7-11
「もうすぐ昼だし、アミラに一人分メシ増やせって言っとくか」
「姫、自分の分は買ってくよ」
「いやいや、あいつはメシ作りたがりの食わせたがりだから、買ったもん持って行ったら後で拗ねるぞ。面倒くせぇんだよ」
「でも……じゃあ、別なの買って行くからコンビニ寄らせて」
コンビニから出てきた姫ちゃんの手には、小さくてお洒落な紙袋がありました。
「それ何?」
「誰かの家にお世話になる時は、せめてお持たせになるものくらいは持って行けってお父さんとお母さんが言ってたから」
「お前、意外としっかりしてるんだな」
「どーいう意味?」
炎天下をアミラさんに持たされた日傘をさしながら歩きます。暑さのせいか、昼間ですが外に人の気配はありません。私達も「暑い」以外言わなくなってきました。
交差点の赤信号を待ちます。歩いている時よりも止まっている時の方が暑さが体に染み込んでくるみたいで嫌な気持ちになりました。
ふと視線を感じました。何の気なしに振り向いたら、思っていたよりもずっと近いすぐ後ろに人が立っていました。
「わあっ」
思わず声が出てしまい、立っていた人は驚いて逃げて行ってしまいました。
「どうした?」
「何か、めっちや近くの後ろに人立ってた」
「あれ、同じクラスの子だよね。中島さんの取り巻きの一人……名前なんだっけ? 姫あの子達苦手なんだよね」
「何かされたか?」
「特には何も」
少し気味が悪いですが、青信号になったので私達はそのまま進みました。
山田さんの家に帰って昼食を食べ、必要なものを鞄に突っ込んでアミラさんの車で病院に向かいます。病院では山田さん達と一旦別れてお母さんの元へ行きました。
「お母さん、持ってきて欲しいって言ってたやつ持ってきたよ」
「ありがとう、助かるわ」
頼まれていたものを出そうと鞄の中を捜します。……見覚えのないものがありました。手から鞄が落ちます。
「どうしたの?」
「……何でもない。ちょっと手が滑っちゃった。はい、これ」
「ありがとう。仕事も休んじゃったし、これから頑張らないと」
胸がきゅっと締め付けられるような気がしました。
「入院中ぐらい仕事のこと考えなくても良いじゃん」
「大丈夫よ。体がちょっと動かし難いだけで元気が有り余ってるんだから」
「お母さん」
「うん?」
「本当に大丈夫なんだよね」
「大丈夫よ。お母さんを信じて」
お見舞いが終わって、合流する為に山田さん達を捜します。私のお見舞い中に二人は知念くんを捜しているはずですが、見つけられたのでしょうか?
長い廊下を歩きます。天井に付いている案内板を見ながら入り口の方へ向かうか院内のコンビニの中を覗いてみるか考えます。
「あ」
曲がり角に差しかかったところで知念くんと行き合ってしまいました。真正面から見合ってしまったので、こっそり山田さん達を呼ぶこともできません。
「え、あ、佐倉? どっどうしてここに」
「あの、えっと、お見舞いに。知念くんも?」
「いやぁ、えーっと、そんなところ」
お互いしどろもどろでした。
「じゃあ、俺はここで」
知念くんは焦ったように踵を返しました。
「待って!」
ビクッと知念くんは止まって、バツが悪そうに振り返ります。
「何?」
やっぱり知念くんは少し怖いです。でも姫ちゃんがいっぱい話してくれました。真っ直ぐな姫ちゃんが言うんだから彼は怖い人ではありません。少し、思い切ってみます。
「三日月さん、ここで入院してるんだ」
知念くんの表情が明らかに変わりました。目を見開いて驚いています。
「何で知って……」
「そうかなって思って言ってみただけ」
「……」
ぱっと知念くんが目を逸らします。
「知念くんが来た方向、私も行ったことあるよ。救命救急室とかICU? とかいうのがあるんだよね。……三日月さん、今どうなってるの? 大丈夫なの?」
「お前には関係ないだろ!」
そう叫んだ知念くん自身が何故かびっくりした顔をしました。
「ごめん……」
知念くんはそう呟いて、弱々しく目を伏せてしまいました。私はそんな知念くんの顔を覗き込みます。
「関係なくない」
強引に目を合わせます。
「私、夏休みに入ってから姫ちゃんと良く話すようになったの。何でか分かる? 姫ちゃんずっと知念くんとか三日月さん達の様子がおかしいって心配してたんだよ。ずっとずっとずーっと心配してるんだよ。今日だって姫ちゃん知念くんを捜しにここに来てるんだから」
「姫が?」
「迷惑かけたくないとか心配させたくないとか思ってるのかもしれないけど、気づかれたらもう逆効果だから。姫ちゃんはちゃんと話してくれるまで諦めないよ。そういう子だって私よりも知ってるはずでしょ? それに」
一気に話したので息が持ちませんでした。一度深呼吸をしてから続けます。
「私、三日月さんの顔と名前を知ってる。それだけじゃ心配しちゃ駄目なの?」
「……」
フラフラと知念くんの瞳が揺れます。何か言いたそうにしていますが、言葉にはならなかったようです。
「私、姫ちゃんに三日月さんが入院してること話すから」
「それは」
「私は知念くんより姫ちゃんの願いを優先させるから。でも……知念くんからちゃんと話した方が良いと思う」
「……分かった。姫、居るんだよな」
観念したのか、知念くんから力がフッと抜けていきました。
山田さん達に連絡して、院内のカフェスペースへ移動します。アミラさんには山田さんから話して貰って、もう少し待ってもらいました。
「れおれお!」
姫ちゃんが知念くんの顔を見た瞬間に走って来ました。
「病院内で走んな」
「……ごめん」
テーブル席に四人が座ると、知念くんはぶっきらぼうに「ごめん」と謝罪した後、ぽつりぽつりと話し始めました。
三日月さんは四日前の昼過ぎに意識不明で倒れていたところを発見されたそうです。状況からして近くにあった崖から落ちたのではないかと思われています。
「一応命が危ないってところは過ぎたみたいだけど、まだ目を覚ますかどうかは分からないって言われてて。俺、家族とかじゃねぇから見舞いとかできないらしいんだけどさ、どうしょうもなくて来ちゃうんだ」
「何で、何でそんなんなっちゃったの? 崖? 何でそんな所にみかっちが?」
姫ちゃんが混乱しながら訊きますが、知念くんは首を横に振ります。
「俺も分かんねぇんだよ。ただ直前までずっとメッセージのやり取りしてたのに急に連絡取れなくなって、おかしいと思って捜したんだけど、もうこうなってて」
「なぁ、崖から落ちたってさ事故? それとも誰かに突き飛ばされたってことか?」
知念くんが答えに戸惑うように目を伏せました。それを見た姫ちゃんが驚いたように椅子から立ち上がります。
「ちょっと待ってよ。それって、みかっちが誰かに殺されかけたかもしれないってこと?」
「まだ分かんねぇよ。両方の可能性があるって警察が言ってたらしい」
呆然とした顔で姫ちゃんが座ります。沈黙が続きました。
三日月さんが誤って崖から落ちたのか、誰かに突き飛ばされたのかはまだ分かりません。でも私には分かっていることがあります。三日月さんは山本沙那さんを見つけて、誰かに追われていた。確実に悪い人がいます。
「ねえ、三日月さんとお母さんってどんな関係だったの? 途中からお母さんになったんだよね。仲良かった? 悪かった?」
姫ちゃんと知念くんが私を見ます。
「仲は良かったと思うよ。お母さんとどこ行ったーって良く姫に話してくれたし」
「最初の頃はぎこちなかったけど、今は仲良し親子って感じだった。何か一緒に見た虹の写真キーホルダーにして大事にしてたし、少なくとも三日月はお母さんのこと好きだったと思う。生みの親の記憶がないらしいから自分にもお母さんができて嬉しかったんだと思う」
「そっか。じゃあ、三日月さんはお母さんの何がおかしいと思うようになったの?」
「冬の終わりくらいから仕事が増えたらしいんだけど……その頃から小さなことで驚いたり落ち着きがなくなったりしたらしくて、もしかしたら病気かもって思ってたらしい。俺もこの間見かけた時、子供服売り場で女の子用の服を手にしてて『三日月に似合うと思ってー』って言ってたんだけど、サイズが全然違ったから確かに変は変だった」
「三日月さんのお母さんって何の仕事してるの?」
「流石にそこまでは」
「最後にもう一つ訊いて良い?」
「何?」
「三日月さんは命の危機は今はないんだよね。目を覚ます可能性はあるんだよね」
知念くんが頷きます。




