9. 信じるということ
「おい、予備の耳栓は持ったか? あそこは雷撃そのものより、音にやられて耳をイカれるからな」
「絶縁装備もガチガチに固めねえと、4階層まで持たねえぞ」
そんな声を背中で聞きながら、悠馬はアリスとノーラを連れてホテルへと引き返した。
「……よし。アリスリア、ノーラ。装備を整えるぞ。ジャージじゃ絶縁どころか静電気で髪が逆立つ」
「なるほど、敵を知ってから鎧を纏う……。悠馬お兄さん、流石の戦略ですね!」
「あのアイスクリーム屋に寄るための時間稼ぎかと思いましたが……失礼いたしました、悠馬様」
現地に到着したオグリ家騎士団を待っていたのは、文字通り白銀の暴力だった。
空は重く垂れこめ、数秒おきに鼓膜を震わせる轟音が響く。他の探索者たちが絶縁装備に身を固め、1歩ずつ慎重に進む中、悠馬のパーティだけは異質な速度で突き進んでいた。
「アリス、左へ2歩! ノーラ、3秒後に右へ2メートル跳べ!」
悠馬の瞳には、落雷の予兆である青いノイズが視覚化されている。
彼が指し示す【青い矢印】をなぞるだけで、アリスとノーラは至近距離で炸裂する雷撃を、まるで雨粒を避けるかのように軽やかにかわしていく。
音があとから追いかけてくるレベルの神速の雷。
周囲の探索者が唖然とする中、オグリ家騎士団は一気に最終階層――その主の間、別名『雷帝の玉座』へと辿り着いた。
そこに鎮座していたのは、全身を青白い放電で包んだ巨大な獅子。
中級ダンジョンボス『雷帝』。その速度と手数だけは上級に匹敵すると言われる魔物だ。
「……っ、速い! 悠馬様、これでは……正解ルート(答え)など存在しないのではありませんか!?」
ノーラが氷の防壁を次々と展開するが、雷帝はそれを紙細工のように食い破り、アリスの背後へ回り込む。
「アリスリア、後ろだ!」 「……っ! くっ、間に合いません!」
アリスが剣を振るうコンマ数秒、それすらも雷帝は嘲笑うかのように超えてくる。
悠馬の瞳に、焦燥が走る。言葉という「情報伝達」の限界。
脳裏に過るのは、あの日、自分の言葉が届かずに命を散らせた若者の影だ。
(……また、繰り返すのか? いや、そんなことはさせねえ。俺が、信じるんだ)
悠馬は回避行動を続けながら、決死の覚悟で叫んだ。
「アリスリア! ノーラ! そのまま聞け! 今から俺の見てる景色を、直接お前たちに共有する!」
2人が激しい雷撃をいなしながら、耳を澄ます。
「だが、これを使ってる間、俺の5感は完全に消える! 俺はただの案山子だ。……だから、俺を守れ。俺を信じろ!」
悠馬が目を閉じ、深く、深く、自身の意識の深淵へと潜り込んでいく。
瞑想段階へと入るその刹那、アリスとノーラの視界に、鋭くも細い「光の筋」が徐々に顕現する。
「……悠馬様、あなたは……この棒切れのような光を信じろと言うのですか?」
ノーラが不安げに問いかける。それはあまりに細く、頼りない光だった。
だが、悠馬の意識が完全に世界から切り離された瞬間――その「棒切れ」は、爆発的な黄金の輝きを放ち始めた。
「……信じろ。この矢印の先に、あんた達の求める答え(正解ルート)がある。……俺も、お前たちを信じる」
悠馬の言葉が、音ではなく魂に響いた。
それもそのはず悠馬は声を発することが出来ない……ただ、その音は確実に2人に届いた。
細い光の筋は、瞬く間に大地を割り、雷を裂く**【黄金の最適解】**へと変貌を遂げた。
それはもはや「予測」ではない。雷帝の未来を固定する「絶対的な勝機」の道標、正に『最適解』。
「……見えます。悠馬お兄さんが引いてくれた、――道が!」
「アリスお嬢様、私は悠馬様を死守します……! とどめをお願いします!」
5感を失い、その場に棒立ちとなった悠馬。
その鼻先数センチを、雷帝の鋭い爪が通り過ぎる――だが、そこにノーラが滑り込んだ。
黄金の矢印の指示通り、氷の壁を「爪を逸らす角度」で設置し、最小限の魔力で攻撃を無効化する。
「アリスお嬢様、今です!」
「はああああああっ!!――『純白色の断罪』」
アリスが黄金の線をなぞるように、虚空を跳ねた。
雷帝が放つ音速の放電を、まるで最初から知っていたかのように首を傾けて回避し、その懐へと飛び込み剣を振るう。
そこには、悠馬が示した「答え」――雷帝の核へと至る、唯一の隙があった。
閃光が奔り、雷帝の巨体が2つに分かたれる。
轟音と共に素材へと変化するボス。同時に、悠馬の意識が現実へと引き戻された。
「……がはっ、……あ、ぁ……っ!」
膝をつき、激しい眩暈に襲われる悠馬。そんな彼を、2人が誇らしげな、そして少しだけ泣きそうな顔で支えた。
「お見事です、悠馬お兄さん! 完璧に『正解』に辿り着きました!エッヘン!」
「……悠馬様。信じてよかった。……あの棒切れは、最高に眩しい光でした」
悠馬は震える足で立ち上がり、2人の肩に体重を預けて苦笑した。
「……そうかよ。じゃ、約束通り……本命、行くか」
夕闇の静岡。
オグリ家騎士団が辿り着いたのは、駐車場に漂う香ばしい肉の匂いだけで理性が飛びそうになる、あの有名な看板の下だった。
『炭焼きレストランさ〇やか』。
「悠馬様、ついに……ついにこの地獄の如き香りの源へと辿り着きましたね」
「悠馬お兄さん、見てください! あの看板! あの牛さんのマークが、私には聖紋のように見えます!」
極限の戦いを経て、本当の意味で絆を深めた3人の前に、店内の活気と肉を焼く力強い音が広がっていた。
この先に待ち受ける「暴力的な肉の塊」が、どれほどの戦慄(と歓喜)を彼女たちに与えるのか、今の2人にはまだ知る由もない。
「いらっしゃいませ! 3名様ですね、ご案内します!」
活気ある店員の案内で、3人はテーブルへと向かう。
悠馬は、これから起きるであろう「第2の戦場」を予感しながら、静かにメニューを開くのだった。
お読みいただきありがとうございます!
中級ボス『雷帝』との死闘を乗り越え、ついに辿り着いた静岡の聖地……。
極限まで研ぎ澄まされた五感が次に捉えるのは、暴力的なまでの肉の香りと、あの「げんこつ」のようなハンバーグです。
果たして騎士たちの胃袋は、この第2の戦場を生き残れるのか。
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