破格の条件
「……はっ!」
武はその数十分後に目を覚ました。
「よお、気が付いたか」
その声の方向には先ほど武を気絶させた男性と、その後ろに一足先に目を覚ました優希がいた。優希が駆け寄ってくる。
「武! 大丈夫?」
「ああ、何とかな。しかししらじらしくよく言うぜ。気絶させたのはあんたじゃねーか」
「そういう細かいことは気にしない主義なのさ俺はな」
男性はしれっとした顔で流す。
「で、負けちまったし詳しい話を聞いてやろうじゃねーか。そもそもあんた、一体何者なんだよ?」
武はそもそもの疑問であったこの男性が何者なのかを聞くことにした。
「誰、か。とりあえず先生とは呼んで欲しいもんだが。そうだな、ここは本名を名乗るとしよう」
そう言った男性はスーツのポケットから名刺を取り出した。
『瑛鈴高校教師……?』
その名刺を受け取った二人は口を揃えて首を傾げた。たかが高校教師がなぜ道端で野良試合を繰り返しているような二人を入学させようとしているのだろう。
「本名はそこに書いてある通り、飯田霧也だ。これで満足したか?」
「ああ、ふざけてるわけじゃないことだけは分かったよ。んで、教師が俺達みたいなクズに何の用があるってんだ? まさか、入学させることだけが目的じゃねーんだろ?」
だが、飯田は思ってもみないような返事を返してきた
「いいや、俺の目的はお前たち二人をうちの高校に入学させることだけだ。聞いたことはないかもしれないが、うちの高校には特待クラスがあってな。だが、今年は特待クラスに入るやつが一人もいないって言うんで、面接官担当の俺が直々にこうやってスカウトして回ってるのさ。もっとも、お前たちが首を縦に振ってくれさえすれば俺の仕事は終わるんだがな」
「……条件は何だ?」
その言葉で武は彼を交渉相手として認識した。裏がないのなら話しやすい。
「ちょっと武!」
だが、優希は納得いかないのか武を止めにかかる。
「何だよ優希。俺達はさっき負けたんだぜ。ここで駄々こねたってしょうがねーだろ」
「そうだけど……」
「それに、この人は信用してもいい。俺は拳を交えたから分かる。この人は悪い人じゃねーよ」
「分かったわよ……」
勝手に納得している武に頬を膨らませながら、優希はしぶしぶ引き下がった。
「二人とも納得したってことでいいんだな? 話が早いとこっちとしても助かる。今めんどくさいもんを抱えてるから早く帰らないとまた帰れなくなっちまうんでな」
「あんたの事情は知らないが、とりあえず条件だ。それによって決める」
武はあくまで冷静に尋ねる。
「まったく、少しくらいの冗談を聞いてくれても良さそうなもんなんだがな。それじゃ、お望み通り条件ってやつを話してやるよ。条件は2つだ」
そう前置きすると、飯田は話し始めた。
「まず、お前たちに入ってもらうのは普通の高校のクラスじゃない。故に登校義務もほとんどない」
「ほとんど、っていうのは?」
その引っかかる言い方に武が質問する。
「月に1日だけ登校してもらう日があるんだ。この日だけは確定でな。毎月変わるが、基本は月の始めが多いな」
「その日は何をするのよ?」
今度は優希が聞く。たった1日の登校義務の日に一体何をすると言うのだろうか。
「その前にお前たちの入るクラスの説明をさせてもらう。お前たちの入るクラスは俺が担任するWクラスってやつだ。このWの意味は分かるか?」
「知るわけねーだろ」
「あたしも分からないわ」
おそらく何かの略称であることは間違いないのだが、二人とも皆目見当がつかなかった。
「このWはworkのWだ。つまり、お前たちには学校に行く1日を除いて仕事をしてもらう。それがこのクラスに入る条件の1つだ」
『仕事……?』
二人は口を揃えて首をひねった。なぜ高校に行ってまで働くのか。
「お前たちの疑問はもちろんだが、そもそも高校とは高等学校の略だ。義務教育とは違う。だから、もうお前たちは甘えていられるだけの子供ではない。そう言った意味も込めたこのカリキュラムだ。それに、本心から言えば、登校義務のない高校ならほとんどの奴は来ないだろう。だから、どうせ真面目にやらない勉学をさせるくらいなら、社会の仕組みを学んでもらおう、って意味もあるんだよ」
「でも、仕事ってことは当然収入もあるわけよね? それに、お客さんが来ないことだってあるんじゃないかしら?」
優希が聞く。これは現実的な問題だろう。そもそも建物の賃貸料やら他にも様々な問題がある。
「収入の方は頑張ってもらうしかないが、客みたいな外部要因についてはある程度こちらで何とかする。それに、この高校を卒業すれば、その店はお前たちのものだ。上手くやれば常連客みたいなのも残る可能性は十分にある。もちろん、この話を受けるという大前提があってこその話だがな」
「なるほどな。じゃあ、もう1つの条件を聞こうか? あんたの話だと、この話を聞いた上でもう1つ条件があるんだろ?」
武がその会話に入る。この説明は彼にとって条件の前振りに過ぎない。
「さっき仕事をしてもらうって説明と1日だけ登校義務があるって話はしたな? その1日にしてもらうこと、それが2つ目の条件だ」
「なるほど。続きを聞こうか」
武は先を促す。
「安心しろ。そんなに難しいことじゃない。売り上げの1割をこっちに渡してくれればいいだけだ。それがお前たちの学費の代わりになるんでな。この2つが条件だ」
「……それだけ?」
優希が驚いたような顔をする。条件としては破格すぎるものだ。
「ああ。俺たちも入学してもらおうと必死になってるわけだし、待遇は良くしてるつもりだよ」
そこまで言った飯田は立ち上がった。
「さて、それじゃあ説明も終わったし俺は帰る。邪魔したな」
「おいもう帰るのかよ? 俺たちを無理やりでも入学させたいんじゃなかったのか?」
武はそう声をかけた。
「俺も忙しいんでな。それに、最初のはあくまで口実だ。話を聞いてもらうチャンスさえあればそれで良かったんだよ」
「あたしたちが断ったらどうするつもり?」
「その時は俺が別口を当たるだけだ。大したことじゃないさ」
飯田はそのまま歩き出す。もう彼らに用はないと言いたいかのように。
「それじゃ、来週同じ時間にもう一度ここに来るから、その時に返答は聞かせてくれ」
飯田はそのまま一方的に会話を切ると、廃材置き場を出て行ってしまった。
「……何だったのかしら?」
「俺に聞かれても困る。たぶん口下手な人なんだろうよ。じゃなきゃあの人は多分俺たちと拳で語ろうなんて考えなかっただろうしな」
武はそう考察する。事務的な会話を除けば、飯田の口数は戦闘の時の方が多かったことを思い出したためだ。
「武が言うのならそうなのかもしれないわね」
優希は気絶していたためにそれ以上のことは言えなかった。いつもならば突っかかるところではあるが、今回ばかりは自分が真っ先に戦闘不能になっているためにこれ以上の反論ができなかったのだ。
「で、今日はどうする? あの人のせいで数時間無駄にしちゃったけど」
代わりにずっと放置されていた問題を解決することを選んだ。
「そうだなぁ……。それじゃ、あの人のためにもう少しだけ費やしてみるか?」
「高校に行くかどうか決めるのね。いつまでも問題を引きずるのは私たちの性分じゃないし、ちょうどいいかもしれないわ」
武の提案に優希が乗った。この二人はこういうところでも相性がいい。
「ちなみに俺は行ってみたいと思う。あの人は信用できると思うしな。お前は気絶させられただけだから分からないとは思うけど」
「理由はそれだけ?」
優希が呆れた、といった様子で聞く。
「もちろんそれだけじゃないさ。お前、さっきのあの人の発言覚えてるか? 最初にあの人が言ってた、面接官担当の俺が直々にとか何とかってやつ」
「ああー……。そういえばそんなことも言ってたわね」
優希は遠い過去を思い出すように答える。
「ということはつまり、あの人は他にも強い奴と戦ってるんじゃないかと思ってな。もしあの人の誘いにそいつらが乗っかってきて入学したとしたらどうなるよ?」
「……なかなか面白いこと考えるじゃない。あたしは条件のことしか頭になかったけど、それならそいつらと知り合いになったり、あわよくば戦えるかもしれないわね」
優希もかなり乗り気になってきたようだ。
「そういうこと。だから、とりあえず入学に関しては賛成の方向で行きたいと思うんだ」
「その提案乗ったわ。少なくともただ喧嘩してるよりは退屈しなさそうだもの」
「よし。じゃああとはどんな店を開くかってところが問題だな」
「それならあたしに考えがあるわ。こういうのなんてどう?」
優希は何やら地面に文字を書く。それを見た武の表情がわくわくしたものに変わる。
「それは楽しそうだぜ! さすが優希だな!」
「あたしも賛成でいいかなとは思ってたからある程度は考えてたのよ。じゃあ、あとは」
「俺たち流のやり方であの人に伝えに行くか」
二人は立ち上がった。
(……しかしあの二人、相当な強さだったぜまったく)
その頃、飯田はそんなことを考えていた。他の生徒になってくれそうな人物にも何人か当たりはつけていたが、少なくとも飯田が能力を使うほどの強さではなかったのだ。もっとも、それは本気を出していなかったため、というわずかな希望にすがることもできるのだが。
(事前データがなかったら負けてたかもしれないな)
飯田には実は1つだけあの2人に隠していたことがあった。それは心当たりというのが高校側の推薦してきた人物たちであり、能力などもある程度割れた状態で接触しているということであった。だからこそ飯田は優希の能力に対応して、彼女を真っ先に気絶させたのだが。協力プレイを断つことで、武をより倒しやすくしたのである。
(あの状況にもかかわらず、あいつの能力……的外れだっけか? あそこで手刀が外れたのは完全に想定外だった。影の攻撃を避けてたところをみると、能力の発動には何かの条件があるんだろうが。いずれにしても俺の手持ちのデータだけじゃ不完全だったな。もしかすると他にもあいつの能力には隠された何かが……)
飯田がそこまで考えた時だった。
(ガッキィィン!)
「何だ、俺はお前たちにいきなり蹴られるようなことをした覚えは……いや、あるか」
『あるのかよ!』
背後から突然殺気を感じた飯田がとっさに影を現出させると、後ろにはその先ほどまで接触していた2人がいた。
「何の用だ? 聞き忘れたことでもあったか?」
「いいや、入学の返事に来ただけだ」
武はしれっと答える。
「にしてはずいぶんと物騒な挨拶の仕方だな」
「これがあたしたち流のやり方なのよ」
「そうかい」
そう言うと、飯田は二人から距離を取る。
「なら聞かせてもらおうか。お前たちの返事を」
「ああ。俺たちは二人とも瑛鈴高校に入学するぜ。もっとも、目的は強い奴らと知り合うことだけどな!」
武はそう宣言する。
(それだけのために入学を決めるか。やはりこいつらは戦いに飢えてるみたいだ。高校側の判断は正しかったみたいで安心したぜ。そういうやつらがリストアップされてたわけだしな)
「俺のためではないだろうが、ありがとよ。じゃあ、入学式は一か月後だ。それまでにどんな店をやるか……」
「お店ももう決めたわ。あたしたちは何でも屋を開くことにしたの。そうすれば、あたしたちの能力もきっとフルに活用できるだろうから」
その答えを聞いて飯田は鼻で笑った。
「何でも屋? 俺一人に勝てないお前たちなんかに何でも屋が務まるとでも思ってるのか?」
「意地でも務めてみせるさ。それに、今は勝てないかもしれないけど、卒業するまでに必ずあんたに勝ってやる。俺たちはそれをあんたに言いに来たんだ」
(……面白い。やっぱりこいつらは最高だぜ)
即答した武の言葉に飯田の心が揺さぶられる。彼は2人にこう返した。
「だったら口先だけじゃなく、俺を越えるくらい強くなってみせろ。これは入学するにあたっての俺からの追加条件だ。そのくらいあった方がお前たちもやりがいがあっていいだろう」
「そんなもん、言われなくてもクリアしてやるよ! それまであんたは俺たちにとって先生だ。だから……」
その瞬間、二人は同時に地面に膝をつき、手をつけた。
『これからよろしくお願いします、先生!』
(……これだから先生って職業はやめられねぇな)
飯田は表面上やれやれといった仕草をする。
「ああ。何か分からないことがあったらいつでも聞きに来い。それと、お前たちに負ける気はないんでな。いつまででも先生と呼ばせてやるよ」
彼はそう言って再び元の方向へと歩を進める。かくして武と優希の高校生活が始まることが決まったのであった。




