36. 【帝国】再起の軍議と、帝国の宝
洞窟から命からがら脱出した辺境伯騎士団は、入り口から少し離れた高台に臨時野営地を設営していた。
焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、中央の大きな天幕では、冷え切った空気の中で火花を散らすような軍議が始まろうとしていた。
天幕の中にいるのは、重苦しい沈黙を纏うマグノリア。
大剣を傍らに置き、目を瞑ったまま座るドレイヴン。
そして、汚れを拭いもせず、銀色の魔道具を調整するヴァレンタイン。
……その隅っこで、場違いなほどに縮こまっているのは、新人のアイリだった。
「……あ、の。ヴァレンタイン様。私のような新人が、なぜこのような席に……?」
「あんたは既に私の指揮下よ、アイリ。魔石を泥まみれで拾い集めたその執念、素晴らしかったわ。これからの作戦には『動ける手足』が必要なの」
「は、はひっ! 光栄であります……っ!」
アイリは涙目になりながら直立不動で応える。
彼女にとって、帝国重鎮たちの視線は、先ほどの死神の斬撃よりも鋭く突き刺さっていた。
「……さて。マグノリア、お主どう思う」
ドレイヴンの低い声が天幕を揺らす。
マグノリアは視線を上げ、冷静に告げた。
「今回は奇襲に近い形となった事。そして、敵の能力、動きなど情報が全くありませんでした。……しかし、こちらが準備を整え、あの死神の『理』を理解した上で挑めば、勝機はあるかと」
「同感だ。一度は戦った相手、動きは見えておる。ガードルド閃技に2度の敗北はない、すなわち次回、我が剣が届かぬ道理はない。次は必ず、あの喉元を断ち割ってくれる」
ドレイヴンの闘志は衰えていない。
むしろ、手掛かりを目前にして退かされた屈辱が、彼を静かに燃え上がらせていた。
そこで、ヴァレンタインが調整していた魔道具を机に置く。
「……見たところ、あの死神は純然たる闇の属性を纏っていたわ。ならば、対抗策はある」
「ほう。何か妙案があるのか?」
「私の私邸に、闇属性を弱体化できる光属性の魔道具があるわ。それを使えば、奴の機動力と魔力を一時的に削れるはずよ。闇に棲まう者なら、光属性は毒として機能するわ」
ヴァレンタインは確信を持って明言した。
次に、彼女の視線はドレイヴンを射抜くように向けられる。
「それと……ドレイヴン。あんた、隠しているでしょ。先ほどの『剛勇王の断頭台』……あれより上位の技を」
天幕の空気が一層重くなる。ドレイヴンはゆっくりと頷いた。
「……ある、ガードルド閃技の奥義が。己が魂を削り、一撃に全てを捧げる究極の剣。だが、あれは代償が大きすぎる。放てば私は満身創痍となり、指一本動かせなくなるだろう」
「なら話は早いわ。作戦はこうよ」
ヴァレンタインはあっさりとした態度で、ドレイヴンの告白を受け取る。
「まず、団員たちは無駄ね。少数精鋭で行くわ」
「しかし、数は正義だと、先ほどお認めになられたはず!」
ヴァレンタインの提案に、マグノリアは異を唱える。
「あれは、吹き飛んだ魔石集めるのに必要だったってだけよ。そもそも、魔石持ってる人間が1人なら、そいつだけ守ればいいし効率がいいわ」
「た、たしかに、それはそうですが……しかし」
言葉を詰まらせるマグノリアを無視して、ヴァレンタインは作戦を伝える。
「作戦といってもシンプルね、魔道具で弱体化した死神を、ドレイヴンがその技で核を砕く。その瞬間、アイリ。あんたがドレイヴンを担いで、そのまま全力で離脱するのよ」
ヴァレンタインは事も無げにアイリを指差した。
「えっ……!? わ、私が……辺境伯様を担ぐんですか……!?というか、私も行くんですか!」
アイリが絶叫に近い声を上げた。
ドレイヴンの体格は、アイリの1周り以上大きい。
ましてやフルプレートの鎧を着た巨漢だ。
「マグノリア団長!む、無理です!私、そんなの潰れちゃいますぅ!」
「アイリ。お主は今、ヴァレンタイン殿の指揮下にある。騎士ならば主の命令は絶対だ」
マグノリアが鉄のような声で断じた。
「お前が死守するのは、御屋形様の命だ。その命は帝国の宝と言って差し支えない。たとえ背骨が折れようとも、這ってでも運び出せ。それがお前の任務だ。……分かったな?」
「う、うぅ……。う、承知いたしましたぁ……」
アイリは震えながら、しぶしぶと頷いた。彼女の未来に、さらなる苦難の影が差し込む。
「マグノリア、あんたはドレイヴンと私達の中間に位置して待機。もし、とどめが上手くいかなかった場合、今回と同じ魔道具で結界貼るから、その時は時間を稼ぎなさい」
「はっ!仰せのままに」
「魔道具は私の私邸にあるわ。馬を使えば、アイリと2人で半日もあれば戻ってこれる。……ドレイヴン、マグノリア。あんた達はここで騎士団を指揮、待機しつつ魔石の補充よ」
「了解した。騎士団を分け、警戒と魔石の補充に当たるよう指示を出しておきますゆえ」
「再攻略は明日、お前たちが戻ってからだ。……いいな、ヴァレンタイン」
ドレイヴンの言葉に、ヴァレンタインは不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。次は、あの死神の面を剥いでやるわ」
決定は下された。
アイリは、ヴァレンタインに引きずられるようにして天幕を出て行く。
明日、再びあの絶望の洞窟へと足を踏み入れるために。
騎士団は篝火を強め、沈まぬ警戒の夜へと突入した。
――翌日。
予定通り魔道具を携えて戻ったヴァレンタインと、目の下にクマを作ったアイリが合流する。
「準備は整ったわ。……さあ、借りを返しにいくわよ」
ドレイヴン、マグノリア、そして重い魔道具を抱えたアイリを伴い、帝国最高戦力が再び、あの暗き洞窟の最奥へと歩みを進めた。
お読みいただきありがとうございます!
「剛勇王の断頭台」すら超える、命を削る究極の奥義。
それを放った後のドレイヴンを担いで離脱するという、あまりに重すぎる(物理的にも)任務を課せられた新人アイリ。
帝国の宝である主の命を背負い、彼女は無事に生還できるのでしょうか。騎士団の絆とアイリの受難に注目です!
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