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リライト・ザ・ワールド ~2004年から創るエンタメ帝国~  作者: 伊達ジン


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15/20

第15話 最初から金が回る仕組み

 前回の打ち合わせから数日後。

 悠は、ネクサスの小規模なオフィスの壁際に置かれたホワイトボードへ、太い黒のマーカーで力強く書き込んだ。


『課金設計』


 四つの分野を共通基盤上で相互に送客させる。その設計図はすでに組み上がった。次に直面する経営課題は、その回遊するユーザーの熱量を、いかにして具体的な売上へと変換するかだった。

 会議机には成瀬と結城が並んで座り、悠の引いた黒い文字を真剣な面持ちで見つめている。


「収益の入り口を、大きく三つに分けます」


 悠は『課金設計』の下に、三つの項目を箇条書きにしていく。


『月額会員』

『デジタルアイテム』

『コンテンツ購入』


 現在のインターネット業界、特に携帯電話向けのサービスにおいては、いかにして無料でユーザーを集め、アクセス数を稼いでバナー広告などの広告枠を売るかというビジネスモデルが主流になりつつあった。誰もが「ネットのコンテンツは無料で手軽に楽しめるもの」という認識を強めており、サービスを提供する企業側もそれに追随して、広告収入への依存を深めていた時代だ。


「神崎さん。現在立ち上がっている競合他社の多くは、ページビューを最大化して広告で稼ぐ方針をとっています」


 結城が手元の資料から視線を上げ、落ち着いた声で尋ねた。


「我々も、まずは入り口のハードルを極限まで下げて無料で人を集め、広告収入を柱に据えるべきではないでしょうか。それが現在の市場における一番の定石です」

「広告だけに依存するモデルは退けます」


 悠は即座に、明確な声で否定した。


「もちろん、広告も収益の一部にはなりますし、大規模なプロモーションが始まればアクセス数は爆発的に伸びるでしょう。しかし、広告枠を売るだけのビジネスでは、プラットフォームとしての主導権を景気の変動や広告主の予算都合に握られているのと同じです。俺たちが構築すべきは、無料で楽しんでいるユーザーが、自発的かつスムーズに有料利用者へと移行できる強固な構造です」


 悠はホワイトボードの三つの項目を、マーカーの尻で順番に軽く叩いた。


「漫画の続きをいち早く読みたい時には一話ごとの『コンテンツ購入』へ進み、自分のアバターを着飾りたい時には『デジタルアイテム』として衣装を買う。そして、それらをより快適に、お得に楽しむための『月額会員』プランを用意する。この三つを組み合わせ、ユーザーが必要な時にストレスなく財布の紐を緩める、ハイブリッド型の課金構造を作ります」


 成瀬が少し身を乗り出し、机の上で指を組んだ。その顔には、技術者としての強い懸念が浮かんでいる。


「三種類の課金を同時に走らせるとなると、トランザクションの処理がかなり複雑になります。毎月の定額引き落としと、アバターの服を買うような数十円、数百円の都度課金、いわゆるマイクロペイメントが入り乱れるわけですから。特に少額決済が頻発すれば、クレジットカードの都度決済などで決済代行会社を通すたびに、手数料だけで利益の大半が吹き飛びかねません」

「ええ。だからこそ、その三種類の課金を、既存の共通決済基盤に載せます」


 悠は淀みなく答えた。


「ユーザーが都度クレジットカードを切るのではなく、共通決済基盤の中でポイントやウォレットのように前払いで資金を管理できる形へ持っていく。一度まとまった額のチャージや月額登録を済ませれば、あとは共通基盤内で資金の数字が移動するだけです。これなら決済手数料を最小限に抑えられるだけでなく、ユーザーにとっても決済の心理的ハードルが大幅に下がります」


 成瀬は一度顎に手を当てて思考を巡らせた。視線が宙を泳ぎ、頭の中で膨大なシステム構成図を描き出しているようだった。やがて、極めて慎重な声を出した。


「……決済手数料はそれで抑えられるとして、ポイント残高のリアルタイム処理と、コンテンツやデジタルアイテム付与の整合性を取るデータベースの設計はかなりシビアになります。ロールバックの処理を一つ間違えれば、購入したはずのアイテムが付与されない、あるいはユーザーの資産の数字だけが消失するという致命的な信用問題に直結します。エンターテインメントの皮を被ってはいますが、裏側で要求される堅牢性は銀行のシステムに近くなる。表側の利便性を上げる分、裏側のシステム要件は一段と厳しくなりますよ」

「ええ。だからこそ成瀬さんに任せます。インフラの初期投資は惜しみません。一番安全で堅牢な構成をとってください」


 悠は深く頷き、マーカーを机に置いた。


「そしてここで一つ、絶対にブレてはいけない方針を伝えておきます。ネクサスでは、射幸性を過度に煽るような課金システムは採用しません」

「射幸性……ですか。例えば、何が当たるか分からないランダムなアイテム販売のようなものですか?」


 結城の問いに、悠は首を縦に振った。


「確率で射幸心を煽れば、一時的な売上は劇的に跳ね上がるでしょう。ですが、それはユーザーに納得して価値を買ってもらうビジネスではなく、熱狂に付け込んで搾取する行為に近くなる。俺たちが作るのは、数年で荒稼ぎして焼き畑にして終わるようなサービスではありません。何十年も使われ続け、世界中のクリエイターとユーザーに信頼される経済圏です。欲しいものへ直接お金を払っていただく。それを基本とします」


 結城は少しの間、無言で悠の言葉を咀嚼するように視線を落とした。

 短期的には莫大な利益を生むであろう仕掛けを、将来のブランド価値と信頼のために最初から切り捨てる。その二十歳の起業家の決断の重さを測るように沈黙した後、やがてゆっくりと顔を上げた。


「……方針は理解しました。ただ、出版社の重役たちは、新しいデジタル課金そのものを『自分たちのIPの安売り』と警戒する可能性があります。クリーンな課金基盤であることは交渉の武器になりますが、彼らが納得する具体的なロイヤリティの計算根拠と、ブランドが毀損されないという保証を、契約でガチガチに固める必要がありますね」


 結城が手元の分厚い資料を机の上でトントンと揃えた。その所作には、長年権利者と向き合ってきた実務家としての静かな気迫がこもっていた。


「ええ。担当者レベルで出た懸念はすでに整理できています。あとは役員側から出る厳しい条件を一つずつ詰めて、最終的な契約まで持っていきます」

「頼みます」


 その日の深夜。


 悠は自宅の安アパートへ帰り、静まり返った六畳間で一人、小さなグラスを傾けていた。

 会社を立ち上げ、数億円という資本を動かす立場になっても、悠は自身の生活水準を上げるような真似は一切していなかった。壁の薄い部屋。天井からぶら下がる古い蛍光灯が、ちゃぶ台の木目を青白く照らし出している。手狭なキッチンからは、蛇口から落ちる水滴の音が微かに聞こえていた。


 用意したのはブルゴーニュの赤ワインだ。ピノ・ノワールの繊細でエレガントな果実味が、一日中張り詰めていた思考をゆっくりと解きほぐしていく。


 グラスのワインを静かに空けると、悠は立ち上がって戸棚から別のボトルを取り出した。今度はアイラ島のシングルモルトウイスキーだ。ピートの効いた独特のスモーキーな香りが、部屋の空気を少しだけ重厚なものへ変える。


 ストレートで注いだ琥珀色の液体をテーブルに置き、大切に保管しているシガーボックスを取り出す。選んだのは、キューバ産の『ラモン・アロネス・スペシャリー・セレクテッド』。


 シガーカッターで丁寧に吸い口を切り落とし、ライターの炎でゆっくりとフットを炙る。焦がさないように均一に火を入れ、静かに煙を吸い込んだ。


 濃厚なローストナッツのような香ばしさと、奥深い土の香りが口の中を満たす。ふわりと吐き出した紫煙が、蛍光灯の光に照らされてゆっくりと天井へ向かって立ち昇っていく。

 モルトウイスキーを一口含み、葉巻の煙と交わらせる。強烈な個性がぶつかり合いながら、奇跡的な調和を生み出していく。


 市場の流れは今のところ、未来の記憶通りに進んでいる。通信定額制の普及への兆し、端末の高性能化、そして若年層のインターネットへの滞在時間の増加。それらの波が確実に来ている。そしてネクサスの事業も、そこから逆算して組み上げた計画以上の速度で前へ進んでいた。


 悠は葉巻を右手の指に挟んだまま、ちゃぶ台の端に置かれた分厚いキングファイルの束を引き寄せた。

 結城が作成した、次回交渉に向けた契約雛形とプレゼン資料だ。


 表紙をめくると、細かな条項と数字がびっしりと並んでいる。

 悠は万年筆を手に取り、キャップを外して資料の余白へ短いメモを書き込み始めた。


 ロイヤリティの分配率。第三者監査の具体的な基準。そして、出版社が最も気にするであろう最低保証額の設定。

 未来の市場で彼らのIPがどれほどの莫大な価値を生み出すかを知っている悠にとって、現在の相場観で計算されたロイヤリティは、決して払えない額ではない。だが、最初から無条件で有利な条件を差し出せば、相手は警戒を強めるか、あるいは足元を見てさらに理不尽な要求を突きつけてくる。


 相手が何を恐れ、どこまでなら妥協できるか。

 結城が整えた堅牢な契約という防具の上に、悠は未来の市場規模という武器を正確に乗せていく。


 深夜の静寂の中、ページをめくる乾いた音と、万年筆のペン先が紙を擦るカリカリという音だけが響いていた。


 時折、葉巻の灰を落とし、ウイスキーで喉を潤す。

 頭の中では、来週の会議室の光景がすでに組み上がっていた。出版社の役員たちが並ぶテーブル。彼らが投げてくるであろう鋭い質問と、それに即答するための数字の裏付け。


 グラスのウイスキーを飲み干す。

 アイラモルトの強烈な余韻が、食道から胃の腑へと熱く落ちていった。


 悠は最後のページまで目を通し終えると、万年筆のキャップをカチリと閉め、静かにファイルを閉じた。

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