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砲艦外交

「実験って言っても、そんなに大袈裟な物じゃ無いんですけど……白ちゃんにも聞いて欲しいから、場所を変えようか」

「俺もか?」


 白ちゃんも着物よりは作務衣で行動する事が多いので、前々から考えていた件を夕霧さんと一緒に聞いて貰った方がいいだろう。


「良太殿。三人でお話があるのでしたら、私の方が席を外しましょう」

「あ、なんかすいません……」


 夕霧さんと白ちゃんを伴ってゲルを出ようとしていたら、察し良くレンノールが立ち上がった。


「いえいえ。その代りと言ってはなんですが、お茶のお代わりを勝手に頂きますよ」

「どうぞお好きに」


 入口の前に置いた七輪には鉄瓶を載せてあるので、好きに使ってくれるようにレンノールに言うと、笑顔を貼り付けたままゲルを出ていった。


「ちょっと悪い事をしちゃったな……」


 これから話す内容が女性の為の物なのだが、やはりこちらが出て行くべきだったかと考えてしまう。


「せっかくレンノールが気を利かせてくれたのだ。話を始めてはどうだ?」

「それもそうだね……あの、夕霧さん。失礼ですが今の服装の時に、下着ってどういう物を着けられていますか?」


 レンノールからの厚意を無にするのも良くないので、俺は夕霧さんに用件を切り出した。


「えっ!?」


 一瞬、俺が何を言っているのかわからないという感じに、目を丸くした夕霧さんは、直後にカーっと顔を赤くしながら俯いてしまった。


(まあ、こういう反応をされるよな……)


 こっちの世界とか時代に関わらず、女性の下着に興味を持つ男なんかに対しての夕霧さんの反応は、当然といえば当然だ。


「ど、どんなってぇ……」


 俺と視線を合わせないようにしながら、夕霧さんはモジモジしている。


「あの、勘違いして欲しくないんですけど……着けている物に興味があるとかじゃ無くてですね、身体をちゃんと保護しているのかが気になってるんです」

「保護ぉ、ですかぁ?」


 俺の意図がわからずに、夕霧さんは首を傾げている。


「あの、言い難いんですが……着物みたいに身体を締め付けていないと、動きの邪魔になったりする身体の部分があったりしませんか?」


 具体的に身体のどの場所がとは表現せずに、物凄く遠回りに探りを入れていく。


「……それはもしかして、夕霧のでかい胸の事か?」

「「!?」」


 出来るだけ直接的な表現は避けていたのに、白ちゃんからど真ん中に剛速球が投げ込まれた。


「えーっと……」

「あ、あたしのぉ……む、胸ですかぁ?」

「……はい」


 どう話を続けようかと考えて口籠っている俺に、夕霧さんがチラチラと視線を投げ掛けながら尋ねてきたので、これ以上の遠回りは不可能だと判断した。


「ふぅ……はっきり言いますけど、作業なんかで激しく動く時に、胸がしっかり支えられていないと痛くなったりしませんか?」


 俺の方が恥ずかしがったりすると、夕霧さんや白ちゃんに失礼だと思ったので、はっきりと現実的な内容を口にした。


「あぁー……そ、それは確かにぃ、ちょっと走ったりしただけでもぉ、大変ですよぉ」


 やはり夕霧さんには、無視出来ない問題だったようだ。


「俺は特に気にしていないが……」

「まあ、白ちゃんはね……」


 白ちゃんの場合は見た目には十分豊かと言える胸があるのだが、その胸を含めて(エーテル)で身体が構成されているので、不自然にならないように揺らしているだけなのだろう。


「話を戻して……少し窮屈に感じるかも知れませんけど、動いても胸を支えてくれる下着を作るので、試しに着けてみて貰えますか?」


 正直、出来上がりに自信は無いのだが、着けないよりはマシ程度でも、着用して貰った方がいいだろう。


「そこまで気を使って下さらなくてもぉ……どうしてもって時にはですねぇ、さらしでも巻けばいいんですからぁ」

「そうなんでしょうけど……巻くのも解くのも大変ですよね?」


 時代劇や任侠物の映画などで女性がさらしを巻いているのは観た事があるが、あれは一人で巻くには、正直、大変だろうと思う。


「うっ……た、確かにぃ、少し大変ではありますけどぉ。巻くと息苦しいですしぃ」


 口籠ったという事は、胸の保護にはなるが、本音としては夕霧さんもさらしは避けたいようだ。


「そんな大した物じゃ無いので……こっちが夕霧さんので、こっちが白ちゃんの」


 俺は試作した下着、スポーツブラのような物を夕霧さんと白ちゃんに渡した。目視での採寸だけど、それ程サイズのズレは無いと思う。


「これは……頭から被るようにして着るのか?」


 タンクトップの胸から上だけを切り取ったような形状の衣類を、白ちゃんが手に持って眺めている。


「そうだね。じゃあ、俺は外に……」

「別に、後ろを向いていればいいだろう。夕霧はともかく、俺の事は見ても構わないし」


 腰を上げて外へと思ったが、白ちゃんがとんでもない事を言い出した。


「そこは構おうよ!」


 俺に対してだけしかこういう事は言わないと思うが、それにしたって白ちゃんと黒ちゃんには、もう少し恥じらいみたいな物を持って欲しい。


「むう……むしろ、見てくれた方が嬉しいのだがな」

「よ、良ければぁ、あたしもぉ……」

「夕霧さん、白ちゃんに便乗しないでいいですから……」


 照れながらも服の紐を解こうとしている夕霧さんより先に、俺は背中を向けた。


「む……さすがは主殿。着るのに少し苦労したが、胸がすっぽり収まったぞ」

「へえぇ……ぱんつと同じようにぃ、下から胸を支えて貰ってるみたいですぅ」


 中々悪くない評価を二人から頂けているようだが、自分から提案したとは言え少し恥ずかしい。


「主殿。もういいぞ」

「そう……って! 下着姿じゃないか!」

「きゃっ!」


 白ちゃんに言われて着替えが完了しているのかと思ったら、まだ二人共、上半身下着姿だった。当たり前だが夕霧さんが、小さく悲鳴を上げる。


「す、すいません」


 初めて見た夕霧さんの服の下の肌は、野外での生活が多そうな集落の暮らしをしているとは思えない程、日に焼けていなく柔らかな色彩をしている。


 そして着物姿でも立派に見えていた夕霧さんの豊かな胸は、スポーツブラもどきのおかげで見事にリフトアップされ、優美さの中に迫力すら感じられた。


 再構成された俺の身体は、慌てて後ろを向くまでの間に目にしたほんの一瞬の光景から、これだけ多くの情報を脳に伝達していた。


「い、いいえぇ……悪いのは白ちゃんですからぁ……」


 消え入りそうな声で夕霧さんが、俺の謝罪を受け入れてくれた。


「そうは言うがな、見なければ実際にどんな具合か確かめられんだろう?」

「そうだけど……」


 白ちゃんの言う事は間違っていないのだが、女性物の着物商でも無ければ、普通は男がフィッティングは行わないだろう。


「この場合は作った主殿が責任を全うする為に、しっかりと見るべきだと俺は思うぞ?」

「むぅ……」


 白ちゃんの言う事は正論過ぎて、反論出来ない。


「あ、あたしもぉ、恥ずかしいですけどぉ、今後が良くなるんでしたらぁ、我慢するので見て下さぁい」

「ゆ、夕霧さん!?」


 今度の夕霧さんは、白ちゃんに乗っかってきたという事では無さそうだ。


「主殿、夕霧もこう言っている。こちらを向いて、じっくり検証してくれ」

「えー……」


 女性同士で話し合ってくれて、後で問題点を提起してくれればそれで構わないのだが……どうやら振り返るまでは許してくれそうにない。


「はぁぁ……じゃあ、振り返りますね」


 気の重さそのままに、俺は大きな溜め息をついてから、ゆっくりと振り返った」


「……」


 夕霧さんは真っ赤になっているが、なんとか手で胸元を隠さずに我慢している。


「俺はもう少し、下側がきつ目でもいいと思うんだが」


 対して白ちゃんの方は、実用本位の意見を言いながら、肌と布の間に指を突っ込んで見せてくる。


「あんまりきついと、摩擦で肌が傷むかもしれないから、今日一日……いや、午前中は様子を見て」


 作るのにはそれ程時間は掛からないので、様子を見るのに丸一日も必要無いだろう。


「わかった」

「夕霧さんの方は……問題は無さそうですね」


 下着姿の夕霧さんには、本人が気にしているような肥満の兆候は感じられず、引き締まった身体は着物の上からは想像出来ない程だ。


「あ、はい……」


 俺の視線に緊張しているのか、夕霧さんは機械仕掛けのように、ぎくしゃくとした動作で頷いた。


「夕霧さんも、昼までの間で気になった事があれば言って下さい。無ければ予備を作りますので」


 胸の形に合わせて立体状に織り上げた下着は、今のところは考えた通りにホールドする効果を発揮してくれているようだ。


 後は実際に着用しての問題の洗い出しなので、何かあったら申し訳無いのだが、昼までの結果からの報告待ちだ。


「わかりましたぁ」


 ホッと一息つきながら、俺は夕霧さんと白ちゃんに背を向けた。


(今回は忘れないように……)


 背中で二人が服を着る気配を感じながら、里や忍の集落が被害に遭わないように、黒ちゃんの分のスポーツブラもどきを作る。


「それじゃあぁ、レンノールさんを呼んできますねぇ」


 服を着終わった夕霧さんが、止める間も無くゲルの外へ掛けていった。普段の口調からは考えられないような素早い行動である。


(さすがにこの辺は、忍の一員という事か)


 昨日は山道を苦にしない様子も見ているので、おっとりとした雰囲気に騙されているだけど、実際には夕霧さんはかなり鍛えられているのだろう。


「白ちゃん、これを黒ちゃんに」


 布の面積が少ないので、黒ちゃん用のスポブラもどきはすぐに完成した。


「承知したが、主殿が自分で渡せばいいではないか?」

「そうなんだけど、下着を渡すのはちょっとね……」


 黒ちゃんなら、俺からのプレゼントならなんでも喜んでくれそうだが、贈る物が下着なので、こちらの気が引けてしまう。


「良くわからんが、確実に黒に渡しておこう」

「頼むよ」


 苦笑しながら、俺は夕霧さん用の作務衣の製作に取り掛かった。色のリクエストは無かったので、無難な濃紺をセレクトして織り上げていく。


「なんかどんどん、出来上がる速度が上がっていないか?」

「そう?」


 特に意識していなかったが、白ちゃんが言うなら速度は上がっているのだろう。


 単純な形の物なら、あまり意識しなくても半自動で織り上げられていくくらいには慣れてきた。


(……もう少し、自動化出来るかもしれないな)


 糸や、幅を決めた布とかならば、もしかしたら偵察とかに使える蜘蛛の分体に、自動的に作らせる事が出来るかもしれない。


(……ん? もしかして、蜘蛛である必要も無いのか?)


 紬や玄が蜘蛛を使っていたので、俺も試したら出来たのだが、もしかしたらもっと使い易い形態、例えば人型とかでも出来るかもしれないと考えた。


(今は検証は出来ないけど……とりあえず目の数は二つにしておこう)


 蜘蛛の複数の目から見た景色で酔っ払いそうになったので、具体的にどういう形態で出現させるかは後で決めるとしても、人間と同じように目は二つにしておこうと、俺は固く決意した。


「お話は終わったようで」


 入り口の垂れ幕を跳ね上げて、微笑みながらレンノールが戻ってきた。続いて夕霧さんも入ってくる。


「すいません。追い出すみたいになっちゃって……」

「いえいえ。家主である良太殿の仰る事には従いますよ」


 傍に座ったレンノールの持つ湯呑からは、入ってくる前に淹れ直したのか、お茶の香りと湯気が立ち昇っている。


「レンノールさん、次は紅茶(ブラックティー)にしましょうか?」

「おお、それはありがたいですね。是非」

「それじゃ準備してきます」


 そろそろ鉄瓶の中の湯も無くなるだろうから、茶葉を取り替えるついでに水を汲みに行った方が良さそうだ。


「っと、その前に……夕霧さん、これどうぞ」


 俺は立ち上がる前に、織り上がった作務衣を夕霧さんに渡した。


「えぇー!? も、もう作っちゃったんですかぁ?」


 夕霧さんがオーバーアクションで、驚きを表現してくる。


「そんなに大した事は……」

「いや、俺も主殿の服の製作速度は、だんだん非常識になっていってると思うぞ」

「非常識って……」


 身内の白ちゃんから指摘されると、地味に傷つく。


「予め用意していた訳じゃ無いでしょうからぁ……本当に今、作っちゃったんですねぇ」

「まあ、一応は……」


 作務衣はおしゃれとは程遠い実用的な服なので、夕霧さんが欲しがるなんて先読みは出来ない。


(あれ? そういえば前に、おりょうさんに外套をプレゼントした時に、「これを着てお嫁に……」とか勘違いされた事があったな……)


 さすがに色気の無い作務衣で、夕霧さんがそういう勘違いをするとは思えないけど、あまり気楽に考えていると、しっぺ返しがありそうな気はする。


「と、とりあえず、俺はお茶を淹れ直す準備をしてきます」

「あ。あたしもぉ、着替えてきますぅ」


 レンノールが戻ってきたので、トイレで着替えようと思っているのだろう。夕霧さんが立ち上がった。



「良太さぁん」

「はい?」


 ゲルから少し離れたところで、夕霧さんが話し掛けてきた。


「さ、さっき頂いたぁ……し、下着なんですけどぉ」

「何か不都合がありましたか?」


 これまでに作った衣服には、特に問題を指摘される事が無かったので、ちょっと油断をしていたのだろうか。


「い、いいえぇ! その逆ですぅ。身体を左右に捻ってもぉ、飛んでも跳ねてもぉ、胸が変な動き方しないんですぅ」

「それは良かった」


 テレビのバラエティーなどで、グラビアアイドルに縄跳びをさせたりして、大きなバストが縦横無尽に動くのを観た事があるが、痛そうだったので色気なんか感じなかった。


(夕霧さんも大きいから、もしかしたらこれまで苦労していたのかもしれないな)


 忍は色仕掛けもするらしいから、そっち方面では大いに役に立つだろうけど、潜入したり逃走したりする時には、大きな胸は邪魔でしか無いだろう。


「ぱんつの時以上にぃ、こう……後ろから良太さんがぁ、胸を支え持ってくれているようでぇ……」


 うっとりした表情の夕霧さんは、下からボールを鷲掴みにするようなポーズを取っている。


「そんな事しませんよ!?」

「えぇー。してくれないんですかぁー……」

「なんで残念そうなんです!?」


 俺が言ったら引っ叩かれそうな事を口にしながら、夕霧さんががっかりしている。


「うふふぅ。良太さんに直接支えて貰うのはぁ、お楽しみに取っておきますねぇ」


 意味深に笑いながら、夕霧さんが呟いた。


「それ、どういう意味ですか!?」

「それじゃあぁ、着替えてきますぅ♪」


 俺の問には答えずに、夕霧さんは微笑みながら走り去った。


「……」


 取り残された俺は、苦笑しながら水場に向かった。



「ただいまー!」

「おかえり黒ちゃん。早かったね」

「おう!」


 俺が急須の茶葉を替えてお茶を淹れ直し、夕霧さんが着替えを済ませてゲルに戻って、程無くして京に行っていた黒ちゃんが帰ってきた。


「はい、黒ちゃんにもお茶」

「ありがとー!」


 明るく礼を言っているのを見ると、池田屋ではそれ程深刻な事態にはならなかったのだろう。


「池田屋の主人にも、子供達にもちゃんと謝ってきたよ!」

「みんな許してくれた?」


 許してくれなければ、黒ちゃんは戻ってこないとは思うが、念の為に訊いてみた。


「おう! おりょう姐さんには、今度やったら飯抜きだー! って言われちゃった!」

「そ、そう」


 所謂、テヘペロみたいな顔を黒ちゃんがする。


(……まあ、おりょうさんが本当に怒ってたら、飯抜き程度で済まさないだろうからな)


 もう少しおりょうさんには、黒ちゃんの反省を促して欲しかった気もするけど、俺が考えていたよりも状況が悪くなかっただけなのかもしれない。


「それとねー、池田屋の主人に、御主人から預かったお金渡そうとしたら、これは多過ぎるって言われちゃった!」

「多過ぎるって?」


 なんとも意外な事を、黒ちゃんは池田屋の主人から言われたようだ。


「おう! 預かってる十日分の宿泊費の中から、一日分を損害に当てるから、続けて泊まるなら一週間以内にお支払いを、だって!」

「そう……」


 俺達を上客だと思ってくれているのか、黒ちゃんに預けた金を受け取ればいいのに、池田屋さんは宿代一泊分で賠償金を済ませてくれたのだ。


(なんにせよ、追い出されたりしなくてありがたい事だ……宿を引き払う時に、池田屋さんには改めて心付けをしよう)


 サービスに満足が行ったら心付けを渡すのは当然なので、その時には池田屋さんも断ったりはしないだろう。


「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか」


 黒ちゃんがお茶を飲み終わったタイミングでみんなを見回すと、誰も慌てたような様子は無い。


「主殿。俺は茶器を洗ってから追い掛ける。黒もな」

「あたいも?」


 洗い物をする白ちゃんが黒ちゃんもと言うのは、さっき渡した下着の件だろう。本人はわかっていないようだが。


「そう? じゃあお願いしようかな。悪いね」

「なあに。すぐに追いつく」

「おう! 追いつくよ!」


 なんだかわかっていないのに、黒ちゃんはあっさり白ちゃんの言う事に納得している。


 こうして、俺達三人が先行して忍の集落に向かい、白ちゃんと黒ちゃんは後発で追い掛ける形になった。



「……良太殿。この里を護る霧は、どういう仕組なんでしょうね?」

「それは俺にも……」


 夕霧さんに続いて忍の集落へ向けて歩き始め、里を護る霧を抜けたところでレンノールに話し掛けられた。


 漠然と、俺と紬には中に入れる人間をセレクト出来るというのがわかるのだが、どういうシステムなのかは全く不明だ。


(ネットRPGの、プライベートハウスに似た感じだよなぁ)


 ネットのRPGで、個人やギルドやクランなどと呼ばれる集団で購入した家は、個人なら購入者、集団で管理する場合には代表者や所属者で管理や調度の変更が出来る。


 なんらかの条件、多分だが紬の上位者になったので、里というハウスを管理する権限が俺にも取得されたのだろう。


(そう考えると、物理的な方法以外でも、里を作り変えたり拡張したり出来そうだよな……)


 ゲームでは課金したりポイントを支払ったりクエストをクリアしたりして、拡張や設備の変更を行うのだが、里に関しては全くの謎だ。金を放り込む箱でもあれば、話は簡単なのだが……。


(大体、水場が思いっきり不自然なんだよな……)


 ボーリングでもして掘ったんじゃなければ、巨大な岩を貫いて水が湧いているのがおかしいし、流れ出した水は里の中から霧の向こうに消え去り、どこに排出されているのか全くわからないのだ。 


 里が明確な誰かの意図で作られた場所だというのはわかるのだが、スケール的に作ったのは神か、それに匹敵する存在だろう。


(参詣したら、何れかの神様が教えてくれたりしないかな……)


 勿論、手を使って出来る範囲の整備はするつもりだが、システムにアクセスする事によって里をいじれるのなら、それに越した事は無い。


「仕組みはわかりませんけど、この霧のお蔭で、里が世界一安全な場所になっているのは間違いありませんね」

「そうですね」


 里を管理している者が許可しない限り、霧が迷わせて外部からの侵入者を拒むのだから、レンノールの言う通り、確かに世界一安全だ。


(でも、それも管理している者次第だよなぁ……)


 霧の護りは強力なのだが、頼華ちゃんが所持していた薄緑を警戒するあまり、管理者の紬は里の中に俺達を誘い込んで迎撃しようと考えてしまったのだ。


 結果としては争いにはならずに済んだが、何故か紬を救った俺が上位存在になって、里の管理権限を得てしまうという、良くわからない展開になってしまった。


(まあ、永遠の引きこもりよりは、俺達が外に出るきっかけにはなったのかな?)


 霧の護りを利用すれば、里の中で安全に暮らす事は出来るのだが、それは逆に停滞であるとも言える。しかも傷を負っていた紬には、永遠に近い苦しみを味わう事を意味するのだ。


 経緯はどうあれ、これから向かう集落での交渉に関しても、里の生活をより良くする為の物なので、少し気を引き締める必要があるだろう。


「御主人! お待たせー!」

「まだこんなところにいたのか」


 後発の黒ちゃんと白ちゃんが、さすがの身軽さを発揮して俺達に追いついてきた。


「御主人のこれのお蔭で、胸が邪魔にならずに身軽に歩けるよ!」

「黒ちゃん、見せながら説明しないでいいから!」


 気に入ってくれたのか、黒ちゃんは胸元を大きくはだけさせながら、着けているスポブラもどきの存在を主張する。


「あの、それは一応下着だから、人に見せる物じゃ無いからね?」

「おう! 気をつける!」


 口ではそう言いながらも黒ちゃんは、はだけた胸元を直そうとはしなかった。


「まったく……集落の人達にみっともない姿を見せたら、怒るからね?」

「おう!」


 仕方無く、俺がはだけた合わせを直すと、黒ちゃんは嬉しそうに返事をした。



「……昨日ぶりだな」

「おはようございます、浮橋さん」


 集落に入った俺達は、昨日と同じように警備をしていた者達に、浮橋の家に案内された。


「で、昨日の今日で何か用なのか?」


 機嫌が悪そうな浮橋が、昨日はいなかった黒ちゃんと白ちゃんを、不躾な視線で見ている。


「あー……浮橋殿」

「なんだ、レンノール?」

「申し上げ難いのですが、こちらの両名、黒殿と白殿にあまり良くない態度を取られると、集落の安全の保証は致しかねます」


 二人に対する浮橋の視線に気が付いていたらしいレンノールが、苦笑いしながら申し出た。


「……それは、どういう意味だ?」

「言葉通りですよ。こちらの両名は良太殿程は穏やかな性格では無いのに、同じくらい厄介な方々です」

「何?」


 俄には信じられないらしい浮橋は、疑いの眼差しをレンノールに送る。


「……」


 苦笑しながらレンノールが、俺の方へ視線を送ってきた。


「……」


(……何かデモンストレーションをしろって事なのかな?)


 レンノールの視線の意味を、俺は考える。


「……黒ちゃん、右手を部分变化(ぶぶんへんげ)させて」

「おう!」


 最も簡単な普通の人間との違いを、黒ちゃんに現して貰う事にした。


「「「!」」」


 虎の前脚に变化(へんげ)した黒ちゃんの右腕を見て、浮橋だけでは無くレンノールも夕霧さんも息を呑んだ。


(あ、そういえば説明だけで、実際に見せるのは初めてだったっけ……)


 レンノールには説明をしただけで、実際に黒ちゃんと白ちゃんが鵺であるところを見せていないし、夕霧さんには俺が雷を操れる事しか教えていなかったのだから、驚くのは当然だった。


「し、失礼ながら、触っても宜しいですか?」

「あ、あたしもぉ、触っていいですぅ?」

「おう!」


 黒ちゃんの許可が出たので、レンノールと夕霧さんが虎の前脚におずおずと手を伸ばす。


「むぅ……手袋のような物では無く、本当に虎の……」

「うわぁ。毛皮ふかふかぁ。いい触り心地ぃ」


 レンノールは虎である事に驚いているのだが、夕霧さんの方は純粋に毛皮のモフモフ感を楽しんでいる。


「手品の類じゃ無いのか……」


 自分の手で確かめた訳では無いが、二人の様子から黒ちゃんの手が变化(へんげ)しているのが手品や幻術などでは無いと言う事を、浮橋も確信したようだ。


「浮橋殿。御二人は虎よりも恐ろしい戦闘力を秘めていますし、主人である良太殿は、もっとお強いですよ」

「なん、だと?」


 黒ちゃんの事以上に疑わしいと、雄弁に表情に現しながら、浮橋はレンノールと俺を見てくる。


「……別に実力に物を言わせて、こちらの有利に事を運ぼうとか考えている訳じゃ無いんですけど、何かお見せした方がいいですか?」


 御近所さんと仲良くしに来ただけのはずが、いつの間にか砲艦外交みたいになっている。


「……昨日話をしたお前さんの言う事は信じるが、参考までになんか見せてくれるか?」


 おそらくだが浮橋は、俺の手札を出来るだけ晒させようという意図で言っているのだろう。


(見せるのはいいけど、さて何にしよう……)


 黒ちゃんのように部分变化(ぶぶんへんげ)でもいいのだが、同じ物だと芸が無い。


(あ、こういうのでいいか……)


「では……」


 俺は考えて、手のひらの中に不動明王の権能である炎を出現させた。


「ん? その程度の炎、別に珍しくも……」


 不動明王の権能に限らず、持っていると便利な炎を出現させる術や加護は、こっちの世界では比較的ポピュラーなのだろう。


「この炎を、こうして……」


 小さな蝋燭程度の炎の大きさは変えずに、そこに大量の(エーテル)を込めていく。


「あ、主殿!?」


 最初に俺の意図に気が付いたのは、白ちゃんだった。


「な!? 炎の色が、赤を通り越して白……更に金色に!?」


 レンノールの言う通り、この大きさの炎では通常は有り得ない、登り窯などの中で無いと通常はお目に掛かれない、千度を超える高温が俺の手の平の中に出現していた。


「っ! き、消えた!?」


 炎を中心にして熱波が広がったがそれは一瞬の事で、顔の前に手をかざした浮橋が、唐突な現象に驚きを隠せないでいる。


「……良太殿、やり過ぎですよ」

「すいません。雷よりもわかり易いと思って……」


 藤沢で正恒さんの鍛冶仕事を手伝った時の要領で、炎を目に見え易い形で強化したのだが、火床の中以外では、周囲にどれくらいの影響が出るかまで考えていなかった。

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