挑まれた勝負
あるところに、二人の少年少女がいた。彼らの名前は松野武と相沢優希。彼らは中学生最強コンビと呼ばれるほどの実力を持ち、無敵の強さを誇っていた。そこまでの強さが彼らに会ったのは2つほど理由がある。まず1つがその人並み外れた身体能力である。二人とも1度のパンチで敵をKOできるほどの力に加え、50メートル走を6秒で動けるほどの速さを兼ね備えていたのである。
そしてもう1つ、彼らが最強と呼ばれるのには決定的な秘密があった。それが変化地点と的外れ(ミスマーク)。2人にそれぞれ生まれた時から備わっていた、いわゆる異能というやつである。これは何も特別なことではない。この世界では、異能を持って生まれてくる者たちが一定数存在する。彼らは先ほど述べた身体能力に加えて、その異能を駆使することにより、目の前の敵を倒し続けてきたのだった。
「よお優希。時間通りだな」
黒い短髪にTシャツとジーパンの少年、武が声をかける。2人がいつも集まって行動するのは朝の7時。場所は廃材置き場である。彼らの拠点はいつもここであった。クズが集まるにはクズの集まる場所にしよう、という彼らなりの美学なのである。
「そもそもあたしが遅れてきたことなんてなかったでしょ。いつも遅刻してくるのは武の方じゃない」
黒髪のツインテールの少女、優希はこう返す。彼女は白いワンピースを着ていた。
「それもそうだったな。しかし、お前の服、相変わらず戦闘向きじゃないと思うんだが、それどうなんだ?」
武は彼女の服について指摘する。どうやらスペアが何着かあるようなのだが、彼女の服は決まってこれだけだった。もちろん多少模様やらスカートの丈やらの長さの違いはあるのだが、どちらにせよ戦闘向きの服ではないだろう。
「前から言ってるけど、中にスパッツはいてるから大丈夫だって。ほら」
優希はスカートをめくる仕草をする。武は慌てて顔を背けた。
「そこまでしなくていいって言ってんだろうが」
「毎回同じ質問してくるのはそっちじゃない。ほら、もういいわよ」
優希はため息をついてスカートのすそを元の位置に戻した。
「で、今日は何する? 不良どものたまり場はあらかた片づけたし、もう後は前に言ってたあたしたち同士の潰し合いくらいしか思いつかないんだけど」
「そうだなぁ。できるならそれは避けたいところなんだが。俺たちの潰し合いに便乗した誰かが俺たちを潰しに来る可能性だってあるわけだし」
最強を名乗る以上、立ちふさがる敵はいなくとも、当然彼らのことを快く思っていない人間も数多くいる。2人で並居る敵を倒してきた以上、一人で戦えないと思われるのもまた癪ではあるのだが、戦力を分断するよりは遥かにマシだろうというのが武の考えだった。
「さて、どうするか……」
だが、そんな風に考えていた2人の思考はそこで中断された。廃材置き場の入り口付近で何者かの足音がしたのである。
「へえ、久しぶりじゃないか? 俺たちに戦いを挑みに来るやつがいるなんて」
武はわくわくしたような表情で入り口に視線を移す。この場所が二人のテリトリーであることはすでに周知の事実である。つまり、この場所に人が来るということは、彼らに用事のある者がいるということになる。
「そうね。腕が鳴るわ」
この時点で2人のすることは決まった。侵入所の排除である。2人は息を殺してその人物が来るのを待った。数十秒後、その人物は姿を現した。だが、その姿を見て武も優希も拍子抜けする。
「何だ、ただのおっさんじゃねーか」
そこに立っていたのはスーツを着た30代前半くらいの男性だった。身長は190ほどあり、落ち着いた感じの男性である。だが、武と優希の考えが完全に間違っていた、というわけでもなかった。
「お前たちが松野武と相沢優希だな」
「だったら何だっていうのよ」
優希が臨戦態勢のまま答える。すると、その人物はこう言った。
「お前たちに勝負を挑みに来た。俺が勝ったら、お前たちには俺のいる高校に入学してもらう」
『はぁ?』
二人は声を揃えて首を傾げる。
「お前、俺たちが誰だか分かっててそのセリフを吐いてるんだろうな?」
武は鼻で笑うように聞く。
「ああ。中学生“では”最強の二人組だろう?」
「……言ってくれるじゃねーか」
適当に追い返すつもりだった武も、優希と同様に臨戦態勢に入る。
「それにお前たち、戦闘“には”めっぽう強いんだろう? このところお前たちに挑む者もいないって話だし、この挑戦を受けない手はないはずだが」
「……いちいち口調が癇に障るのよね。いいわ。その挑戦受けて立ってあげる。後悔するといいわ」
「ああ。俺たちに勝てるわけないってことを証明してやるよ」
その直後、まず優希が瞬間移動した。否、足にかかる力の方向を倍加させることで、瞬間移動したように見せかけたのである。彼女の能力である変化地点にはいくつかの使い方がある。これはそのうちの1つで、地面を蹴って前に進む力を記憶することで、その力を進行方向にかけるのだ。すると、普通に動く場合の倍のスピードで動けるのである。優希は一瞬で男性の間合いに詰め寄ると、今度はパンチを繰り出す。ただし、ただのパンチではない。彼女の体にかかる重力を記憶することで、普通に彼女が殴る場合の2倍の威力を持つパンチである。だが、
「……どんなにすごい威力のものでも、当たらなければ意味がない。俺にパンチを繰り出すなら、威力を抑えて速さに回すべきだったな」
男はそのパンチを軽くよけると、優希の首に手刀を見舞った。
「かはっ……」
優希は突然のことに訳が分からぬまま気絶させられてしまった。
「おい、優希、優希! てめぇ、よくも優希を!」
傷もなしに気を失った優希を見て、今度は武が突進する。懐に潜り込んでかがむと、同様にパンチを男性に向かって放つが、彼は再びそれを避ける。
「お前も同じの、食らってみるか?」
男性は手刀を再び武に向かって放った。だが、その手刀は武の首のわずか数十センチ外れたところで空を切った。
「へっ、俺には的外れ(ミスマーク)っていう異能があるんだ。普通に攻撃したんじゃまず攻撃は通らないぜ!」
「ほう……」
男性は感嘆したような声を上げる。武の能力は的外れ(ミスマーク)。自分の周り半径50センチより遠くから来た攻撃が当たらない、という能力である。
「では、私もやり方を変えるとしよう。元よりお前たち相手に最初から能力なしで勝てるとは思っていなかったしな」
そう言うと、男性はこう一言告げた。
「影の反乱(シャドーリボルト)」
その直後である。武の影が実体化した。
「うわっ、何だよこれ!」
「それはお前自身であってお前自身でないもの。つまり、影だ。お前と全く同じ異能を持ち、お前と全く同じ身体能力を持った、な。ただそいつがお前と共闘するなんてぬるい希望はもつんじゃねーぞ。そいつはなぁ」
そこまで言ったとき、武の影は武の方を向いた。
「お前の敵として立ちはだかるやつなんだからよ」
そして影は武に対して攻撃を繰り出してくる。武は先ほど男性が攻撃を放ったときとは打って変わって、今度はしっかりと攻撃を避ける。
(……面倒なことになったな)
武はこう心の中で呟く。彼の能力である的外れ(ミスマーク)にはある決定的な弱点があった。それは、半径50センチ以内から繰り出される攻撃には能力が適用されないというものである。つまり、彼自身も直接的な肉弾戦にはあまり強い方ではないのだ。先ほどはかがんだことと身長差の都合もあってか効果が適用されたようだが、こうなっては話は違ってくる。
「だったら、先に一発食らわせるまでだ!」
彼自身が打たれ弱いということは、影にもそれは適用されていることになる。つまりこの勝負、一発当てた方が勝ちだ。
「うおおおおお!」
彼は影の軽いジャブをかわしつつ、懐に潜り込んだ。そして、自らの影のパンチを胸骨の辺りに浴びつつ、渾身のストレートを影にクリーンヒットさせた。その直後、影は吹っ飛び、武の真後ろに帰って行った。
「お見事。だが、同時に今のでお前の底も見えた」
「くそっ……」
やはり自分自身のパンチは強烈だった。当たった場所が骨とはいえ、今の一撃はきついものがある。
「やはりお前たちはペアのが強いらしい。そこを分かっている分、お前の方はあのお嬢ちゃんより買ってたんだが。この程度なら、能力を使わなくても何とかなったかもしれんな」
「お前、何者なんだよ……。どうしてここに来た……」
武はグロッキー状態のまま男性に聞く。
「だから、俺の目的はお前たちを高校に通わせることだってさっき言っただろうが。お前たち、中学卒業したら暴れまわる気だったんだろ。なら、それを高校でやらないかって提案をしに来ただけだ。まあ、どうせ口で言っても分からないだろうから、拳で語ろうなんて野暮なことをしに来ただけさ。で、どうする? まだやるか?」
武は一発自分自身のパンチを食らってフラフラだ。対して、男性の方はまだただの一撃も食らっていない。
「……当たり前だろ。負けを認めない限りは、勝負は続くんだ」
「そうかい。その根性だけは認めてやるよ。なら、かかってこい」
男性は挑発するポーズをとった。
(仕方ないな。これを使っていいくらいにはこいつは強いだろうし。肉弾戦じゃあ大人に勝てないのは俺だってうすうす気付いてたしな。だからこその秘密兵器な訳だけど)
武は自分のポケットから数十本の釘を取り出した。
「ん? なんだそりゃあ。廃材で大工仕事でもする気かぁ?」
「言うだけ言ってろ!」
武はその釘を男性に向かって投げつける。だが、その釘は地面に着地することなく男性に向かって直進する。
「なるほど。能力の応用か。なかなかやるねえ」
男性は一瞬で何かに気付いたようだった。
「その攻撃は大方すべての攻撃が外れる能力を利用したものだろう。すべての攻撃が外れるということは、指定範囲以外には攻撃が当たるってことになるからな。まさか自分以外に対しても能力を使えるとは思ってなかったよ。どうやらお前を少し見くびってたらしい」
男性は再び影を自分の前に出現させる。釘はすべて影にあたって地面に落ちた。
「俺が能力を使わなくても、は訂正してやるよ。もっとも、能力を使えば勝てるということの裏返しでもあるがな。さて、次はどんなトリックを見せてくれるんだ?」
「これもダメなのかよ……」
攻撃が当たらなかったことに衝撃を受ける武。いつもなら優希が変化地点の能力で加速させてくれるので威力はもう少し上がるのだが、やはり一人では厳しいものがある。
(だったらもう、これ一択だろ!)
武は最終手段、1度限りの禁じ手を使うことにした。
(俺の姿をあいつの視界から消す! 負担はでかいが、一撃で決めれば問題ない!)
的外れ(ミスマーク)というのは、相手の攻撃が外れるだけの能力ではない。他の人物に使用することができるように、相手の視界を外させることもできる。何かを外すことができるというのがこの能力の本質でもあるのだ。ただし、この能力は武にとって相当負荷が強いので、使用時間は実質3分が限度である。
「行くぜ。これが俺の最後の攻撃だ」
「もう最後か。期待してるぜ」
男性は相変わらず余裕の姿勢を崩さなかった。
(見てろ、その大人の余裕ってやつを崩して見せるからよお!)
武はそう心に誓うと、能力を発動した。
「消えた!?」
男性は驚く。
(なるほど。だから最後か。だが、俺もお前の攻撃をみすみす食らう気はないのは分かってんだろうな?)
「食らえ!」
男性の真後ろに回り込んだ武が、渾身の一撃を見舞う。だが、
「俺は影使いだ。お前がどこから来ようが、俺の影はお前の攻撃から俺を360度どこでも守れる。これがどういうことかは分かるな」
「そんな馬鹿な……」
後ろから伸びてきた影によって、武の攻撃は受け止められてしまった。そして、
「だが、嘘をつかなかったことは褒めてやる。確かにこれでお前はチェックメイトだ」
その影が武に手刀を見舞った。
「ちく……しょう」
武はそのまま気を失った。




