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妖精に愛された亡国の王女、少年として軍に潜む  作者: 月焔 レイ
第一章 (1)【幼少期〜軍属編】
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第二話 嵐の前の夕暮れ


「おはよう、兄さん」

「おはよー、ノエル」


 ノエルは、今日も楽しそうに笑っている。朝食を食べ、孤児院のマザーに挨拶をして、二人は門へと向かった。


 ルークは12歳、ノエルは11歳。


 孤児院には、15歳までしかいられない。それまでに独り立ち出来るだけの資金を貯めなくてはいけなかった。


 だが、まだ身体が小さなルークたちに、できる仕事は少なかった。そこで二人は、街の外の森に生えている薬草を摘み、それを売ることでお金を稼いでいた。


「兄さん、今日は喧嘩しないでよ」

「俺が喧嘩しかけてるんじゃねーよ。あいつらが勝手に絡んでくんの」


 ルークは何かと目立つ。


 整った顔立ちに、小柄な身体。愛想の良いルークは大人たちからの評判はまずまずだったが、同世代からの評判はかなり悪い。それもこれも、すぐに手が出てしまうからだ。

 

「お疲れさまです」

「行ってきます!」


 門番に挨拶すると、今日は顔馴染みが担当だった。

 

「よう、ルーク!ノエル!おはよう!

 森に行くのか?気をつけろよ!ブラッドラビットが出てるらしいぞ!」

「え、まじ!?俺が捕まえてくる!」

「馬鹿!お前なんて一口で喰われるぞ!血の匂いがしたら逃げろよ!」

「ありがとう、行ってきます!もう兄さん、心配してくれてるんだから、適当なこと言わないの!」

「へいへーい」


「もう!」とノエルは怒るが、ルークは聞いていない。ずんずんと先に進み、森へと入っていく。


「ほら、早く行くぞー、ノエル!」

「分かったよ」


 どんどん男まさりになっていくルークのことを、ノエルは心配していた。

 もう12になって徐々に女性らしくなる身体を隠すように、粗雑になっていく。その様子は、兄が望んで選んだ道とはいえ、無理をしているようで辛かった。


 ノエルは知っているのだ。


 ノエルが側を離れルークが一人になったとき、目を細めて、お店のウィンドウに飾られた女性もののコートを見ている姿を。

 ふと立ち寄った雑貨屋で、髪留めに目を止め、無意識に短い髪へ触れてしまう姿を、ノエルは知っている。


 ―いつか、"兄"を"姉"に戻したい。


 それがノエルの密かな願いであり、夢だった。


 ⸻⸻


「お前ら、今日も宜しくな!」


 ルークは、大気中にあるマナを集めて掌に乗せた。周りの小人たちがわらわら集まり、金平糖のように変化したマナを受け取り、跳ねながら去っていく。小人たちを見送った二人は、湖のほとりに腰を下ろした。

 

「天気、いいな…」

「そうだね、いい天気」


 空を見上げると、雲がゆっくりと流れていく。花が咲き乱れ、ミツバチが飛んでいる。最も過ごしやすい季節だ。


「よし、やるかー」


 気合いを入れて腰をあげたルークを見て、ノエルも立ち上がった。


「いくぞー」


 目を閉じたルークの周囲の空気が、微かに歪んだ。


「ウォータージェット」


 静かに放った声と共に、蠢いた気配は湖を割った。


「くっそー。ダメだ」


 現在のルークの目標は、湖の向こうにある岩を砕くことだ。威力は十分だが、狙いの精度がまだ甘い。


「ダメ、威力出しすぎた。マナ酔い~。休憩する」

「じゃ、つぎ僕ね。」


 ルークたちは、隠れて魔術の練習を重ねていた。


 魔術が使えることを知られてしまったら、すぐに軍につかまってしまう。それは、この国の常識だった。魔術が使える人間は貴重だ。

 ルークたちが魔術を使えることは、絶対に人に知られるわけにはいかなかった。


 静まり返った空間に、風が枝を揺らす音だけが響き渡る。目を閉じたノエルは、身体の表面に漂うマナを少しずつ吸い込んで、手へと流した。息を吸って、吸収する。最近やっと掴んできたコツだった。


「グロウフラワー」


 目の前の芽にノエルが手を翳すと、芽はグングンと大きくなり、成長して大きな花を咲かせた。


「おー。花まで咲いたか」


 「凄いじゃん」と感心したようにルークは頷く。


 だが、褒められたノエルは少し悔しそうだった。


 ルークはいつもノエルの先を行く。少し背中が見えたかと思えば、ルークは三段飛ばしで先に上がってしまうのだ。


 いつか、兄に追いついてみせる。自分のことを守ろうとばかりする兄の姿に、ノエルはぎゅっと手を握りしめた。


 ⸻⸻


「おー。大量、大量!いいじゃん、ありがとう!」

「いつもありがとうね」


 夕暮れ時、集まってきた小人たちの手には、沢山の薬草があった。地面に置かれたカゴの中に、器用に投げ込んでいく。


 手にマナを集め、金平糖を作る。

 

 マナは初めは液体だったが、小人たちがとても食べにくそうだったため、固形をイメージしてみたら意外と簡単に出来た。

 その金平糖が、小人たちは大好きなのだ。


 金平糖となったマナには色が付いている。

 それぞれ服の色とマナが関係するのか、同じ色の金平糖を好むようだった。たまに、同じ服を着た小人たちが取り合いをしている。


 今も軽い喧嘩に発展しそうになっている2体をひょいと掴み、それぞれに金平糖を渡した。すると、小人はニコニコと笑い、森の中へとスキップをして帰っていった。


 ⸻⸻


 門に戻ると、朝に声をかけてくれた門番がまだ立っていた。


「ただいまー」

「おかえり、大丈夫だったか?」

「何も出ませんでした!ありがとうございます」


 門番にお礼を言い、薬屋までの道を急ぐ。


 もうすぐ日が落ちてしまう。日が落ちてからの行動はまだ二人にとって危険だった。


 薬屋で納品し、代金を受け取る。これをマザーに渡すと、半分は孤児院の運営費へ、半分は将来のための蓄えとして取っておいてもらえる。ルシアたちが拾われた孤児院は、孤児にも優しく、独り立ち出来るだけの仕組みが考えられていた。将来への道は、自分で探さなければならなかったが、それは皆同じ条件だった。


「あ……ノエル、ちょっと待ってて」


 用事を思い出したのか、道具店に入っていくルークを見送り、ノエルは壁に寄りかかった。

 森では、魔術や体術の訓練をする。時には新たな薬草探しもするため、とにかく忙しい。身を守る術はいくらあっても足りなかった。


「早く帰ってご飯食べたい…」


 『今日のご飯はなにかな』と孤児院のご飯を思い浮かべたそのとき、横から衝撃が来た。


──ボゴッ

 

 鈍い衝撃が脇腹に走った。


 何が起きたのか分からない。

 一拍遅れて、殴られたのが自分だと理解する。


 顔を上げると、見覚えのある柄の悪い男が立っていた。

 先日、ルークが返り討ちにした男だった。


「僕、兄じゃないんですけど…」


 脇腹を抑えながら、ヨロヨロと立ち上がる。

 完全に気が抜けているところに入れられてしまったためか、身体へのダメージが大きい。


「そんなん知るかよ、あんなんを兄に持った自分を憎め」


 男がノエルに吐き捨て、男の視線が後ろを向く。

 その瞬間、背後に殺気。


 振り向こうとしたが、遅かった。


 ──ドゴッ


 焼けるような衝撃が、背中から腹部へ向け突き抜けた。ドクドクとした心音がやけに響く。

 キャーという悲鳴が、どこか遠くで聞こえた。


「ノエル!!」


 顔を上げると、真っ青な顔をしたルークが叫んでいる。

 買い物をしていた店から飛び出し、駆けてきている。


 ノエルは「大丈夫」と言おうと口を開く。

 だが、口からはコポコポという音が響いただけだった。


 ああ、肺がやられた。

 熱い。苦い。生ぬるい。世の中の痛みという感覚を、全て押し付けられたようだった。


「ごめん、兄さん」


 力を振り絞り、指先を伸ばす。

 どうしても最後に触れておきたかった。

 ──大好きな、たった一人の姉に。


 伸ばした指先は、わずかに届かなかった。


 ⸻⸻


 騒がしくなった店の外を不審に思い、扉から顔を覗かせる。

 すると、待ってろと言ったはずのノエルが、男と向き合っていた。


 右手が脇腹を抑えている。


 殴られたのか。


 カッとなり、店から飛び出す。

 

 一歩踏み出したとき、ノエルの身体が揺らめくのが見えた。前にゆっくり倒れていく。


「ノエル!!」


 縋るような、叫びにも似た悲鳴が口から飛び出す。足がもつれる。動け、足。

 

 青白い唇の端に湧き上がる真っ赤な泡。俺を見て嬉しそうに微笑む目。こんな時までノエルは俺を見て笑っている。


「ごめん、兄さん」


 小さな掠れた声と共に、瞳が閉じられる。


 ダメだ、嘘だ。俺にはお前しか居ないのに。なんで、どうして。行かないでくれ。

 ―1人に、しないで。


「呼んで、僕たちを」

「いるよ、ずっとそばに」


 遠くから声がする。昔から聞いていたような懐かしい声。誰でも良いから、ノエルを助けて。


「……たすけて、ミア」


「やっと、呼んでくれたね」


 光が差し込む。

 夕暮れに染まった街が、眩い輝きに包まれた。


 ふわっと風が舞うと、ノエルたちを襲った男たちは、どこからか現れた水に襲われて吹き飛んだ。


 ノエルは、柔らかそうな水にふわふわ浮いている。お腹から出ていた血が、魔法みたいに身体の中に戻っていく。まるで時間が巻き戻っているかのようだ。


 やがて、ノエルの周りの水が消えた。


 慌てて近くに寄り、膝に頭を乗せると、先ほどまで色を失っていた顔色は桃色に色づき、穏やかな呼吸をしていた。


 ホッと息を吐く。

 生きてる。生きている。


 目尻が熱くなる感覚に、ルークははっとした。

 こんなことしている場合ではない。


 俺は今、魔法を──


「何の騒ぎだ」


 突然低い声が響き、人の壁が綺麗に割れた。


「通報があって来た。喧嘩で死人が出たと。どこだ」


 冷たく響く声に、ルークはそっと指を向ける。男たちにむけて。


 軍人だ。この状況は非常にまずい。

 どうにかして逃げなければならない。


 ルークの背中は滝のような汗でびっしょりだった。

 大勢の前で魔法を使ってしまった。

 

 その答えは、一つ。

 ──軍に連れて行かれる。


 逃げなければならない。

 だが、怪我をし、回復したばかりで意識のないノエルを担いで逃げることなど不可能だ。


 絶望的な状況に、ルークは天を仰いだ。


 闇に沈みゆく夕焼けだけが、

 何事もなかったかのように、美しく燃えていた。


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― 新着の感想 ―
幼さ故の不便を能力で補うしかない状況なので、隠れ通すのは無理筋だったのだろうとこの上なく感じられました。あぁ無情、と思わされる展開でした。それでいて、優れた能力が放っておかれないというのは胸がすくとこ…
緊迫した場面ですね! 魔法の発動。そして、軍に連れ去られてしまうのか。
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