男子寮のお風呂
男子寮の大浴場にて、二人の一年生が並んでシャワーを浴びながら会話していた。
「なあ、実はさ。今日他の冒険者学校と合同の郊外実習があったんよね」
「女子いた?」
「いなかった……あ、いや、いた! けど……なかった……」
「……そういうパターンの奴か」
「うん。あれはちょっと……じゃねえ、それでな。なんか会う奴みんな、うちが寮制だって話したらおんなじこと聞いてくるわけよ」
「あ、ちょっと待ってそれわかったわ」
「なんて言われたか?」
「そう。俺、予想立てて言うから、せーので言おうぜ」
「おっけ。行くぞ、せーの……」
「「男子寮ってやっぱホモおるん?」」
まさか一言一句かぶるとは思わなかったのか、しばし気まずい沈黙が起こる。
シャワーの音だけが変わらず響いた。
「……なんでみんなそう思うんだろうな」
「あるあるだわな」
「やっぱお前も聞かれる?」
「実家に帰省したときとか妹がめっちゃ聞いてくる」
「妹おったんや。かわいい?」
「フツー。ってそれはどうでもいいわ。なんでみんな男子寮=ホモなんだろうな」
「多分、こうやって大浴場とかで並んでシャワー浴びてるからじゃね?」
そう言うと、もう一人がそっと離れた。
「いや、俺は違うから」
「あ、そう。でも偏見だよな。こちとらノーマルだっつの」
「女の子大好きですけど、ってな。じゃあ女子寮は女の子どうしでイチャイチャしてんのかって話だよな」
「……それはありだよな」
「……まあ、なしではないかな」
「いや、がっつりアリだろ」
「え、お前そう言うのが好きなん? 引くわー」
「いや男同士とちがってさ。あれはなんつーか、キレイじゃね?」
「……なるほど?」
「ちょっとわかったっしょ」
「確かに。あれ、そう考えると女子寮すごくね? 神じゃね?」
「魔法障壁あるから男が入るとものすげー痛いことになるらしいけどな」
「らしいな。入ろうとしたやつとか聞いたことないけど」
「昔、まだ俺らと同じ一年生の時に体育委員長が入ったらしい」
「うわー、あの人悪い人じゃないけど馬鹿だからなー」
「それで保健委員のヒールじゃ足りなくなって郊外から回復魔法専門のプロの魔導士呼んで来たって」
「それガチの奴やん」
ガラガラガラ、と大浴場の扉が開いた。一年生たちは会話を止めて、そちらを窺う。
入ってきたのは体育委員長……ではなくデカチンとあだ名される二年生だった。タオルを肩にかける男らしい姿。その股にはぶらぶらとあだ名にふさわしいブツがぶら下がる。
「あ、デカチン先輩……」
「馬鹿、それ言って五分刈りがボコボコにされたってよ」
「ま、まじ? やっべ」
「……おい、一年」
「「は、はいっ!」」
「……シャンプー貸してくんね? ちょっと切らしちまってな」
「あ、はい。どうぞ……」
「さんきゅー。購買で買っとかなきゃな」
デカチンはそのまま片手にシャンプーをためた状態で、少し離れたシャワーの前へ腰かけた。それから髪を濡らし、泡立て始める。一年生は胸をなでおろす。
「あれ? そういえば何の話してたっけ?」
「……ホモ?」
*
「あれ、デカチンじゃん」
「あ、すんません今シャンプーしてるんで目が……その声は美化委員長っすか?」
「そう、オレオレ。デカチンはシャンプーの時目をつぶる派か」
「え、つぶらない奴とかいるんすか? ていうか今帰ってきたとこっすか?」
「そうそう。ちょっと学校の方が忙しくてね。居残りだわ」
「生徒会、大変っすね」
「まあねー。好きでやってることだけど」
そう言って美化委員長はデカチンの隣のシャワーの栓をひねる。
「なあ、デカチン」
「はいっす」
「お前ってたしか、大剣使いだったよね」
「はいっす。ツーハンドっすね。割と長い奴」
「いいなー。俺の場合、筋力がないから振り回せないんだよね」
「まあそこは、種族の問題もありますから。一応俺、鬼族ですし」
「いや、それなら俺も獣人だし、使えなくはないはずなんだけどなー」
そう言いながら美化委員長は頭の上についた自前の耳を弄る。小さくとがった狼の耳。
「でも美化委員長は小柄っすから」
「……はあ、俺の彼女がさー、大剣使ってんだよね」
「ああ、あの人っすか。ダークエルフの」
「そう。で、たまに模擬戦とかするんだけどさ。思っちゃうんだよね。あれ、これ使ってる武器男女逆じゃね、とか」
「確かに、美化委員長って魔法主体のレイピアっすから……まあでも、気にしなくていいんじゃないんすか?」
「うーん。でもデカチンめっちゃガタイいいじゃん? そう言うの見ると気にしちゃうんだよね」
「じゃあ筋トレとかします? 最近後輩とかと一緒にメニュー決めてやってるんすよ」
「まじ? やろうかな。俺もごりごりになりたい」
「……いや、やっぱり美化委員長はそのままの方がいいと思うッス」
「ええ? やだよこんなひょろちび」
「いっぺん彼女さんと相談してから決めてください」
「……なんで? まあ、うん。そう言うならそうするけど」
「多分、そのままでいいって言われると思うっす」
デカチンがシャワーの栓をひねる。そして勢いよく頭の泡を洗い流した。
*
二人は体から湯気を立ち上らせながら、大浴場を出る。体を拭き、寮内着に着替え、しかしまだ暑いので脱衣所を出てからぱたぱたと夜風を取り入れた。男子寮と男子寮用の大浴場の間は、非常に短い渡り廊下になっている。
そこで美化委員長が財布を取り出す。
「ほい」
「え?」
美化委員長がデカチンに、渡り廊下に設置された自販機でジュースを買って投げた。デカチンはそれをキャッチしてから、缶と美化委員長を見比べる。珍しく戸惑いの表情であった。
「え、これ、いいんすか?」
「うん、おごり。相談のってくれたしね。お礼っつーことで」
「いや、あれくらいいいっすよ」
「まあまあ、こういう時はなんも言わず受け取っとけって。どうせ三年なんて校外実習ばっかで報酬貯めこんでるんだから。俺だって昔」
カシュ、と美化委員長が自分のジュースのプルタブをあげる。
んぐ、んぐ、と喉を鳴らしながら冷たいそれを流し込み、湯上りに最高に気持ちよさそうな笑顔になった。
「……俺だって昔、先輩におごってもらったし。だからまあ、お前も来年、後輩におごってやれるような先輩になりな」
「美化委員長……うっす! ありがとうございまっす、いただきまっす!」
「おう、のめのめ」
デカチンもプルタブを上げ、そして並んで缶を傾ける。
渡り廊下からは夜空が見える。今日は満月であった。
美化委員長はジュースを飲み終えた後、それを見上げながら遠吠えをした。