第三話 そして歯車は動き出した
「喧嘩らしいです」
巡回中、後ろから、副官であるノアがレオンに小さく囁いた。
思わず舌打ちが出る
ちょうど司令部に戻ろうとしていたところだった。
「どこだ」
苛立ちを隠さない声でレオンが問いかけると、「こちらです」と淡々とした声が返る。
「喧嘩で、死人が出たそうです。被害者は子供とのことです。」
「……子供?」
苛立ちは一瞬で消えた。
レオンの足が自然と早くなる。
ノアが示した先は街の一角だった。
何の変哲もない、商店の集まる街角である。
人だかりができていた。
──あそこか。
「何の騒ぎだ。」
よく響く自覚のある低い声を、殊更低くし、響かせる。
「通報があって来た。喧嘩で死人が出たと。どこだ」
振り向いた先に見えた軍服を確認し、人々が静かに道を開ける。人垣の中心に、彼らの姿はあった。
横たわった少年の頭を膝に乗せ、抱えるようにしている少年が座り込んでいる。
少年が、ゆっくりと指差した。その先には、意識を失った柄の悪い男たちの姿があった。
目線でノアに指示を出す。
指示を汲んだノアはすぐに動き出した。あとは、警備隊の事務所にでも放り込んでおけば良い。
それよりも、問題はこの少年たちだ。
通報と周りの人々の反応から推測すると、死人とは彼らのことだろうか。年は十二、三といったところだろう。
だが、どう見ても死人ではない。
意識のある少年の方は、指差した後、空を仰いでからはこちらを見ようともしない。
我々が軍人であることに気づいていて、あえてこちらを見ないようにしているようだ。
横たえられている少年も、怪我をしているようには見えない。意識がない以外は、健康そのものである。
「おい……」
反応のない少年たちに痺れを切らし、野次馬の一人へ目を向ける。
「あ……その横たわっている少年が刺されたんです。座り込んでいる方が兄みたいですね。
兄が駆け寄って来たとき、光がパァって広がって、目が覚めたら傷も治ってました。
まるで魔法のようで……」
「……なに?」
意識せず出た威圧に、答えた野次馬が後退りした。
その様子を見て我に返り、「情報提供感謝する」と返し、少年に視線を戻した。
少年は何を見ているのか、まだ天を見上げている。
何も面白いものなど、ないだろうに。
「おい、そこの金髪の少年」
呼びかけるも、ピクリともしない少年に痺れを切らす。
「君だ、金髪」
肩を掴むとビクッと身体を振るわせ、やっとこちらに視線が向いた。漆黒の綺麗な瞳と視線が絡む。
「俺……?」
不思議そうな顔で自分を指差すが、他に誰がいるんだ。金髪なんて居ないこともないが、あまり見かけない。
少年は、ハッとしたような顔をして、同じ膝の上の少年の頭を見ている。その直後、ぶちぶちっと痛そうな音を立て、いきなり自分の髪を引き抜いた。
「おいっ」
こちらの制止には目もくれず「マジかよ……」と呟くと、どこかを見ている。
「やってくれたな……」とぶつぶつ言っているが、視線の先には誰もいない。
……とりあえず、連れて帰らねば。
「そろそろいいか。」
レオンが声をかけると、少年はハッと顔をあげこちらを見る。そして顔を青くし、慌て始めた。
忙しい奴だな、と内心思うが声には出さない。死にかけた弟とその兄だ。そのくらいの気遣いはレオンにもできた。
「君たちが魔法を使ったのではないかと思われる証言があった。一緒に軍の司令部まで来てくれるか。弟は先に医務室だな。」
少年たちの意思など関係ない。ここ、マレディア王国では軍の言うことが絶対なのだ。一応問いかけという形をとっただけである。
「お、俺たち、孤児院に帰らないと……」
「孤児なのか?丁度良い。恐らく、今日から君たちは軍が家になるぞ」
久しぶりに、面白い拾い物をした。
「歓迎するよ。」
レオンがそう投げかけると、相変わらず真っ青な顔色をした少年は、信じられないような顔をしてこちらを見た。
だが、魔術を使える可能性がある人材を軍もレオンも放っておくはずがない。
証言からすると、兄の方は少なくともかなり高い確率で発現したのだろう。
面白そうな彼らを逃すつもりはなかった。
──どんな手を使ってでも、這い上がる。
それがレオンの信念だった。
「自己紹介が遅れたな。私は、レオン・アルグレイ。地位は中佐だ。ついて来なさい。」
この出会いが王国の歯車を狂わせることになるとは
このときはまだ、誰も知らなかった。
⸻⸻
執務室。
ルークと中佐の取り調べは、かれこれ一時間は続いている。
そのやり取りを、周りの軍人たちは調書を取りながら眺めていた。
「だから、俺は魔術は使えない。」
「そんなはずはない。第一、弟の傷はどう説明するつもりだ?」
「知らねぇって。なんか光ったら治ってたんだよ。それで良いじゃねぇか。」
「いいわけがないだろう。言い訳になっていない。」
同じ問答を繰り返し。彼らは果たして飽きないのだろうか。
「ねーねー、ウィル。もう良くない?調書取らなくても変わらないよ。これ。」
「奇遇だな、リア。俺もそう思ってた。同じだし。以下略で。」
「良い訳ないだろ、お前たちは!気分で仕事をするな!」
ポカっと紙を丸めた筒で、双子のリアとウィルは副官であるヴァイスに頭を叩かれた。
「だってー、もう帰りたいですもん」
「定時過ぎましたよ、腹減りました。」
「まぁ、お前達の言うことには一理あるが…
彼らをそのまま返す訳にはいかないからな…どうしようかな。」
悩むヴァイスに、双子が提案をする。
「俺たちの宿舎に連れてけばいいんじゃないですか?部屋も余ってるし」
「ウィル天才!連れて帰ったら意外と心開いてくれるかもですよ?ヴァイスさん説得して!」
「はぁ……」
確かにヴァイスも埒があかないとは思っていた。
先程から中佐と少年の会話は堂々巡りなのだ。中佐も少し、苛立ち始めている。
持ち前の気長さと、相手が子供だから遠慮しているだけだ。
大人の男相手だったらとっくに胸ぐらを掴んで脅していたかもしれない。
騒ぐ双子に肩をすくめ、ヴァイスは中佐に近づいた。
「中佐、今日はここら辺にしておきましょう。双子も限界です。一旦引き上げて、続きは明日です。このままでは彼らの態度も変わりませんよ」
「だが……」
「彼らを宿舎に連れて帰ろうと双子が提案しました。美味しい食事を共にすれば、心を開くかもしれません。それも一つの戦略ですよ」
ヴァイスが声を潜めて耳打ちすると、一理あると思ったのか頷く中佐の様子を見て、ほっと一息つく。これで帰れそうだ。
「ルーク君?だったかね?
僕の名前は、ノア・ヴァイス。アルグレイ中佐の副官を務めていて、階級は大尉だ。
残念だが、君も弟も家に帰してあげることはできない。まだ魔術が使えるかの疑いが晴れてないからね」
黙りこくるルークの様子は気にせず、そのまま続ける。
「今日は一旦、僕たちが君たち兄弟を預かるよ。君も弟も、冷たい留置所より温かいベッドの方がいいだろう?」
先程目を覚まし、未だ医務室で横になっている弟のことを思い出したのか、目が僅かに揺れる。あと一押し。
「温かいシチューも付くよ。双子特製のね。
紹介しよう、リア・カーティア少尉とウィル・カーティア少尉。見ての通り双子だよ。
普段は適当な子たちだけど、やる時にはやる子たちなんだ。」
「よろしくー」と手をヒラヒラしながら、「えー。俺らが作るんですか。」「ぶーぶー。」後ろで騒ぐ双子は無視する。そもそもお前らが早く帰りたいと言い出したんだ、そのくらいの協力はしてもらう。
温かそうな食事がダメ押しになったのか。コクンとルークが頷いた。
その瞳は、不安気に揺れていた──
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