OBの先輩が来た
今日は寮にOBの先輩がやってきた。
「おーいお前らー、卒業生が来てくれるなんてめったにないんだから、今のうちに聞きたいこと聞いとけよー」
「「「ういーっす」」」
「うわ、この感じ懐かしいわー。まあ、俺はこの通りまだまだ新人の部類だけど、それでも一応お前らの先輩でプロの冒険者だから、今後の指針にしてくれや」
「「「ういーっす」」」
夜の集会。いつもは寮長からの連絡と主任寮監からの話で終わるそれに、質問の時間が設けられる。
「じゃあなんか質問ある人ー」
こういう時、なかなかすぐには手が挙がらない。少しOBの先輩は困った顔をした。
「なんだー? ないのかー? じゃあこっちから当てるぞー、そこのお前」
「え、俺っすか? えーと、じゃあ、先輩って学校にいた時は彼女いましたか」
「それ今聞くことか?」
「いや、一番興味があることなんで」
「なるほど。……えーと、じゃあ質問に答えるが……いませんでした」
「「「ういす」」」
「やめろなんだその相槌みたいなの」
「じゃあ童貞ですか?」
「お前らOBだからってなめてんな?」
「そ、そんなことありませんって……」
「……まあいいけど。残念ながら俺は童貞ではありませーん。すでに汚れた大人の体でーす」
おおお、とどよめきが起こる。
やっぱりプロの冒険者は格が違った……。
「OBの先輩の前だぞ。静粛にー」
一同はすかさず口を閉じる。さすがOB、からのさすが寮長だ。
それから仕切り直し、また別の生徒が手を挙げる。
「はい! やっぱりプロになるとモテるんですか」
「……まあそうだな。女性からのアプローチは増えたかもしれんな」
「給料はどれくらいですか?」
「あー、実は今のクランは二つ目で、まだ入って二年目だからそんなによくないな。最初に入ったクランは俺が入って早々につぶれたから……」
少しだけ気まずい空気が漂う。
「……おほん、他になんかないかー? もう学生時代のことでもいいぞー」
「じゃあ、はい! 寮では何かの役職とかやってましたか? 委員長とか」
「ああ、俺は役員だったぞ。元、体育委員長だ」
「「「ああ、なるほど」」」
「なんだお前ら、その感想は」
全員の視線が一か所に集まるが、当の現体育委員長は気付かない。
しばし、質問が止む。
と、そこで総務委員長が手を挙げた。
「はい」
「おお、じゃあそこのお前。なんか威圧感あるな」
「えっと、先輩がプロになってからした大きな失敗を教えてください」
「……なるほど、先人の失敗から学ぶ。いい質問じゃないか。そういうのを待ってたんだよ。そう、そういうのを待ってた……」
と、言うもののOBの先輩はなかなか答えない。
質問した総務委員長は首をひねる。
OBの先輩は、あー、えー、と不可解な音を混ぜながら話し始めた。
「あーっと、俺の失敗はですね……えー、プロになって半年くらいたった時でした。あー、なんていうか、仕事にも慣れてきて、ちょっと調子に乗ってた時ですね……」
OBの先輩は語る。
「あの時はまだ一つ目のクランで、なんつーか、社会の怖さとかを知らなくて、えー、それである日、酒を飲んだ帰りにえらくきれいなお姉さんに誘われまして……」
男子たちが話の流れに興味を示す。
OBは余計に話しづらそうに頬をかく。
「……そのままホテルに行ったんですね」
「「「ひゅう~」」」
「そういうのいいから」
「はい静粛に」
さすが
「それでですね。まあ、当時の私はD&TのCボーイでしたので、それはもうがちがちに緊張しちゃって、それを紛らわせるためにもお酒をたくさん飲んだんですよ。えー、それで……」
「「「それで?」」」
「……仕事先の大事な情報を聞かれるがままに話しちゃったんですね」
……流れがおかしくなってきた。
予想外の展開に、一同黙り込む。
「……後で聞いたところによると、どうもそのお姉さん。当時私が所属していたクランとライバル関係にあるクランの一員だったらしく、こちらを隙あらば潰してやろうと目論んでいたそうなんですね……そこにできた隙というのが、まあ新人で調子に乗っていた俺というわけでして……」
先輩はしだいに涙声になる。
「……依頼情報の漏洩っつーことで、俺が最初に就職したクランは信用がた落ち、からの解散……先輩たちがツテですぐに新しいクランに入れたのはまだよかったけど、俺は一年ほど路頭に迷い、人間不信に陥り、それで……」
「あの、先輩……」
「あ! でもいいこともあったんだぜ!? ほ、ほら、俺、大事な情報と一緒に白い液体も漏らしたし!? 一応童貞卒業したし!?」
「いいんです。先輩、もう……」
「いやー、今思えば童貞ってのもなかなか夢があって……」
「「「先輩!」」」
男子たちが駆け寄る。そして、熱い抱擁。
いつの間にか、先輩の頬には涙が伝っていた。
「お前ら……」
「……もう、いいんです……」
「ここには先輩をだますような悪い女はいません」
「再就職、おめでとうございます」
「後輩のためにつらい思い出を話してくれる先輩を、俺は尊敬します」
「先輩」
「先輩」
「「「先輩!!」」」
「お、お前ら……俺……おれ……とんでもない、失敗を……」
OBの肩を、そっとたたく手があった。
振り返ると、主任寮監の先生が優しく笑っていた。
「お前、熱い風呂が好きだったよな……沸かしておいたから、後輩たちと入ってきたらどうだ。男同士の裸の付き合いってのも、たまには悪くないもんだぜ」
「せ、先生……」
「先輩」
「行きましょう、先輩」
「お前ら……」
「先輩が卒業してから三年たってます。だから今の最上級生も先輩の学生時代のことは知りません」
「……でも、それでも先輩は、俺達の先輩っす」
「この男子寮で暮らして、笑って、泣いた。その共通点さえあれば、俺達は魂の先輩後輩なんです」
OBの先輩は、小さく鼻をすする。
「……へ、学生の癖に生意気だっての……ようしお前ら!」
「「「はい、先輩!」」」
「風呂行くぞ! 用意して来い!」
「「「はい!」」」
その日、男子寮の大浴場では、野郎どもによる校歌の大合唱が行われた。
響き、震え、喉は枯れる。
明日のことなんて考えもせず、全力で声を張る。のぼせて顔はゆでだこのよう。
でもそれは不思議と心地よく、誰の心にも、少しの後悔もない。
「俺はここの卒業生で、ほんっとによかったあああああ!」
「「「わああああああああああああああああああ!」」」
疲れた時に帰ってくると、馬鹿な野郎どもが迎えてくれる。
冒険者学校男子寮は、そんなあったかい場所だ。