37. 【日本】意思疎通の謎と美の極地
――千葉県某所 小栗家。
『山田〇どん』で腹を満たしたオグリ家騎士団の一行は、夕刻、悠馬の自宅へと帰り着いていた。
庭先では、アリスが食後の運動と称して巨大な大剣を振るっている。
風を切る鋭い音が居間まで響いてくるが、近隣住民には「庭で素振りをしているジャージの女の子」として認識されている……はずだ。
一方、居間では悠馬とノーラが、現代日本の魔法の箱――テレビの前に座っていた。
「何度見ても、この『テレビ』という道具は不思議ですね。魔力も使用せず、リスクゼロで各地の情報が手に入るなど。……帝国では考えられません」
「まぁ、たしかにそうかもな。ただ、知らなくていいことまで流れてくるから、情報過多で逆に疲れるぜ」
悠馬が気怠そうにリモコンを操作していると、画面に緊急速報のテロップが流れた。
『大阪ダンジョンにて発生した魔物大災害、ついに完全鎮圧』。
画面には、喝采を浴びる2人の男女が映し出されている。
「……ッ」
悠馬の手が止まる。
そこにいたのは、眩いばかりの美男美女。
国内トップチームの1つ『聖天の双翼』のリーダー、坂元淳。そして副リーダーであり、彼の妻となった優紀。
「あら。このチームは……以前、悠馬様がパーティーを組んでいたという方々では?」
「……あぁ、そうだ。変わらんな……こいつらは」
悠馬は少しだけ苦いものを噛み潰したような顔をして、逃げるようにテレビの電源を切った。かつての仲間。かつての居場所。
今の自分とは、住む世界が違いすぎる。
気まずい沈黙を紛らわすように、悠馬はノーラに問いかけた。
「……そういや。さっき普通にニュースを見てたが、お前、文字は読めるのか?」
「はい。特に問題ございませんが」
「相変わらず、すげぇスペックしてんな。アリスもか?」
「スペックといいますか……。ただ、少しばかり『違和感』、いえ、気になることがございまして。検証のために一度、アリスお嬢様を呼んでいただけますか」
ノーラに促され、悠馬は庭で汗を流していたアリスを連れてきた。
「ふぅ、いい汗かきました! それで、ノーラが呼んでるって聞いたんですけど、どうしましたか?」
「はい、アリスお嬢様。とりあえずお座りください。悠馬様、何か書くものを2セットお願いできますか」
悠馬がボールペンと紙を用意すると、ノーラは真剣な表情で指示を出した。
「では、アリスお嬢様。ご自身の名前を『口に出しながら』、その紙に書いてください。悠馬様は、お嬢様の声を聞き取った通りに、そちらの紙に記入をお願いします」
「「?」」
2人は首を傾げながらも、ノーラの言う通りにした。
「アリスリア・フォン……」
アリスが愛らしい声で名を紡ぎ、悠馬がそれをペンで追う。
数秒後、机の上に並んだ2枚の紙を見て、悠馬は目を見開いた。
「……なんだ、これは」
悠馬の紙には、整ったカタカナで『アリスリア・フォン・ガードルド』と書かれている。
しかし、アリスが書いた方の紙には――まるで象形文字か、あるいは幾何学模様が暴走したような、現代日本人には読めない「未知の暗号」が踊っていた。
「悠馬お兄さん!わたしの名前、上手に書けましたね!偉いです!」
アリスは悠馬の日本語を見て、嬉しそうに笑っている。
「……やはり、そうでしたか」
「どういう事だ、ノーラ。説明してくれ」
「はい。まず『会話』に関しては、互いに問題なく成立しています。ですが、私とアリスお嬢様は、今この瞬間も『帝国共通語』で話しております」
「えっ!? ……いや、俺には日本語にしか聞こえないんだが。というか、俺は日本語で話してるぞ」
「ええ。ですが私には、それが『帝国共通語』として聞こえています。聞き取れる音と、悠馬様の口の動きがズレている……その違和感で気付きました。この世界の空気そのものに、自動翻訳のような干渉がかかっているのでしょう」
悠馬は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「……それが、さっき言った違和感か」
「その通りです。そして問題は『文字』です。私たちには、看板もテレビの字幕も、全て帝国共通語として認識されます。ですが、私たちが『書く』文字は、悠馬様には翻訳されずにそのまま見えてしまう。つまり、言葉は可逆ですが、文字は不可逆なのです」
「……なるほど。望海が書類を書いてた時、ペンを動かす回数と、お前の見える文字数が合わないってことか」
「仰る通りです。本日、望海様が『日本語は……』と口にされた時に確信いたしました」
「(……文字は、翻訳されない?なぜだ、今までの転移者はどうなんだ。)」
望海が渡した、あの試供品。そこに書かれたラベルの矛盾。
言語という概念の壁を、ノーラはたった数日で解明してみせたのだ。
「なんか、2人とも難しい顔してます!でも、話は通じるし文字も読めるんだから、いいじゃないですか!」
あっけらかんと言い放つアリスに、悠馬とノーラは思わず毒気を抜かれ、目を見合わせた。
「……ぷっ、たしかにな。現状困ってないなら、それでいいか」
「そうですね。考えても仕方のないことです。ただ、私たちが日本語を書くことは不可能である、という点だけご承知おきください」
「了解だ。そん時は俺が代筆してやるよ」
「よろしくお願いいたします、代筆屋の悠馬様」
ノーラが茶目っ気たっぷりに一礼すると、アリスが待ってましたとばかりに、望海から貰った試供品を差し出してきた。
「それで、悠馬お兄さん!望海さんから貰ったこれ、使っていいですか!?」
期待に満ちた、キラキラした瞳。
「そうだな……自分たちで説明書が読めるなら大丈夫だろ。よし、せっかくだし『スーパー銭湯』にでも行くか!」
「戦闘……さらに『スーパー』と。ただならぬ気配を感じる名前ですね。アリスお嬢様、戦です。身を引き締めねばなりません」
「おぉー!やってやるのです!」
拳を突き上げる主従を、悠馬は半眼で見つめた。
「……今日はもう、そういうのいいから。お風呂。のんびりお湯に浸かる場所なんだよ」
――千葉県、成田市。
到着したのは、地元でも人気の温浴施設『華〇湯』。
その前に、並ぶジャージ姿の3人。
だが、アリスとノーラの胸元には、もはやオグリ家騎士団の紋章ともいえる『小栗』の2文字が、白く輝いている。
「な、なんと巨大な……。そして厳格な造り。悠馬様、これは王族の離宮ですか?」
「悠馬お兄さん!早く入りましょう!ワクワクで止まらないです!」
開いた口が塞がらないノーラと、アホ毛をブンブン振り回すアリスを引き連れ、中へ入る。
「悠馬様、これほどの施設……。入場料は平民の稼ぎの数ヶ月分でしょうか。我々は今日、特級攻略を中断した身ですが、宜しいのですか?」
「あぁ?ここは……そうだな、1時間も働けば誰でも入れるくらいだ」
「1時間……。それは王族親衛隊の話でしょうか?」
「いや、そこらの学生でも稼げるレベルだって。いいから、今日はもう難しいことは抜きだ」
3人分の入浴料を支払い、悠馬は2人に言い含める。
「いいか、分からんことがあったら周りの人に聞くか、服を着てる店員さんに聞け。あと、『入浴のルール』って掲示板をちゃんと読んでから入れよ」
「はーい!」
「かしこまりました」
男湯で1人、悠馬は久々の湯船に身を沈めた。
塩サウナで汗を流し、水風呂で身を引き締め、ロビーで牛乳を飲みながら待っていると。
女湯の入り口の方から、尋常ではないざわめきが聞こえてきた。
「ちょっ……あの子、見て。金髪が信じられないくらい綺麗……あと、肌も潤いが凄くない?」
「隣の黒髪の人も、モデルさん?黒髪のツヤが、鏡みたいに光ってるんだけど」
注目の的となっていたのは、風呂上がりのアリスとノーラだった。
望海の試供品をこれでもかと使い込んだ彼女たちは、もはや物理法則を超えた輝きを放っている。
「悠馬お兄さん!見てください!髪がさらっさらです!」
「アリスお嬢様、自慢になりますが私も負けておりません。この指通り、もはや凶器ですね」
「ノーラ!わたしが主なんだから、3割増しで立ててください!」
「いいえ、女性としての美の戦いに、主従は関係ありません」
「むーーー!」
ロビーの真ん中で、ツヤツヤの髪を振り乱して言い争う2人。
その神々しいまでの美しさに、居合わせた客たちは呆然と立ち尽くしている。
「……やれやれ。何やってんだか」
悠馬は恥ずかしさに耐えながら、ある意味「スーパー戦闘」を繰り広げている2人を回収し、車へと押し込んだ。
午前中の不調、管理局での重苦しい空気。だが、今の2人には、それを微塵も感じさせない活力と輝きが戻っていた。
「……よし。英気も養ったことだし」
特級ダンジョン『虚無の門』中層以降、そして未攻略の下層……更には、かつて届かなかったの深層へ。
明日、オグリ家騎士団は再び、闇の最底へとダイブする。
お読みいただきありがとうございます!
「スーパー銭湯」を「スーパーな戦闘」と勘違いして気合を入れる主従に笑ってしまいました。
結果的には、望海さんの美容セットで磨き上げられた2人が、ロビーを騒然とさせる別の意味での「戦闘」を繰り広げることに(笑)。
英気を養い、髪も心も整ったオグリ家騎士団。いよいよ明日は特級ダンジョンの深淵へ!
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