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第五十話 離別の夜、受け継ぐ意志


 駆け抜けた街道。

 暗闇を駆けるルシアたちの表情は、一様に暗い。


 大佐は、王都から少し離れた森の中にある小屋へアルグレイ隊を導いた。

 全員が小屋へ入り、それまでずっと無言だった大佐がやっと口を開いた。


「中将の商会が使っている小屋らしい。何かあったときにと紹介されていた。ここで少し休もう。」


 その言葉に、ルシアは床に崩れるように座り込んだ。


 起きているすべてに、ついていけない。


「なんで、そんなに冷静なの……」


 ポツリと、ルシアのか細い声が漏れた。

 その言葉に返事をする人はいない。


「……なんでいつも通りなの」


 震える声を止めることは出来なかった。


「普通じゃない。でも、普通にいようとしてるの。

 戦場では、冷静になれない人から死ぬんだよ」


 当たり前のように応えたリア先輩の声は、いつもよりも少しだけ掠れた声だった。でもそれは、どこか久しぶり感じる温かい声で。


 ポンと頭に手のひらが置かれる。

 顔を上げると、「しょうがないな。」と言いたげな顔をしたウィル先輩だった。


「お前らの初陣は、少々キツすぎたな。」


「隣にあった当たり前が消えていく感覚は、慣れないよな。」そういって頭を撫でてくれたウィル先輩の声は、寂しげだった。


 その言葉に、ルシアの視線が落ちる。

 部屋に積もった綿埃が、ふわりと宙を舞うのを意味もなく見つめた。


「レオン」


 ヴァイスさんの微かな声が、小屋の静寂に響いた。

 先ほどまで白い顔をして意識を失っていたヴァイスさんが、薄らと目を開けている。


 ルシアが調子を尋ねようとしたそのとき、大佐の冷たい声が遮った。

 

「却下だ。」


 何が……?


 ルシアは大佐の唐突な発言についていけず、周囲を見回す。だが、理解できていないのは自分だけのようだった。


「分かっているだろう」

「出来ることは……あるだろう」

「ただの足手纏いだ。置いていけ」


 ヴァイスさんの言葉にやっとルシアの理解が追いつく。

 ヴァイスさんは、自分をここ──王都に置いていけと言っているのだ。


「分かっただろう。俺らはもう、反逆者だ。

 見つかったら容赦なく殺される。


 この腕では銃も持てない。」


「お前には、頭があるだろうが」

 

「そんなものは他の奴がいる。

 お前には、頼れる仲間がいるだろう?」


 な?と笑い、ヴァイスさんがこちらを見る。

 それに同意することなど到底できなくて、全員の視線が地面に落ちた。


 ポツリ、ポツリと床に雫が落ちる音がした。

 その音の持ち主を見ることは、出来なかった。


「だが、お前は支えるといっただろうが……」


 今まで聞いたことがないくらいに震えた大佐の声。

 ほとんど何を言っているか分からない。

 喉の奥から絞り出したような声だった。


「支えるのを辞めるなんて言ってないだろう。ここは中将の商会が定期的に通る。それに混じって抜け出すよ。俺には俺の、戦いがまだ出来る。


―そうだろう?」


 まだ、諦めていないのだ。

 右手を失い、共に行くことが叶わなくとも。


 ヴァイスさんは、大佐を支えることを諦めていない。

 

 部屋に沈黙が落ちた。

 誰も、声を上げない。


 大佐の答えを待っていた。


「……死ぬな。」


 短く、噛み締めるように大佐は唸った。


「最優先命令だ。」


 顔を上げた大佐は、いつもの顔だった。

 その顔に、もう迷いはなかった。


 ──覚悟だけが、残っていた。


 その顔を見たヴァイスさんは、ふっと笑った。

 首を回して周囲に立つルシアたちを見つめる。


 はじめは、グレインさんからだった。

 

「グレイン」

「はい」

「お前に、レオンの背中を預ける。しっかり守れ」

「イエス、サー」


「ウィル」

「はい」

「右腕がなくなったからな。今度からお前が右腕だ」

「……はい。」


「リア」

「……はい」

「泣きすぎだ、バカ。俺は死んでない」

「だってぇ」

「これからもアルグレイ隊を頼むぞ。お前は笑ってろ」

「はいっ」


「ノエル」

「はい」

「ウィルのこと、助けてやってくれ。お前は頭が切れる。みんなのサポートよろしくな」

「はい。」


 ヴァイスさんの視線がルシアの方を向いた。

 次は……自分だ。

 聞きたくない……聞きたくないけど、聞かなければならない。

 

「ルシア」

「はい」

「レオンのこと、頼んだぞ」

「……はい?」

「レオンはお前には素直だからな。

 っていうのは冗談で。」

「……はい?」


 戸惑いが抜けないまま、言葉が重なった。

 覚悟していた言葉とは違う言葉に振り回される。


 敵わない、ヴァイスさんには一生。


 悪戯っぽく笑ったヴァイスさんの顔が、引き締まった。それに合わせてルシアも姿勢を正す。

 

「この隊の要はお前だ。頼んだぞ、お姫様」


 重く、響いた声。

 冗談めかしに言ったヴァイスさんの目は笑っていない。


 本気だ。この人は本気で、取りに行っている。国を。


「はいっ!」


 ルシアの返事に満足げに微笑んだヴァイスさんは、最後に大佐へ視線を向けた。

 

「レオン」

「いらん。」

「いいから聞けって。」


 ため息をついた大佐が、後を促した。


「お前はもう、一人じゃない。俺と二人でもない。

 自信を持て。


 お前の味方は、沢山いる。

 頼もしい仲間が、沢山いるだろう。

 

 もう部下じゃない。仲間だ。」


「そう……だな。」


 息を吐き出して笑った大佐の瞳には、光が戻っていた。


 ──ヴァイスさんは、凄い。


「だが。訂正しておく」

「……なんだ?」

「お前の右腕は、お前だけだ。

 

 ウィルは、リアと二人で両翼だろう?

 片方だけになったら落ちるからな」


 その声に、リア先輩が「落ちませんよ!」と騒いでいる。アルグレイ隊に、普段の空気が戻ってくる。


 いつだって、調整役はヴァイスさんなのだ。

 どんな状況になったとしても──


「分かった。

 じゃ、空けといて。戻るから。」


 左と左で拳を突き合わせる姿が、滲んで見えた。

 誰も入れない絆。


 ヴァイスさんの代わりを果たせる人なんていない。

 だけど、みんなで少しずつなら、きっと。



「みんなで、支えます。大佐も、夢も。」


「おう、任せた。」


 ここを旅立つ仲間は減った。

 七人と二人と一匹は、六人と二人になった。

 ──一匹は、もうここにはいない。


 だが、気持ちは変わらない。

 七人と二人と、一匹だ。


 絶対にフェルのことも迎えに行ってやる。

 そして──一発、殴ってやろう。


 友達じゃないなんて言うな。

 お前は、お前がなんで言おうと、仲間だ。


 そう言って、笑って抱きしめてやる。


 大佐の肩を抱いて笑っているヴァイスさんの姿を見ながら、ルシアは心の中で誓った。

 


 ──その日、マレディア王国は震撼した。

 

 若き獅子、レオン・アルグレイ及びその部下に

 叛逆の意志あり。


 見つけ次第、抹殺されたし。


 その知らせは、アルグレイ隊をよく知るものほど、王国の闇を疑わせることとなった。


 静かに、狼煙は上がった。

 

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