緒に……」

「そ、そこまでは迷惑掛けられないからっ! あたいが一人で行って謝ってくるよ!」


 俺の名で宿を取っているので、本来なら出向いて謝罪するのが筋なのだが、こればかりはという感じで黒ちゃんが頑なに拒否をする。


「じゃあ、そうしようか」

「おう!」


 宿を引き払うか、それとも継続して利用するか、いずれにしても俺が立ち会う事になるだろうから、その時にまとめて謝罪をする事にする。


「ちなみにだけど、子供達への事は別として、黒ちゃんの覚えている範囲で、宿自体への被害はどの程度?」


 もしも黒ちゃんが暴れたら、宿どころか京の街が大惨事になるはずなので、ちょっと訊くのが怖いが、確かめておく必要がある。


(白ちゃんから被害報告が無いから、大丈夫だとは思うけど……)


 大きな被害が出ているとしたら、真っ先に白ちゃんからその辺の報告があっただろう。何よりも真っ先に、宿を追い出されたと言ってくるはずだ。


「あ、あはは……障子と襖を幾つか破っちゃって、後は畳にお茶がこぼれたり……」

「そ、そう……」


 現実的な話をさせて黒ちゃんが落ち込んでいる。


 池田屋の損害は軽微とは言い難いようだが、障子や襖が破れたりするのは子供達が宿泊している時点で予想の範囲なので、ドタバタと騒がせた以外には、もしかしたらそれ程迷惑は掛かっていないのかもしれない。無論、楽観視は禁物だが……。


「それじゃ出発前に腹拵えしようか。黒ちゃんも手伝ってくれる?」

「おう!」


 元気良く返事をする黒ちゃんと共に、朝食の支度を開始した。



「おはようございます。実に良い匂いですね」

「おはようございますぅ」


 起床したレンノールと夕霧さんが、洗顔のために水場へやってきた。二人共火に掛けている鉄鍋の中身に、興味を惹かれている様子だ。


「おはようございます。もうすぐ出来ますから、少しお待ち下さい。黒ちゃん、これを渡して」

「おう!」


 俺は料理中なので、レンノールと夕霧さんに使って貰う房楊枝と手拭いを、黒ちゃんに渡して貰った。


「すまん主殿。寝過ごしたようだな」


 こちらも起床した白ちゃんが、小走りにやってきた。


「もう出来るから、白ちゃんも顔洗っちゃって」

「し、しかし……せめて食器の用意だけでも」


 黒ちゃんが手伝っているのに自分が何もしていなかった事に責任を感じているのか、白ちゃんは絶望的な表情をしている。


「そこまで責任を感じなくても……じゃあ、お願いしようかな。これを洗ってから、ゲルに持っていってね」


 椀や皿などの食器類を取り出して白ちゃんに手渡した。


「うむ!」


 指示を与えると、白ちゃんは見た目にわかるくらいに表情を明るくする。もしも犬のように尻尾があったら、凄い勢いで左右に振り回していそうだ。


「む? 主殿、何か失礼な事を考えているだろう?」

「そ、そんな事は無いよ!?」

「……ならいい」


 すっかり機嫌は直ったのか、食器類を抱えた白ちゃんは、不敵に微笑みながら歩いていった。


(あ、あぶねー……)


 無意識に念話をしていたのか、それとも表情に出ていたのかはわからないが、白ちゃんに対しての考えが見透かされていたようだ。


(……今は料理に集中しないとな)


 雑念を追い払って、俺は鍋と向き合った。焦がしたりしたら台無しだ。



「ふわぁ。朝からお菓子ですかぁ?」


 並んだ朝食メニューを見て、夕霧さんが目を丸くする。


「確かにお菓子っぽいですけど、外国にはこういう朝食もあるんですよ」


 夕霧さんの言う通り、蜂蜜と乳酪(バター)が添えられたパンケーキからは甘い香りが漂ってくるので、お菓子っぽくはある。


 パンケーキの皿には猪の腸詰めを、こんがりと焦げ目がつくまで焼いた物も載せられている。汁物は賽の目に切ったじゃが芋と乾物の玉蜀黍(とうもろこし)を牛乳で煮込んで乳酪(バター)で仕上げたポタージュ。


 パンケーキを別にしても、今朝のメニューはこっちの世界の日本人には、食事っぽく見えないかもしれない。


(アメリカンなブレックファーストだからなぁ……)


 夕霧さんに説明しても理解してくれないだろうし、そもそもこっちの世界のアメリカで、こういう朝食なのかも不明である。


「夕霧殿。見慣れないかもしれないですが、これは間違い無くおいしいですよ。そうでなくても良太殿の料理だしたらね」


 少し手を出すのを躊躇っている夕霧さんに、レンノールが笑顔でフォローしてくれた。


「そうですねぇ。おいしそうですぅ」


 伝統的な日本の朝食とは掛け離れているが、その所為で夕霧さんの食欲を減衰させる事は無かったようだ。


「じゃあ、食べましょうか。いただきます」

「「「いただきます」」」


 俺の号令で朝食を開始した。


(うーむ。悪く無い出来だけど……食器が良くないよな)


 ポタージュの器が味噌汁とかに使う木の椀なのは仕方がないとしても、パンケーキを食べるのが箸というのが、アメリカンな朝食を台無しにしている気がしてならない。


「うんわぁー。良太さぁん。これぇ、乳酪(バター)の香りとぉ、蜂蜜の甘さが堪らないですぅ!」


 夕霧さんは箸で切り分けたパンケーキを口に運んで、味と風味に満足してくれているようだ。


「これってぇ、江戸で頂いた家主貞良(カステラ)に似てますけどぉ……あれぇ? ちょっと違うのかなぁ?」


 焼けた風味は家主貞良(カステラ)に近いが、食べてみると甘さが控え目な味なので、夕霧さんは混乱しているみたいだ。


「朝食用に、生地自体は甘くならないように作ってあります。掛けてある蜂蜜を混ぜて焼くと、家主貞良(カステラ)になりますけど」


 なら家主貞良(カステラ)でもいいんじゃないかと言われてしまいそうだが、まだ日本式の家主貞良(カステラ)を焼く設備が整っていないので、そこは今後のお楽しみである。


「ううむ。この腸詰めには挽いた肉以外にも、香辛料などが入って贅沢な味わいですね! そして塩味になった口に甘い物を運ぶと……意外と合うんですねぇ」


 パンケーキやホットケーキに、塩気のあるベーコンなどを合わせるのは欧米の朝食では良くあるパターンだが、レンノールには馴染みが無かったようだ。


(ナイフはともかく、フォークは欲しいよなぁ……ん?)


 自分も箸でパンケーキを食べながら、ふと思いついた。


「夕霧さん。もしかしてですけど、集落に鍛冶を出来る人がいたりしますか?」


 集落では農耕を行っているし、忍独特の武器や道具などは外注に出す訳にはいかないだろうから、専門職まではいかなくても、鍛冶仕事を行える人間は居そうな気がする。


「いますよぉ。あたしもぉ、自分で使う物とかは作りますしぃ」


 意外な事にと言うと失礼だが、夕霧さん自ら鍛冶仕事をしているとは思わなかった。


「そうですか! じゃあここで農作を始めたら、農機具の修理とかお願い出来ますか?」


 フォークは後回しにしても、畑を耕す鍬などは、後々修理の必要が出てくる。


「構わないですぅ、と言いたいところなんですけどぉ、集落で使ってる炉はですねぇ、燃料の管理の関係でぇ、勝手には使えないんですぅ」

「あー……」


 日常生活に使うのとは比べ物にならない温度が炉には必要になるので、必然的に薪や木炭などの消費量も多くなる。そして炉自体も、集落で共同管理しているのだろう。


「となると、里に鍛冶場を作った方がいいのかな?」


 修理の必要な物が出来る度に集落に持っていくというのでは、お互いに不便過ぎるから、すぐにでは無くても鍛冶場の設置は考えた方が良さそうだ。


「鍛冶に必要な木炭や鉄材に関しては、私が仲介出来ますよ」


 夕霧さんの話を聞いて朝食を中断していた俺に、レンノールから驚くべき申し出をしてきた。


「本当ですか!? でも、木炭は山中に住んでいる炭焼の人がいると聞いてますけど、鉄はどうやって?」


(あれ、どっかで鉄の話を聞いた事があったな……)


 俺は記憶を掘り起こしながら、レンノールに訊いた。


「我々とは別の集団ですが、製鉄を生業にしている者達が山中で生活しております」


(……あ! この話は、藤沢の正恒さんに聞いたんだった!)


 山と人里の中間地点にある正恒さんの家を、物資の中継点や休養所にする代わりに、炭や鉄を融通して貰っているという話を聞いていたのを思いだした。


 レンノールの言う製鉄の集団が、正恒さんと取引がある集団と同じとは思えないが、もしかしたら全国各地山中に、そういった集団が存在しているのかもしれない。


「凜華や良太殿を直接紹介したいところなのですが、製鉄をしている連中は知らない者を極端に嫌いますので、当面は私が間に入ります」

「わかりました。お願いします」


 間にワンクッション入るのは面倒ではあるが、農機具や日用品に必要な鉄が入手できるルートを確保出来るのは大きい。しかも夕霧さんが鍛冶作業を出来るという。


(設置まで出来るかはわからないけど、正恒さんに鍛冶用の火床の構造とかを、教えて貰った方が良さそうだな)


 紬と玄は俺と同じように権能が使えるので、火床で安定した高温を得易い。(エーテル)も操れるので鍛冶の手順を教えれば、もしかしたら良い作品が作れるようになるかもしれない。


「鍛冶の為の作業場と火床の設置はしようと思いますので、その際にはレンノールさんと夕霧さんには協力をお願いします」


 設置するにはクリアするハードルが多いが、失敗しても得られるデータはあるので、全くの無駄になる事は無いだろう。


「はい」

「はいですぅ」


 度々の中断を挟みながらも、和やかな空気の中で朝食を終えた。



「じゃあ御主人、行ってきます!」

「気をつけてね。おりょうさん達にも宜しく」

「おう!」


 元気な声を上げながら、黒ちゃんは京に向かった。主な目的は泊まっている宿の池田屋と子供達へ、迷惑を掛けた事への謝罪である。


「レンノールさん、夕霧さん。黒ちゃんが戻ったら、集落と石のある場所に一緒に行きますから、少しお待ち下さい」


 石の切り出しは力仕事になる。俺一人でなんとかならなくもないだろうけど、白ちゃんと黒ちゃんの手を借りれば作業が大幅に軽減出来るので、戻ってくるのを待つ事にした。


 集落に行くのに黒ちゃんを待つ必要は無いのだが、昨日同行していない黒ちゃんが、俺を目標にして集落に現れたりすると一悶着起きそうなので、戻ってくるまで出発を遅らせる事にしたのだ。


「私の事はお構いなく」


 レンノールはのんびりと構えているようで、悠然と湯呑から立ち昇るお茶の香りを楽しんでいる。


「あたしは先にぃ、集落に戻ってお待ちしていましょうかぁ?」

「いや。浮橋さんにお願いする内容的に、俺と夕霧さんは一緒に行動した方がいいでしょう」


 夕霧さんが先触れとして戻っている方が、集落の人達を警戒させる事は無いかとも思うが、引き抜きを掛ける俺が後から行くのは、なんか違うような気がするのだ。


「あ、あたしとしては良太さんとぉ、一緒の方が嬉しいですからぁ、そう仰って頂けるとぉ……」


 何故か照れながら、夕霧さんは床にのの字を書きまくっている。


「と、ところで夕霧さん。レンノールさんには話したんですが、昨夜使った寝間着や枕なんかは、気に入ったら持ち帰ってもいいですよ」


 夕霧さんの発する妙な雰囲気から逃れる為に、俺は別の方向の話題を振った。


「いいんですかぁ!? あ、でもぉ、こっちで生活を始める予定ですからぁ、このまま置いていきますぅ」

「持って帰る分とは別に、作っても構いませんよ?」


 夕霧さんを引き抜いて里で色々とお世話になる予定だが、現状では不便な点が多いので、もう少し整備されてから移住して貰っても構わないのだ。


「あたしはこう見えてもぉ、山での生活も慣れていますからぁ、多少不便でも大丈夫ですよぉ」


 元々住んでいる集落自体が、街中と比べれば遥かに不便なので、夕霧さんの言葉には凄く説得力がある。


「頼もしい言葉ですけど、夕霧さんと子供達が快適に生活出来るように、なるべく早く整備しようと思います」


 衣食住の衣と住に関しては蜘蛛の糸で殆ど解決出来るので、残るは食の安定と、衣と住のより一層の充実が求められる。


(その為に、厨房設備と風呂の材料の石からだな)


 石のある場所と質に関しては現物を見ないと何とも言えないが、上手く行けば今日だけで、かなりの設備が整えられる。


「それでしたらぁ、良太さんが着ているのと同じような服をぉ、何着か作って頂けますかぁ?」

「お安い御用ですよ」


 作務衣の構造は熟知しているし、サイズは違うが玄にも作った事がある。


「それじゃあお願いしますぅ。江戸で良太さんが着ているのを見ていた時からぁ、山での生活には良さそうだなぁってぇ、思っていたんですぅ」

「成る程」


 夕霧さんの言う通り、上下セパレーツで脱ぎ着もし易くて通気性も良く、邪魔にならにように裾を絞る事も出来るので、作務衣は野外で着るのには向いている。


「あの、作るついでに、ちょっと夕霧さんに実験にお付き合い頂けますか?」

「実験ですかぁ?」


 立てた指を口元に当て、夕霧さんが思案顔をする。

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