ちいさな夢のはなし
※外伝みたいな。リドが幼い頃の話です。
――かわいいリド
――かわいそうなリド
――また泣いてるの?
――どうしたの?
森の中にある崩れかけた館の奥で、十歳のリドは膝を抱えていた。
周りを風の精霊たちが飛び交って、大丈夫かと声を揃える。
口を引き結んで、盗賊団レッディエータの首領から言い付けられた用事をこなすリド。盗賊達が戦利品と誇らしげにしている、ただの盗品の山を種類別に分けるのが今のリドの仕事だった。
仕事が遅いと殴られたので、頬が赤く腫れている。
ここで生き延びたければ、粛々と与えられた仕事をこなすしかない。
むっつりと黙り込むリドの様子に、風の精霊達は怒りだした。
――私達、知ってるわ
――あの偉そうな男があなたを殴ったの
――大嫌い!
――かわいい子を傷付ける
――大嫌い!
彼女達は騒ぎ立て、リドの周りをビュンビュンと飛び回り始めた。
これ以上放置すると、首領に襲いかかりそうなので、リドは渋々口を挟む。
「俺も嫌いだ。でも何もしないでくれ。大丈夫だから」
そう言うと、精霊達は落ち着いたようだった。
柔らかい風が、痛む頬を撫でて通り過ぎていく。
――大丈夫?
優しい声が問う。
リドの目に、痛みのせいでない涙が浮かんだ。
もしリドが彼女達の声が聞こえず、一人きりだったら。そう考えると怖くなる。精霊達の混じりけのない好意だけが、この惨めな生活の中で小さな光になっていた。
「大丈夫」
リドは繰り返した。
負けん気の強さから、大丈夫ではないと認めるのが嫌だった。
「俺は大人になったら、絶対にここから出て行くんだ」
小さな声で呟く。
幼い為に、アジトになっているこの場所から出させてもらえないが、十一歳になれば外に出るらしい。そこで逃げる為の情報を集めて、念入りに計画を立てて、絶対に追ってこられないと確信したら逃げるのだ。
リドの宣言を聞いた風の精霊達ははしゃいだ声を上げる。
――その意気よ、わたしたちの可愛い子
――ねえ、出たら何をしたい?
――教えて教えて
「出たら……」
リドはここを出て行くことばかり考えていて、何をしたいかなんて考えていなかったことに気付いた。
(家に帰る、とか?)
八歳の時にここに連れてこられて、どこかからさらわれたことは知っていたが、家がどこにあるのか知らない。家族の顔も、そもそも家族が生きているのかすらも分からなかった。
「そうだなあ……」
幼いリドの心に浮かんだのは、身近にいる盗賊達だった。彼らの中にはとても仲の良い者もいた。
リドはここの人間が全員嫌いで、幼いながら誰も信じていなかったが、友達がいるのはうらやましかった。
「温かい家でさ、誰にもビクビクしないで楽しく暮らすんだ。そして、友達を作るんだ」
想像したら、とても素敵なことのように思えて、自然と笑みが浮かんだ。
風の精霊達は笑いさざめく。
――きっと出来るわ
――大丈夫!
彼女達の明るい声に背中を押され、リドは「うん」と頷いて笑った。
暗い気持ちで、疲れて寝床につく日ばかりだったのに、その日は心穏やかに眠りに付けた。
それから七年後。
リドは不可思議な少年を拾い、幼い頃の夢を叶えた。
……end.