5. 小栗家の奴隷紋
主の間を更地にして帰還した一行を待っていたのは、管理局の窓口で端末を二度見する望海の顔だった。
「……悠馬。一応確認するけど、あんたの探索者章を機材にかざしたら、中級の10階層まで『75分』って出たわよ。これ、機材の故障じゃないわよね?」
専用の計測器に記録された踏破実績は、改竄不能な絶対の記録だ。悠馬はボリボリと頭を掻き、アリスを指差した。
「知るか。……あいつが、やりすぎただけだ」
「悠馬お兄さんの指示が完璧でしたから!エッヘン!」
「……それで、実績は認めるけど、素材は?何も提出されてないじゃない」
「消し飛んだ。……粉々だ。だから今日の報酬はゼロでいい」
悠馬が力なく答えると、望海は深い溜息をついて机に突っ伏した。
悠馬は探索者としてそれなりに優秀であり、貯金がないわけではない。
ただ、彼には「潜った日の飯は、その日の稼ぎで決める」という、案内人なりの妙なこだわりがあった。今日の稼ぎはゼロ。つまり、贅沢はできない。
「……腹、減ったな。今日は並だな」
悠馬は甲冑姿の2人を連れ、駅近くのオレンジ色の看板『吉〇家』へと滑り込んだ。
「悠馬お兄さん、ここは……? 不思議な香りがします!」
「牛丼屋だ。いいから座れ。……牛丼3つ、並で」
注文から数十秒。目の前に現れた湯気の立つ丼を見て、アリスリアとノーラは目を見開いた。
「な、なんですかこの速さは!? 魔法……時空魔法の類ですか!?」
「いいから食え。……紅生姜は好みでのせろ」
おずおずと一口運んだ瞬間、アリスの身体がビクリと震えた。
「おいし……おいしいですっ! お肉が柔らかくて、タレの味が深くて……この、甘辛い味付けは、王家のお披露目会でも食べたことがありません! 」
「悠馬様、この『ベニショウガ』という赤い植物……毒々しい見た目に反して、肉の脂を完璧に調和させています。この世界の食文化、侮れません」
猛烈な勢いで丼を空にする2人を見ながら、悠馬は周囲の視線に居心地を悪くしていた。
純白色のプラチナプレートと、血に汚れたメイド服。牛丼を頬張る姿はあまりに異様だ。
(……早急に着替えが必要だな。明日、まともな服を買いに行くか)
悠馬は自分のこだわりを優先した結果の「並」を噛みしめ、支払いを済ませて自宅へと急いだ。
「とりあえず、これでも着てろ。洗濯する間、裸でいさせるわけにもいかないからな」
自宅に戻った悠馬は、押し入れから時代を感じさせる、古い布の塊を引っ張り出してきた。
アリスには高校時代の青いジャージ、ノーラには中学時代のエンジ色のジャージを渡そうとする。
「……待ってください、悠馬様」
ノーラが、渡された布の胸元を鋭い眼光で射抜いた。
心なしか光っている眼鏡から除く眼光は、白い布に油性マジックで太々と書かれた【小栗】という文字を睨む。
「この、胸に刻まれた不気味な紋様……これは、私たちを縛る『奴隷紋』の類ですか? あるいは、特定の領主への絶対服従を強いる呪い、ですか?」
「あ、ああ、それか……。いや、それは俺の苗字だ『小栗』と書いてある。学校で無くさないように書かされたんだよ」
「ミョウジ……?家名ですね。なるほど…… 偽ってはいけません。精神を汚染し、自我を奪う魔導文字の類に見えます。アリスお嬢様、決して袖を通してはなりません!」
しかし、ノーラの静止は間に合わなかった。
奥の客間で既に着替えを終えていたアリスが、ダボダボの青いジャージ姿で「えへへ」と顔を出したからだ。
「悠馬お兄さん! この服、とっても動きやすいです! ……えっ、奴隷……? 呪い……?」
ノーラの言葉を耳にした瞬間、アリスの顔から血の気が引いていく。
自分の胸にある【小栗】の文字を見つめ、みるみるうちに涙目になっていく。
「わ、私……知らないうちに、悠馬お兄さんの奴隷になっちゃったんですか……? 一生、お兄さんの言いなりに……うっ、ううっ……」
「……泣くな。ただの名前だと言ってるだろ。俺の家族の名前だ」
「悠馬様、誤魔化さないでください。家族の名を刻むなど、それはもはや血の契約……! つまりこの服を纏う者は皆、『オグリ家』の所有物であるという宣言ではありませんか!」
ノーラは警戒心を全開にしながらも、ジャージの伸縮性と機能性を指先で確認し、どこか悔しそうに唇を噛んだ。
「……アリスお嬢様、覚悟を決めましょう。『オグリ家』……もはやその庇護下に入ることでしか、我々の生き残る道はないようです。私も、この紋様を受け入れます。あくまで今は……ですが」
「ぐすっ……。悠馬お兄さんは、本当はすごい貴族様だったんですね…… 帝国にもどるその日までですが『オグリ家』騎士団員として責務を果たします」
涙を拭い、ジャージの胸を張るアリス。
悠馬は、完全に明後日の方向へ進んだ解釈を修正する気力すら失い、4度目のボリボリを繰り出した。
「……好きにしろ。明日には、もっとまともな服を買いに行くぞ。その前に……特級への道、本気で考えるからな」
涙目、上下ジャージ姿で敬礼するアリスと、それを深刻な顔で支えるノーラ。
古びた和室で、悠馬の平穏な日常は、いよいよ跡形もなく消え去ろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
現代文明の洗礼として、牛丼の「速さ」と「旨さ」に感動するアリスたち。
しかし、悠馬が貸したジャージに刻まれた【小栗】の文字が、まさかの「奴隷紋」と勘違いされる事態に……。
本人の意図しないところで「オグリ家」への忠誠を誓われてしまった悠馬の明日はどっちだ。
「ジャージ姿のアリスも可愛い!」「オグリ家騎士団、応援したい!」と思って頂けましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価とブックマークをお願いします!




