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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第一部王都編  作者: たーけし
森の異変

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着火

森の奥から地響きが聞こえた。

どん。

どん。

どん。

一歩ごとに木々が震える。

鳥が一斉に飛び立ち、葉がざわめいた。

フィリアは弓を握る手に力を込める。

「来ます。」

冒険者たちの表情が一斉に引き締まった。

やがて。

森の闇を切り裂くように、灰色の影が飛び出す。

シフォンだった。

息を切らしながら、それでも迷うことなく北側の入口を駆け抜ける。

「ご主人様!」

その叫びに続いて、黒い影が広場へ飛び込んだ。

ターケシだ。

そのすぐ後ろ。

紫の巨人。

木々をなぎ倒しながら現れた巨体に、誰もが息を呑む。

「で……でかい……。」

誰かが思わず呟いた。

巨人は咆哮し、そのままターケシだけを見て突進する。

どん。

どん。

どん。

広場が揺れる。

ターケシは振り返りながら走る。

あと少し。

中央まで。

もう少し。

その時だった。

切り倒した若木が足首へ絡みつく。

「くっ!」

体勢が崩れる。

膝が地面へ着きそうになる。

巨人の影が覆いかぶさった。

巨大な腕が振り上げられる。

フィリアの心臓が跳ねた。

だが、ターケシは枝を蹴り飛ばし、転がるように立ち上がる。

まだ走る。

中央へ。

中央へ。

そして。

広場の真ん中へ踏み込んだ瞬間。

剣を高々と掲げた。

銀色の刃が月明かりを受け、一瞬だけ白く輝く。

「フィリア!」

森へ響く声。

フィリアは反射的に矢をつがえた。

だが。

指が止まる。

ターケシはまだ広場の中だ。

火を放てば。

炎は一瞬で左右へ走る。

逃げ切れないかもしれない。

熱風だけでも命を落とす可能性はある。

矢羽根が震えた。

脳裏によぎる。

昨日の砦跡。

『まだ射るな!』

ターケシの声。

それを無視した自分。

あの一射が、皆を危険へさらした。

二度と繰り返さない。

そう誓った。

フィリアはゆっくり息を吸う。

震える指が静かに止まった。

「……私は。」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

「今度こそあなたを信じます。」

弦が鳴る。

矢は夜空を一直線に駆けた。

油を吸った枯れ草へ突き刺さる。

次の瞬間。

ぼっ――。

小さな火だった。

しかし。

南風が吹く。

炎は獣のように走った。

轟っ!

一瞬で左右へ分かれる。

枯れ草をなめるように燃え広がり、生木の根元へ食らいつく。

油が爆ぜる。

火柱が立つ。

枝から枝へ。

炎は緑の天井を駆け抜ける。

爆ぜる音。

燃え上がる音。

生木の樹液が沸騰し、幹が破裂する。

乾いた破裂音が夜の森へ響き渡った。

熱風が広場を飲み込む。

炎は左右から一気に北へ走る。

そして。

最後の一本へ燃え移った。

左右の火柱がつながる。

巨大な顎が閉じるように。

退路は消えた。

フィリアは息を呑む。

炎の向こう側。

白煙の中へターケシの姿が消える。

「ターケシ君……!」

返事はない。

燃え盛る炎だけが、獣のように唸り続けていた。

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