第260話 見つけに行こう7
「じゃあ、いきますよ!」
ティアーヌが岩壁、いや、擬岩蟲に向かって走り出す。
そして、重槌を振り上げながら、背筋を反らして大きくジャンプした。
「っしょっおおおお!」
重槌を振り下ろすと同時に着地すると、耳をつんざくような衝撃音が密林に響き渡った。
「うおっ!」
俺は思わず耳を塞いだ。
空気の振動で、頭上から大量の葉が舞い落ちるほどだ。
地上に目を向けると、何十匹もの擬岩蟲が地面に転がっていた。
外殻が大きく砕け内臓が見えている個体や、裏返って足を見せる個体もいる。
擬岩蟲は一度裏返ると、自力で起き上がることはできない。
そうなると、上空から鳥類に内臓を食い尽くされる。
「相変わらず、すげーな」
「はい。ティアーヌさんは、世界でも有数の重槌使いです」
俺の呟きにシャルクナが反応した。
笑顔を浮かべながらも、どこか誇らしげな表情だ。
勤務先は違えど、いくつもの戦いを共にした仲間としての意識が働いているのだろう。
重槌使いは多くないとはいえ、ティアーヌは突出している。
その上、伝説の鍛冶師ローザが打った悪魔の重撃を完璧に使いこなす。
世界最高の重槌使いと言っても過言ではないはずだ。
「やはり洞窟を塞いでいたようだな」
擬岩蟲が作っていた厚い岩壁が崩れたことで、奥に空間が見えた。
だが、まだ擬岩蟲は、人の身長ほどの高さで積み重なっている。
「では、私も協力させていただきます」
「ああ、シャルクナ。頼むよ」
シャルクナが両断剣を構えた。
「シッ!」
まるで瞬間移動のように、擬岩蟲の壁に接近。
青紫色の長髪が、春風に揺れるカーテンのように優雅に舞う。
そして、両断剣を振り下ろすと、空気をも切り裂くほどの炸裂音が鳴り響いた。
「ぐうっ!」
俺はまたしても耳を塞いだ。
先ほどのティアーヌと同じように、空気の振動で、頭上の枝から葉が舞い落ちてきた。
「さすがは断罪だな」
シャルクナの二つ名は断罪という。
まるで罪を裁くかのように、擬岩蟲の壁を真っ二つに切り裂いた。
「シャルクナさんの両断剣も相当な業物ですね」
「だろうな。岩と同じ硬度の外殻を切っても刃こぼれしないんだぞ。恐ろしいな」
「剣も腕も、本当に凄いなあ」
今度はティアーヌが俺に笑顔を見せた。
ティアーヌもまた、シャルクナの実力に尊敬の念を抱いている。
シャルクナが振り返り、何事もなかったかのような表情で俺に一礼した。
顔を上げると同時に、擬岩蟲の壁が斜めに滑り落ちていく。
シャルクナは両断剣を斜め上段から振り下ろし、岩壁を両断していた。
これで洞窟へ進むことができる。
「二人とも凄すぎるよ!」
ラミトワが手を叩き、二人を称えた。
「入口探しは三日の予定だったのに、初日に見つかっちゃったよ! すごーい!」
「二人も凄いけど、ラミトワの案内があったからだぞ」
「へへへ、そうでしょ!」
俺はラミトワの頭に軽く手を乗せ、ティアーヌに視線を向けた。
「ティアーヌ、どうする? このまま突入するか?」
パーティーの行動となるため、リーダーに判断を仰ぐ。
「入口は分かりましたので、今日は一旦飛空船に戻りましょう。明日の早朝から洞窟探検です」
「了解。じゃあ、今日は風呂に入ろうぜ。汗をかきすぎた。さすがに気持ち悪いぜ」
「賛成! お風呂! お風呂!」
「私も賛成です」
ラミトワとシャルクナも同意してくれた。
俺は洞窟入口に散乱する擬岩蟲の死骸に目を向ける。
今日の予定は決まったことで、明日の準備をしておく。
「明日はすぐに洞窟に入るから、入口を片付けちまおうぜ」
俺たちは擬岩蟲の死骸を一箇所に集めた。
「ねえマルディン。擬岩蟲の素材は持って帰る?」
ラミトワが革グローブをはめ、擬岩蟲の破片を片付けていた。
擬岩蟲の外殻は、低ランク冒険者向けの鎧に使用されることが多い。
そのため買取価格は安い。
量があるから売ればそれなりの金額になるかもしれないが、運ぶ労力を考えると放置したほうがいいだろう。
「いや、放置でいいだろう。運ぶ労力に見合わないからな」
「まあそうだよね。そもそも宝を探しに来てるしね。こんな安物を売らなくても、大金持ちだもん。お金が余って困っちゃうなあ。どうしよう。ヒヒヒ」
ラミトワが卑しい笑い声を漏らす。
黙っていれば可愛い顔なのに……。
というか、宝を自分のものにする気なのだろうか。
「お前、幸せだな」
「うるせー! 人生は楽しんだもん勝ちだ!」
俺の背中を何度も叩くラミトワ。
俺はいつものようにラミトワに呆れながら、砂浜の方向を指差した。
「片付けはこんなもんだろう。さあ、飛空船に戻るぞ」
「おっさんももっと人生を楽しめ!」
「はいはい。お前のおかげで楽しんでるよ」
「そうだろ! もっと感謝しろ! あっはっは」
大騒ぎするラミトワに対し、俺とは対照的にティアーヌとシャルクナが優しく微笑みかけていた。
「ラミトワちゃんは可愛いなあ」
「ええ。それにマルディン様とは本当に仲がいいですね」
仲がいいように見えるのか……。
だが俺はそれを口に出さず、飛空船に戻った。




