第十三話 士官学校、入学
「なかなか似合うじゃーん。」
パチパチと拍手するリア先輩に、満足げに頷いている男性陣。皆、似合うと思ってくれるらしい。
ノエルと並んで敬礼のポーズを取ってみると、皆畏まった顔で敬礼を返してくれた。ルシアは思わず吹き出す。
黒の軍服を模した、深いグレーの士官学校制服。赤色のタイがかっこいい。飾り紐がお気に入りポイントだ。
「じゃ、行ってきまーす」
出かけようとしたら、ヴァイスさんに声をかけられた。
「中佐は来賓で、私は副官として付いて行くので、入学式では会えます。大丈夫だと思っていますが……特にルーク。気を抜かないように。
あなたたちはアルグレイ隊の一員です」
「はい!気をつけます!」
「頑張って兄さんを見守ります!」
「どういうことだよ。」
「そのままの意味だけど?」
──俺の方が年上だって、こいつは本当に分かってるのか。
肩をすくめるノエルに、ルークは少しだけ腹を立てる。
玄関口で喧嘩をする二人に再びヴァイスから叱咤が飛ぶ。
「ほら、そういうとこ。早く行きなさい。」
「初日から遅刻じゃ洒落にならないよ」と急かされ、士官学校までの道を急ぐ。
司令部に近い官舎は、士官学校にも程よく近い。歩いても十五分ほどで着く距離だ。
「やっぱ、でかいよな……」
支部の士官学校とは思えない。それは、ルークたちが住むフェルンベルクの成り立ちに理由があった。
フェルンベルクは西部最大の街だ。
三方を海で囲まれたマレディア王国の中でも、特に軍事色が強い都市で、大陸一の帝国、アストリア帝国の国境近くに位置している。
かつてこの国は、ルミナリア王家が治める「旧ルミナリア王国」と呼ばれていた。
だが今から十五年前、王家は崩壊。現王家であるマレディア王家が新たに国を興し、マレディア王国が誕生した。
混乱の中で、ルミナリア王国の国土の一部はアストリア帝国に吸収された。
その名残から両国の関係はいいとはいえなかった。それでも、国民同士の交流は活発で、国境に近いフェルンベルクも交易都市として大きく発展していた。
その関係で、軍事拠点としての役割も強い。士官学校の規模が大きいのもそのためだ。
⸻⸻
「入学生、一同起立」
敬礼をしたまま直立不動で立っていると、来賓であるフェルンベルク司令部中将と、アルグレイ中佐が入室してくる。
室内の空気が、一段階引き締まった。
中佐は髪を左右に流して整えていて、その姿はどこか別人のようだった。
──なかなかに、かっこいい。
……ん?かっこいい?
自分の感想に、ルークは思わず眉をひそめる。その瞬間だった。
中佐の後ろから入室してきたヴァイスさんと、ばっちり目が合い、しっかり睨まれた。射抜くような冷たい視線に、ルークの背中を冷たい汗がすっと伝う。
なんと言い訳しようかと思考を巡らせていると、いつの間にか壇上にはフェルンベルク司令部中将の姿があった。
「君たちの、これからの軍事生活には……」
中将のあまりにも長い祝辞に欠伸が出そうになるのを必死に堪える。ずっと敬礼で聞いておかなくてはいけないなんて、あまりにも非効率だった。
「敬礼、直れ。礼。」
アナウンスに沿って身体を曲げるが、ギシギシと身体が軋みそうだ。
「続いて、アルグレイ中佐より祝辞を頂きます。」
やっと壇上に上がった中佐の姿に、ルークは思わず背筋を伸ばした。自然と力が入る。
なんと言っても、ほぼ身内だ。
たった一年。それでも、そう思える程度には心を許していた。
壇上に立った中佐は、静かに全体を見渡す。その視線は凛としていて、私的な温度を一切感じさせない。
「君たちは、これから、軍人としての心構えをここで4年間、学ぶ。
理不尽なことも、苦しいことも沢山あるだろうが、どうか歯を食いしばって欲しい。軍人になると、理不尽な出来事は山程ある。報われることは殆どない。だが、それでも我々は立ち続けなければならない。
国民を、守るために。
そのために、共に歯を食いしばれる仲間を、どうかここで見つけて欲しい。
君たちの軍事学校生活に、幸あることを祈っている。」
──短い祝辞だった。
きっと中将の半分以下の時間だっただろう。
凄い人だとは思っていた。頭の回転や勘の鋭さに舌を巻いたのは、一度や二度ではない。
だが、今回のは次元が違った。
これが、彼の、カリスマか。
【漆黒の守護者】
司令部内で、彼をそう呟く声を聞いたことがある。防衛魔術に優れているから─そう言われているのだと思っていた。
だが、きっと、それだけじゃない。
人を惹きつけ、心を掴み、命を預けてもいいと思わせる。彼の在り方全てが、この男の異名を形作っているのだろう。
初めて第三者の視点から見る中佐は、とても遠かった。本来なら、とても手が届かない人なのだ。それを突きつけられた。
いつもルークを映してくれるアメジストのような瞳は、ルークを捉えることはない。その視線は、どこか遥か遠くを見ていた。
同じ空間にいるのに、ルークの声は中佐に届かない。
なぜだか、中佐がとても遠くに行ってしまったように感じた。小さな穴が空いたような感覚が、ルークの胸に残る。
その様子を、ノエルはそっと横目で見つめていた。
⸻⸻
「ルーク・フェルンです。12歳。通いになります。よろしくお願いします」
「ノエル・フェルンです。12歳です。兄と同じく、通いになります。よろしくお願いします。」
この日は各教室に分かれ、自己紹介を済まし、解散となる。1クラス15名、2クラスだ。二人は同じクラスだった。幹部候補のため、狭き門らしい。
ルークとノエルは中佐の推薦のため、試験は受けていない。
教官が解散を告げ、明日の集合時間と持ち物を告げる。
今日はなんだか疲れた……帰って夕飯の準備をしよう。ノエルに声をかけてルークが帰ろうとすると、斜め後ろの席の同級生に絡まれた。
「おいおい、お前が中佐のお気に入りかよ。魔術使えるって本当なのか?ちょろっと水が出るとか、そんなんじゃねーのかよ。」
面倒くさい。心底面倒くさかった。
時々司令部内でも絡まれていたが、その軍人たちはまだ大人だった。こいつらは子供な分より面倒だ。
「やめなよ、アッシュ。入学初日くらい大人しくしたら?」
大人しそうな男の子が、後ろから制服を引っ張っている。歳は……12歳だったか?確か名前は……リオ・エルヴァだった気がする。
「なんだよ、リオ。邪魔すんなよ、いいじゃん。話してるだけだろ?」
「アッシュのは話してるんじゃなくて、喧嘩売ってるって言ってんの。気になるなら気になるって素直に言えばいいのに、そんな言い方したら誤解されるよ?」
「誤解ってなんだよ!知らねーよ!」
「もう行くぞ!」と鞄を持ってドタドタと去っていく背中を呆然と見送る。
嵐のような男にルークはあっけにとられる。
「ごめんね。君たちに会えるの、楽しみにしてたみたいなんだ。今度話してあげて」と囁いたリオは、名前を呼ばれ、小走りで去っていった。
「なんか……嵐みたいな子だったね。」
「おう。俺らも帰るか」
「そうしよ。帰ろう帰ろう」
ノエルと肩を並べて帰る。年齢が違っても同じ学年で通えるのが士官学校の良いところだ。
歯を食いしばれ──か。
今まで一切厳しいことは言わなかった、君たちはまだ子どもだから。と口癖のように言っていた上官の姿に、気を引き締めろ。と言われた気がした。
やってやろうじゃねぇか。見てろよ。
この四年で、成長してやる。
その日の夕暮れは、全てを赤く染めていた。
空には、やけに大きな夕日が沈みかかっていた。
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