38. 【帝国】地獄で息を吹き返す聖遺物
死神の棲む洞窟へと続く道は、淀んだ魔素が霧のように立ち込めていた。
2度目の侵入。一行の足取りに迷いはない。
先頭を行くのは、騎士団長マグノリアだ。
「――ふんッ!」
マグノリアの、鋭い呼気と共に放たれた一閃が、背後から襲いかかろうとした大蜘蛛の魔物を、その岩のような外殻ごと両断する。
その剣振るいは、前回のような「索敵」を兼ねたものではない。迷いなく最短距離を、最速の太刀で切り拓く。
「すごい……前回より、ずっと……」
アイリが思わず漏らした感嘆に、マグノリアは振り返ることもなく言い放った。
「私たちが歩く道に、雑魚の死骸すら残さない。……ここは、御屋形様が命を懸ける舞台だ。我らが主への忠誠と、帝国の宝を守り抜く意思に、塵1つ触れさせるわけにはいかん!」
その言葉には、騎士としての誇りと、主君ドレイヴンへの揺るぎない献身が宿っていた。
最奥の部屋へと続く最後の大空洞。
魔素が肌に粘りつくほど濃くなった場所で、ヴァレンタインが足を止めた。
「さて……お遊びはここまでかしらね。これを持っておきなさい」
彼女が懐から取り出したのは、4枚の奇妙な板だった。
縦15センチ、横8センチほど。鏡のように滑らかな漆黒の表面は、光を吸い込むような独特の質感を備えている。
「なんですか、これ……。板、ですか?」
「ただの板ではないわよ。その昔、どこぞの遺跡から出土した聖遺物の解析を頼まれたのよ。ただ、あまりに構造が不可解で、興味を惹かれたのだけれど……まあ、結局全体の10パーセントも解析できなかったわ。これは、それを元に作製したものなの。」
ヴァレンタインは艶やかな唇を微かに歪めて笑い、アイリの手のひらにそれを載せた。
「これは周囲の魔素を喰らって動くわ。辺境伯領のように魔物が溢れ、空気が淀んでいる場所でなければ、ただの文鎮よ。平和な都市部では文字1つ浮かばない。地獄でしか息を吹き返さない……実に帝国らしい道具だと思わないかしら?」
試しにヴァレンタインが指先で板をなぞると、4枚すべての板に同じ軌跡が浮かび上がった。
子供のような眼をして、板に触ろうとする3人に、ヴァレンタインは忠告する。
「……説明をよく聞きなさい。これは書くのも、消すのも、誰でもできるのよ。ただ、魔力の消費が小さいくせに激しいの。一度に表示できる文字数には限りがある……だから、消すのも書くのも慎重に行いなさい。情報の取捨選択を誤れば、必要な時に――『真っ黒』なままだわ」
ヴァレンタインの忠告を聞きつつ、アイリが震える指で『アイリ』と書き、マグノリアがその横に『必勝』と刻む。
その姿は、おもちゃを手にした子供のように見えた。
ひとしきり表示の仕組みを確認し合い――ふと静寂が訪れた。
その静寂を破ったのは、ドレイヴンの太い指だった。彼は不器用な手つきで、板の余白に2つの名を刻み込んだ。
『アリス』、『ノーラ』
今はこの場にいない、守るべき2つの名。
4枚の黒い板に共有されたその文字たちは、暗い洞窟の中で幽かな希望のように発光していた。
それを見た一行の間に、言葉を超えた決意が通い合う。もう、はしゃぐ者は誰もいなかった。
「……遊びは終わりよ」
ヴァレンタインが画面を白紙に戻し、表情を「魔導士」のそれへと切り替える。
「作戦の最終確認。まずはマグノリアが先制、それと同時に私が『風魔法』で牽制しつつ、ドレイヴンを接敵させるわ」
ヴァレンタインは自身の漆黒のローブを翻した。彼女が紡ぎ出す魔力は、透き通った風などではない。
「「……え?」」
マグノリアと、アイリが同時に息を呑んだ。
ヴァレンタインの周囲に渦巻き始めたのは、どす黒く濁った、命を削り取るような『黒い風』。
それは風というよりは、無数の微細な刃が空気を削る音に近かった。
容赦のない、破滅の色。それがヴァレンタインという女の、魔導士としての苛烈な本性だった。
『黒い風魔法』など、アイリはもちろん、誰も聞いたことがない。
「ドレイヴンが死神を固定した隙に、アイリ、貴女が抱える光属性の魔道具を私が遠隔で起動するわ。光に焼かれ、死神が怯んだその一瞬――ドレイヴン、あんたの奥義を叩き込みなさい」
そこまではいい。問題はその次だ。ヴァレンタインはアイリを冷徹な目で見据えた。
「回収――アイリ、あなたの仕事よ。技を放ち魔力が枯渇したドレイヴンを担いで、全力で私のもとへ転がりなさい」
「……あの、辺境伯、体重は?」
「ん?ワシか?がはは! 装備込みで160(キロ)といったところか!」
「あはは……背骨、終わった的な?……皆様、生きていればまた会いましょう」
絶望するアイリを淡々と見捨て、ヴァレンタインは失敗時の手順を告げる。
「万が一、仕留め損なった場合は、即座に撤退に切り替えるわ。アイリがドレイヴンを回収する間、マグノリアが死神の前に割り込み時間を稼ぎなさい。その間に私が前回と同じ結界を展開し、全員を逃がす。……1秒の遅れも許さないわよ。いいわね?」
全員が短く頷く。
アイリは、死神への恐怖と、160キロ超の絶望的な重圧に膝を震わせながら、それでも必死に魔道具を抱え直した。
ヴァレンタインは、一度だけ懐の黒い板を愛おしそうに撫で、冷たく闇の先を見据える。
誰1人失敗出来ない、それが全員の心に刻まれた――覚悟など、もはや聞くまでもない。
「さて……ドレイヴン、あんたは帝国が誇る『宝』らしいわね。貴重な『宝』を死神ごときにくれてやるほど――私は物好きじゃないの」
傲慢なまでに言い放つ女魔導士の言葉を合図に、一行は深く、深く、最奥の闇へと踏み込んだ。
「準備はいいかしら。――この先は、死の領域よ」
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帝国最強クラスの面々による、緻密かつ大胆な死神討伐作戦。
ドレイヴンの「究極の奥義」を叩き込むための、1秒の狂いも許されない連携。
果たして魔女の秘策と騎士団長の忠義は、絶対的な「死」を体現する死神を打ち破ることができるのでしょうか!?
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