怪しい依頼と謎の男 日野明
それからの一か月はあっという間だった。入学するための細かい手続きや制服選びなど、様々な出来事が目まぐるしく過ぎていった。そして、入学式を終えた二人は先生との個別面談を迎えるにあたったわけだが、ここに問題があった。
『……店の名前?』
多目的教室についた2人は仕事の内容を決める紙を渡されたのだが、そこに書いてあった文字、そこに二人は声をそろえて疑問を投げかけたのだった。
「ああ。何でも屋じゃありきたりすぎるからな。せっかくだし考えてみないか?」
『名前……?』
二人は首をひねる。もう何でも屋でいいのではないかと思っていた2人にとって、それは予想外の方向からの攻撃だった。
「いや、何でも屋でいいんじゃ……」
武は本気で首をひねる。
「まあよく聞け。別にお前たちが二人で店を開くならそれでも問題はない。だが、高校側として店を出すならなるべくインパクトのある名前の方がいい。宣伝にもなるからな」
『なるほど……』
飯田の言葉に二人はうんうんと頷く。
「よっしゃ、じゃあウルトラスーパーハイパー超解決屋とかどうだ?」
「却下。何そのネーミングセンスのかけらのない名前。それでよくそんなに自信ありげに言えたわね」
優希は武が自信満々で考えた名前を一言で切り捨てた。もっとも、今の名前では優希でなくとも同じ反応をしただろう。
「……ううう」
武はしゃがみこんで地面をいじっている。
「さて、端でいじけてる武はほっとくとして……」
優希は先生の方を向いた。
「多分あたしたちだけじゃあんまりいい名前が思いつかないのよね。武のネーミングセンスじゃ壊滅的だし、あたしも特にこれ、っていうのがないし……。それで、もし良かったら先生にも一緒に考えてもらいたいんだけど、ダメ?」
「お前たちの店だぞ? 俺が決めてもいいのか?」
飯田は驚いたような顔で優希の方を見る。
「そもそも先生がいなかったらあたしも武もここには来てなかっただろうから。きっといつもみたいに暴れまわってるだけの人生になってたと思う。でも、先生はそんなあたしたちに新しい目標を与えてくれた。だから、先生にも一緒に名前を考えてほしいの」
「それでお前たちがいいっていうなら協力するが。じゃあ、そうだな……」
飯田は紙にさらさらさらとシャーペンで文字を書いた。
「こんなのはどうだろう?」
『ASC……?』
いつの間にやら復活した武が優希の横から覗き込んで全く同じ反応をした。
「ああ。ALL SOLUTION COMPANY の頭文字を取ってASCだ。すべてを解決する会社、っていうのを表現してみた。俺が思いつくのはこんなもんだがこれでいいのか?」
飯田が二人の方を見ると、どちらも下を向いたまま小刻みに震えていた。
「やっぱり俺の名前じゃだめか。じゃあ他の名前に……」
飯田がそう言って別の名前を考えようとしたその時だった。
「すっげぇ……、すごいよ先生! 最高すぎる名前だよ!」
「武のネーミングセンスとは大違いね! ASC、これに決まりね!」
二人は立ち上がるとそれぞれ興奮気味に叫んだ。
「……そんなに良かったか? 気に入ってもらえたなら何よりだがな」
飯田は温度差を感じていたが、二人はすっかり有頂天になってしまっていたので特にそれ以上は何も言わないことにした。
「ああそうだ。お前たちにさっそく仕事を頼もうと思ったんだ。ちょっと待ってろ」
飯田はそう言うと、多目的教室の奥に引っ込んでから何かの紙を持ってきた。
「いいの? 仕事自体は明日からでしょ。フライングになっちゃうわよ?」
「これは学校側から頼まれたものなんでな。それに、仕事自体は依頼者の訪ねてくる期間が明日以降だってあったから問題ないさ。とりあえず読んでみるか?」
飯田から手渡された紙を読む二人。そこにはこんなことが書かれていた。
(こんにちは。そちら様の配っている広告を見てご依頼をさせていただきたくこうしてお手紙を書いた次第です。私の名前は矢野栞と言います)
「丁寧な手紙ね」
優希はそんな感想を抱く。
「まあ続きを読んでみろ。問題はその後だ」
「問題?」
その言葉に疑問を抱いた武はそのまま文章を読み進めることにした。
(突然ですが、あなたたちに依頼をしたいと思っています。その内容は、私の生まれ育った場所である月兎の園(つきうさぎのその)を元に戻してほしいというものです)
「えっ、どういうこと?」
「そもそも月兎の園って何だよ?」
優希も武も思い思い疑問を投げかける。
「月兎の園っていうのは、簡単に言うならお前らとか俺みたいな生まれた頃から異能者だった奴らをかき集めて育ててる奴らがいる場所だ。もっとも、それ以外のことは謎に包まれてるからどこまでが本当のことかは分からんがな」
飯田はそんな説明をする。
「……とりあえず続きを読むか」
武はそう言って再び手紙に目を通す。
(近頃、月兎の園ではおかしな動きが目立っています。それもこれも日野兄弟のせいなのです)
「日野兄弟?」
そこで文章を止める武。
「それは俺の管轄外だ。俺も知らん」
「何だ、先生も知らないのか」
「案外先生の情報も当てにならないのね」
「……お前ら都合のいい時だけ俺を持ち上げてるんじゃないだろうな?」
先生が睨んだのを見て二人は手紙に視線を戻した。
(私が望むのはただ1つ、彼らを倒して月兎の園を本来の姿に戻すこと。そのために、あなたたちの協力をお願いしたいのです。お返事は1週間後、改めてお願いしに来た時にお聞かせください)
「……何つーかいろいろと胡散臭いな」
「確かに何一つ情報が入ってこないのは怪しくはある。だが、依頼人の依頼は引き受けるのが何でも屋だろ。そうでもなければお前らのは依頼を選ぶただの悪徳業者だ。何でも屋っていうのはそういう宿命を背負ってるっていうのをよく覚えとけ」
「急に説教臭くなったわね先生」
それを見て優希がボソッとつぶやく。
「……何か言ったか?」
「何でもないわ」
優希は先生の白い目を見てあわてて目をそらした。
「まあどっちにしても仕事は受けるけど。にしても情報が少なすぎてどう解決していいんだか」
「そこらへんもよく考えて依頼に挑め。これは俺と学校側からのお前らの実力を確認するための依頼に過ぎないからな。お前らのことはこれでもみんな買ってるんだ。他の奴らよりは難しめの依頼をぶつけてるつもりだぞ」
「……まさか、俺たちがクラスメイトの中で最後に呼ばれたのは」
そういえば、と武は思い出す。2人がこの教室に呼ばれたのはクラスメイトの誰よりも最後であり、すでに空は暗い色に染まり始めていた。
「ああ。あれは早い話が期待してない順に名前を呼んでいっただけの話だ。要はお前たちが一番期待されてるってことになる。その分最初の依頼も面倒なものにしてあるけどな」
「……そんな気遣いいらなかったわ」
優希は露骨に嫌そうな顔をした。
「期待されてるならまあいいんじゃないか? その分強いやつとも会えるかもしれないってことだろ」
一方の武はわくわくした様子で返す。
「それはそうだけど」
「それに“依頼は選んじゃいけない”だろ」
武は飯田の方を向いてこう言う。それを見た優希は諦めたかのように呟く。
「……ああもう分かったわよ! やればいいんでしょやれば!」
優希は諦めたように叫ぶ。
「さすが! それでこそ優希だぜ」
「乗るしかない空気作っておいて何言ってるのよまったく……」
はめられた優希はもうため息をつくしかない。その様子をのんびり眺めていた飯田はふと思い出したかのように彼らにこう告げる。
「ああそうだ。この手紙だがな、届いたのは先週の木曜日だ。今日は水曜日、この意味は分かるな?」
『……はい?』
2人は開業日にいきなり仕事をしなければならないという事実を聞いて、嬉しいような悲しいようなそんな不思議な声を上げた。
「……もう明日から仕事始めるのよねあたしたち」
帰り道、優希は武にこう話しかける。彼らは今高校を出発して明日から自分たちの活動拠点となる高校が用意してくれた建屋へと向かっているところだ。
「どうした? 相沢優希ともあろう人がおじけづいたってのか?」
「そうじゃないわよ。でも、不安がないって言ったら嘘になるわ。あたしたちこれから全くしたこともないことをするのよ。今までただ暴れてただけだったのに、いきなり半分社会人な訳でしょ」
優希は空を見上げてこう返した。
「確かになぁ。そういう意味じゃ俺も不安しかないかもしれないな。でも、もう決まっちまった以上はやるしかないだろ。それにさ」
武は優希の方を向く。
「俺たちはあの日からずっと2人でやってきただろ。でも、今回は2人じゃない。それだけでも十分心強いと思うぜ?」
「……そうね。もう明日からは2人じゃないのよね」
優希はその声に答えるように武の方を向いた。
「武、これからもよろしくね」
「な、何だよ改まって」
武は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「別にいいじゃない。お礼が言いたくなったのよ」
一方の優希も普段のような軽口を叩かずに武の手をそっと握る。その様子を空から丸い月が優しく照らしていた。
そして次の日、
「ふわぁあ……」
武は布団の上で目を覚ました。ここは今日からASCの本拠地となる予定の小さな建屋である。小さいというのは決して謙遜した表現などではない。なぜなら、ここには合わせて4つの部屋しかないからである。もっとも、トイレと風呂がついているだけでもまだマシなのかもしれないが。ちなみに残りの2部屋は台所と依頼用テーブルのある客間なので、本当に必要最低限の部屋しか整っていなかった。
「ん? 何だこのいい匂い?」
目覚めた武は何やらいい香りが漂っていることに気付く。
(こんなおいしそうな料理を作れるやつなんていたっけ?)
武は不思議な顔をして台所を覗き込んだ。
「あ、おはよう武。ごはんできてるよ」
その香りの元にいたのは優希だった。彼女がエプロン姿で朝ご飯を作っていたのである。
「……えっ、お前料理できたの?」
思わず武は本心を口にしてしまう。すると途端に優希の頬が大きく膨らんだ。
「一発ぶん殴られたいって? 何なら武の分の朝ご飯あたしがお昼に食べてあげてもいいのよ?」
「ご、ごめんなさい」
武は自分の第一声を後悔してひたすら平謝りすることとなった。
「まったくもう……」
結局優希はきちんと武の分のご飯もよそったのだった(もちろん多少のいざこざはあったが)。
「ありがとうございます優希様……」
「態度が極端なのよ武は」
むすっとしながら食べ始める優希。
「そんな顔で食べてるとおいしいものもおいしくなくなるぜ。ほら、笑顔笑顔!」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
優希の本気の怒鳴り声を聞いた武は、この話題はここで打ち切ったほうが良さそうだと判断した。
「そういや、せっかく仕事するんだし、何か二人で目標みたいなものを決めておかないか?」
「それはいいかもしれないわね。モチベーションも上がるだろうし」
優希はもぐもぐしながら答える。
「俺はもう決めてあるんだ」
「へー。まあ、提案者だもんね。で、何にしたの?」
「自分の信念を貫く。俺にピッタリだと思わないか?」
武は得意げな顔をする
「確かに武らしいわね。いいんじゃないかしら。あたしはそうね……、どんなことがあっても諦めない、にしようかしら。武に助けられることも結構あるわけだし、自分の力だけでどうにかしなきゃいけないこともこの先きっと来るだろうから」
「なるほど、優希にピッタリかもしれないな」
武はそう返す。
「そうと決まれば、さっそく開店準備をしないとね」
「ああ。俺ももう食べ終わったし、そろそろいろいろ準備を……」
と二人が立ち上がったその時だった。すさまじい地響きと共に、何か大きなものが倒れるような音がした。
「な、何だ何だ?」
「どうしたのかしら?」
「とりあえず俺が外を見てくるから優希は中にいてくれ」
「え、ええ、分かったわ」
武はあわててそんな指示を出すと、建屋の外に出た。
「な、何だよこれ……」
それは異様な光景だった。地面にはひびが入り、電柱が倒れていた。おそらく先ほどの大きなものが倒れた音というのはこの電柱だったのだろう。だが、何より異常だったのは、その現象が一人の男性、しかも武と同じくらいの年齢の男を中心として発生していることだった。
「よう、お前が松野武か?」
男性は武が小さな建屋から出てきたのを確認してからそう聞いてくる。
「……そうだが。そんなことよりこれは一体何だよ? お前は誰だ? こんなことして何が目的だっていうんだ?」
武は叫ぶ。すると、男はこう返した。
「知りたいか? だったらかかってこいよ松野武。俺の名前は日野明。お前ともう一人、相沢優希を試しに来た月兎の園の代表だ」




