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妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む  作者: 月焔 レイ
第三章(3) 旗を上げるとき
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第六十五話 焔を喰らう風


 迫り来る炎の熱を感じルシアは目を閉じたが、一向に襲ってこない痛みに、そっと目を開けた。


 ──目の前には、何もなかった。


 迫りきていたはずの炎は跡形もない。


「……え?」

 

 拍子抜けしたルシアは言葉を失い周りを見回すが、火の玉を放ったはずのブレインも同じように戸惑っていた。

 張り詰めていた空気が、一気に拍子抜けしたように緩んだ。


 誰もが声を失う空間に響いたのは、

 しばらく聞いていなかった懐かしい声──


「僕、連絡貰ってないんだけど?」


 空気に似合わないのんびりとした声に、ルシアは振り向いた。


 突然風が止んだ。

 世界が一瞬、息を潜める。


 そこにいたのは──

 特級魔法使い、アルノー・グラウゼ。


 ルミナリア王室お抱え魔法使いその人だった。


「王都にいるなんて聞いてないよ、姫様」


 いつの間にか定着している姫様呼びに、ルシアはあまり納得していない。だが、今はそんなことに文句を言っている場合ではない。


「……ありがとう、クラウゼさん」

「当然のことをしたまでです。それで?

 こいつは僕に任せてくれるんですよね……?」


 先ほどまでの優しげな雰囲気から一変した。

 鋭い視線をブレインに向けるクラウゼさんは、まるで別人のようだ。


「あれ?久しぶりだね。馬鹿な魔法使いさん」

「僕が馬鹿だったことは認めるけどね。

 お前たちマレディアだけは許さないよ」


 きょとんとしてた顔をしていたブレインは、クラウゼさんの姿を見た途端、にやにやと嫌な笑みを浮かべ始めた。


「あの日、焼かれたものの借りを──

 15年の借りを晴らさせてもらうよ」

「どうぞご勝手に。出来るものならね」


 そう言った途端、あたりに立ち込め始めた暴風。


「姫様は危険だから、そこの軍人たちと影に隠れていて」

「でも……!」

「大丈夫だから」


「ね?」と微笑みながらも、決意を固めた瞳にそれ以上ルシアは言い募ることはできなかった。


 ルシアたちが安全な場所へ移動したことを確認し、クラウゼさんの雰囲気がまた一段と尖る。周囲には可視化できるほどの竜巻が渦巻き、まるで天災のようだった。


 無言でクラウゼさんが手を前に出すと、竜巻が暴風となりブレインに襲い始めた。

 風と、焔がぶつかる。


 ──打ち消し、飲み込み、そして飲み込まれる。


 辺りのものは消失し、二人の周りには更地が出来上がってきた。


 一歩も後に引かない魔術のぶつけ合いに、先に隙を見せたのはブレインだった。ルシアとの戦いで消耗していたのだろう。一瞬、焔の出力が鈍り、打ち消すことのできなかった風によって吹っ飛ばされる。


 「ぐっ」という声を上げながら、倒れているブレインは、立ち上がろうとするものの、骨を折ったのか、激痛に動けない。


 もがくブレインに、全てを凍らせるような冷たい声が落ちた。


「眠れ」


 クラウゼさんが魔術を発動すると、ブレインは「そんな、僕は、父上に……」と呻きながら意識を失った。


「本当ならとどめを刺したいが、生憎我らの姫はそういうのがお嫌いでね。姫様に感謝するんだな」


 吐き捨てるように言うクラウゼさんは、虫でも見るような目で、ブレインを見下ろしていた。その視線に、ルシアの肌は粟立った。

 だが、ルシアを振り向いたクラウゼさんは、優しい目をしていた。


「姫様、片付けましたよ」


 なんでもないかのように軽い口調で言うクラウゼさんに、少しほっとする。

 ──いつものクラウゼさんだ。


 安心し、クラウゼさんの元へ小走りで駆け寄った。


「大丈夫!?怪我は!?!?」

「少し疲れましたけどね。大丈夫です」


 そう穏やかに微笑むクラウゼさんは、焔に焼かれてボロボロだ。服は焦げつき、飛んだ破片により至る所から血が滲んでいる。


「ミア、癒して」

「任せてっ!」


 クラウゼさんをヒールで癒すと、目を丸くしたクラウゼさんが「ルシア様の妖精はミアって言うんですね」と呟いている。そういえば、前回はそれどころじゃなくてミアの説明はしていなかった。

 

 事情が事情なだけに、ミアたちのことを見せるようには出来なかったのだ。


「素敵な名前ですね、ミア」


 優しく微笑むクラウゼさんは、今まで背負っていた何かを少し下ろしたように見えた。

 だがそれも一度目を閉じ、再び目を開くまでだった。


「このまま、マレディア王のところに行きましょう」

 

 全てをここで終わらせる──


 その言葉は、硬い決意に満ちていた。

 


「──全部終わらしてしまうのかい?君たちだけで」


 その場にいるはずのない声が、耳を打った。

 

 聞き慣れた声だ。

 何度も背中を預けてきた、あの声。


 「……酷いな」


 ルシアが勢いよく振り向くと、微笑んだアルグレイ隊の姿がそこにはあった。


「姉さんっ」


 飛びつくように抱きついてきたノエルを、ルシアは受け止めた。


「……どうしてここが?」


「……こんなに派手に暴れたら誰でも分かるよ」


 呆れたような大佐の声に、あたりを見回す。必死すぎて気づいていなかったが、辺り一面平らになり、建物は吹き飛んでいる。

 魔術のぶつかり合いは、遠くからでも見えたはずだ。アルグレイ隊が駆けつけた理由に、ルシアも納得した。


 軍人たちが遠くからこちらを伺っているが、危険すぎる人物が四人も揃ってしまった敵陣に踏み込む勇気のある者はいないようだった。


「無事で良かった」

「アッシュたちが助けてくれたんだよ」


 振り向くと、軍服を着たままのアッシュたちがこちらをみて苦笑していた。


「どうしたの?」

「いや、なんかいいとこ全部持って行かれたなって」

「ま、そういう役回りですよね」

「そんなことないよ。カッコよかったよ」

「アッシュ、リオ。姉さんをありがとう」


 士官学校の四人が再び集うことができた。フェルンベルクを発ったぶりなので、実に二年ぶりである。


「大人っぽくなったね。二人とも」

「ルークこそ、女性らしくなったじゃん」

「どういう意味?」

「はいはい、二人とも。今そういう時間じゃないからね。周り見て、周り」


 ノエルの言葉に、アルグレイ隊を振り向くと、嬉しそうな複雑そうな顔をしているのが目に飛び込んだ。


「心配かけてごめんなさい」

「無事なら良かったよー」


「心配した」とぎゅっと抱きしめるリア先輩の手は震えていた。また心配をかけてしまった。リア先輩には心配をかけてばっかりだ。


「ごめんなさい、ありがとう」


「無理するな。無事で良かった」抱きしめられたままのルシアの頭をアルグレイ隊が撫で回した。


 申し訳なさと嬉しさが織り混ざった複雑な気持ちになるが、みんなの優しさに心が温かくなる。


 誰にも、負ける気はしなかった。

 ──いや、負けるはずがなかった。


「うん。それじゃ、行こう。みんなで」


 最後の敵を倒しに──


 自分たちは、負けない。


 明るい未来を──

 必ず、この手で掴む。

 


ここまで読んでくださりありがとうございます!


今週末完結予定です。

最期までお付き合いいただけますと幸いです。

応援よろしくおねがいします。

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