2054年4月 エピローグ
大学の学食は今日も賑わっていた。ただし今日の学生たちの雑談内容は、おおよそ一つの話題で持ち切りのようだった。その証拠に誰もが壁掛けテレビを食い入るように見つめている。
食器を持って返却口に持っていくと、食べ終わった後輩の院生が後を付いてきた。
「すごいことになってますねー先輩」
声をかけてきた彼は、やはり学生たちと同じように壁掛けのテレビモニターを見つめている。映し出されたワイドショー番組では、綺麗なドレス姿でピアノを弾く女性の映像が流れ、彼女について語られていた。
世界的ピアニストとして名高い雨宮深月が、自分の演奏はイミテイトによって模倣してしまったある人物の技術がベースになっていると告白。音楽業界だけでなく仮想現実に関わる全ての業界に激震が走っている――おおよそこんな内容だった。
「教授なんか朝から海外勢と激論を交わしてますよ。論文が十本は書けるって息巻いてたな」
「業界を巻き込んで社会的な仮説検定ができるからな。世界も注目するってもんだ」
「先輩が言ってた個人技能の著作権化も、夢じゃなくなるかもですね」
後輩は口ではそう言うが、言葉尻にはあまり真剣味が感じられなかった。個人技能の著作権法整備と特許化なんて夢物語だと考えているのだろう。
別に気にはしない。叶えられると信じているのが自分一人でも構わない。
あいつの、真昼という天才ピアニストの名前を後世に残す。そのために僕は今の研究室に入り、イミテイトコピーの現象を解明すると決めた。僕が折れることは、二度とない。
「そういや先輩、午後から来客じゃなかったでしたっけ?」
「あ、そうだった……信じてるのは僕だけじゃなかったな」
「へ?」後輩が面食らったような顔をしたので、僕は笑って誤魔化し、配属先の研究室へ一人で先に向かった。
自分の足取りが早くなっているのを自覚する。十年ぶりの再会だからやっぱり緊張しているかもしれない。でも不思議と、気分は高揚している。
僕の中で真昼のことはもう、思い出になった。別れの挨拶も済ますことができた。
彼女は、どうだろうか。
研究室の前まで来て、深呼吸する。それからゆっくりとドアを開ける。
部屋に入ると、応接用のテーブルの前で長い髪の女性が座っていた。入ってきた僕に気づき、彼女はゆっくりと振り返る。
「久しぶり、雨宮」
声をかけると、彼女は柔らかく笑う。高校時代と同じように。
だけど、真昼の面影はそこにはない。
ここから僕らの二度目が、始まった。




