第十二話 見習いの一年
見習いの1年間はあっという間に過ぎた。
王都から試験官である魔法使いが来て、ルークとノエルは無事に中級と下級に認定された。
威力を抑えたウォーターカッターを見て、試験官は鼻で笑った。ルークはその顔を見て、試験官を刻んでやろうかと思った。
やっぱり軍のことは嫌いだとルークは再認識した。
見習い期間の一年は、毎日とても充実していて、あの日の夜以降で、最も幸せな一年だった。
朝、朝日よりも少し早めに目を覚まし、ノエルと共にミアやシルフィとお喋りをする。
全員分の朝食を準備し、皆で食卓を囲む。
一緒に出勤し、皆は仕事、ルークとノエルは魔術の訓練や勉強、基礎体力作りに士官学校の予習に取り組む。
魔術は時々中佐が指導してくれるし、組手にはノア先輩やウィル先輩が付き合ってくれる。二人とも凄く強くて、一度も勝てたことがない。
士官学校の予習では、ヴァイスさんが勉強するポイントをまとめて教えてくれたりして、非常に助かった。
ふと顔を上げると、グレインさんが立っていて、コーヒーを差し出してくれた。
定時で帰れる人は帰って、温かい食事を囲む。楽しく話をして、ベッドに潜り込む。
幸せで、あたたかい毎日。まるで絵に描いた、理想のような生活。
──きっと俺は、この日常を当たり前にしていた。
甘えていたんだ。全てに。
忘れていたんだ、世の中の残酷さを。
⸻⸻
「おつかい、行ってきまーす」
「ありがとう、気をつけてな」
ヴァイスさんの声に、ルークは返事をし、部屋を出た。
視界の端で、中佐が手を挙げて見送ってくれるのが見えた。
ノエルは、参考魔術の本を探している。
最近では一緒に行動することもだいぶ減ってきた。
それぞれ興味があることに取り組んでいることも多い。
もうすぐ春。士官学校への入学ももうすぐだ。12歳から18歳と言うことは、俺たちはほぼ若い年代になるだろう。15歳前後が一番多いと聞いていた。
その分身体も小さい。だからこそ、気合いを入れないとな。と手を握る。
その時、「おい。」という低い声がかけられ、足を止めた。
「お前、一年前の奴だろ。お前のせいでこっちは酷い目にあったんだ」
後ろを振り返ると、こちらを睨んでいる男と目が合った。
ノエルを刺した男がこんな奴だった気がするけど、あまり覚えていない。
だが、「弟は元気かよ?」とニヤニヤする様子を見るに、合っているのだろう。
「お返し、しなきゃと思ってんだよ。」
拳が風を切る音に、ルークは頭を逸らして避けた。
体術訓練の成果が出ている。一年前にはきっと避けられなかった。
……厄介だな。
ルークは内心頭を抱えていた。
軍属として民間人に手を挙げるわけにはいかなかったし、魔術を使うなんて御法度だ。どうしようかと悩んでいたら、見知った顔がこちらへ歩いてきた。
「あれ?何してんの?ルーク」
「知り合い?不穏な感じじゃん」
街を巡回中のリア先輩とウィル先輩が声をかけてきた。
軍服に警戒したのか、男は少し距離を取る。
「いやー、まぁ。知り合いというか。」
「ノエルが去年、刺されたやつで…」とルークが声を潜めて伝えると、二人の雰囲気が豹変した。
普段の飄々とした雰囲気は消え去り、刺すような殺気が二人の全身から立ち上る。冷たい目は、まるで全てを凍らせるようだった。二人は魔術を使えない筈なのに。
違う、これは――覚悟か。
「へぇ、あんたが。ノエルを…?」
「私たちの弟分が、お世話になったわね?」
普段からは想像もつかないくらい低い声が地を這った。
見えない鎖が、相手を縛り付けた。
先輩たちの目は、戦場に立つ戦士の目だった。
命のやり取りを覚悟した、軍人の目。
ガタガタ震える男を一瞥し、ウィル先輩が言い放つ。
「今は職務中だから、手は出さない。でも、忠告はしておく。
次、この街で会ってみろ。分かってるよな?」
「10秒待ってやる。10、9、」とカウントダウンし始めると、男は足をもつれさせながら駆け出し、逃げ出した。
その後ろ姿をリア先輩の銃が捉える。
”バンッ”という銃声と共に、男の足の間を通り抜け、足元に伸びた影の“頭”を撃ち抜いた。
”次は逃さない”そう伝えているようだった。
男の姿が消えると、ふっと空気が軽くなる。
あっという間にいつもの二人の雰囲気に戻った。
ルークはいつの間にか息を止めていた。
荒い呼吸で、肩が上下する。
「もー。ダメじゃん、ルーク。ちゃんとケジメ、つけないと。」
「舐められたらダメだよ。アルグレイ隊の一員でしょ。」
ぽんぽんとルークの肩を叩き、「またねー」と手をヒラヒラさせて二人は巡回に戻っていく。
あれが、彼らの日常なのだ。
彼らは、常に命のやり取りをする覚悟があるのだ。
その覚悟を初めて突きつけられた気がした。
──俺に、その覚悟はあるのか。
「僕らは、"レオン・アルグレイ中佐"に、命を捧げたんだよ」
一年前に聞いた、ヴァイスさんの声が蘇る。俺は、彼らの覚悟を甘く見ていたのかもしれない。
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