35. 【日本】赤いかかしと、未知なる「パ〇チ」
新宿のダンジョン管理局を後にした3人を乗せ、悠馬の車は千葉の自宅へと向けて甲州街道を滑っていた。
車内の空気は、どこか重い。後部座席では、ノーラがアリスの冷たい手を握りしめ、アリスは俯いたまま、自分の膝を見つめている。
チャームポイントのアホ毛は、まるで枯れ草のように力なくしおれたままだ。
「……良し、着いた。降りてくれ、飯にしよう」
悠馬が車を停めたのは、街道沿いに立つ、見慣れた赤い看板の店だった。
車を降りたノーラは、アリスの肩を支えながら、その店の象徴を見上げた。そして、その表情が戦慄に凍り付く。
「……悠馬様。……これは、一体」
「あ?何がだ」
「この、『赤い天秤』は……。罪と、罰を図る……まさか、裁判所ですか!アリスお嬢様の失態を、この世界の法で裁くおつもりですかッ!悠馬様と言えど、それは看過できかねます!」
ノーラの眼鏡の奥で、鋭い殺気が弾けた。
彼女の指先が微かに動き、不可視の魔力回路が編み上げられようとする。
「あ、あぁ……。ごめんなさい、悠馬お兄さん……。わたし、わたしは……何てことを」
アリスもまた、絶望の淵に立たされた罪人のような顔で震え始めた。
そんな2人を、悠馬は死んだ魚のような目で見つめ、深いため息を吐いた。
「おいおい、またこのパターンかよ……。天秤じゃなくて、『かかし』な。ったく、昼飯って言っただろ。ほら、入るぞ」
悠馬が顎で示した先にあるのは、関東ローカルの雄、『山田う〇ん食堂』。
うまい、安い、早い、そして腹いっぱい。
現代日本の戦士たちが愛してやまない、ガテン系の聖地である。
店内は昼時ということもあり、作業着姿の男たちや家族連れでごった返していた。
ダンジョン内での重装備は車に置いてきたものの、圧倒的な美貌を持つアリスとノーラは、この「日常」の空間で異常なほどに浮いている。
「……おい、見ろよ。モデルさんか?」
「めちゃくちゃ可愛いけど……あの隣の、死んだ目をした男は引率か?」
ざわつく店内の視線を、悠馬は完全に無視して3人がけのテーブル席に陣取った。
「今日は稼ぎがないから、外食は出来ないんだが。まぁ……疲れたり、悩んだりしたときはここに来るんだ。座れ」
「なるほど……。裁判所ではないのですね。失礼いたしました。それにしても、随分と多彩な品書きです。これほど多いと悩んでしまいますね」
ノーラは眼鏡を光らせ、カラフルなメニュー表をまるで魔導書でも解析するかのような真剣さでめくり始めた。
「アリスお嬢様、どれになさいますか? お嬢様の好きなカレーもございますよ」
「わ、わたしは……あまりお腹がすいてないので……いいです。ごめんなさい……」
ダンジョンでのミスが尾を引いているのか、アリスは弱々しく首を振る。
だが、その瞬間。
――ぐぅぅぅ~……。
静かな店内に、アリスの可愛らしい腹の虫が響き渡った。
醤油の香ばしい匂いと、出汁の香りに、彼女の胃袋は極めて正直に反応していた。
「あははっ!腹は正直だな。……いろいろメニューはあるが、ここに来たらコレだろってやつがある。すいませーん、注文いいですか」
悠馬が慣れた手つきで店員を呼び、淀みなく注文を済ませる。
そして、待つというほどの時間も経たぬうちに、3人の前にそれは運ばれてきた。
「これこれ、やっぱ『パ〇チ食べくらべ定食』。こいつを食わなきゃ、来た意味がないってやつだ」
「悠馬様……。食欲を誘う香りであることは認めますが。この、茶褐色の謎の物体は何ですか?」
「それは『モツ』だ。名古屋で食べた味噌カツを覚えてるか?あの動物、豚の臓物だよ」
「「えっ」」
臓物、という言葉に2人が一瞬でドン引きする。帝国の人間にとって、内臓を食べるという文化は、野蛮なものに映ったのかもしれない。
だが、皿から立ち昇る「暴力的なまでに美味そうな香り」が、彼女たちの本能を激しく揺さぶる。
「いいから食ってみろって。まずはこっちの普通のだ。……で、こっちは少し辛いから注意しろよ」
悠馬に促され、ノーラは戦々恐々としながらフォークでモツを刺し、口へと運んだ。
咀嚼すること数秒。ノーラの顔に激震が走る。
「……ッ!? なんと……!」
「なっ、美味いだろ」
したり顔の悠馬。
ノーラは驚愕に目を見開いたまま、隣のアリスを振り返った。
「アリスお嬢様、食べましょう! これは……絶品でございます! この弾力、そして内側に染み込んだ深いコク……!」
「ノーラがそこまで言うなら……。……!? えっ、美味しい!」
アリスが一口食べた瞬間、彼女の頭頂部でしおれていた「アホ毛」が、ピクンと力強く反応した。
「そうだろう、そうだろう。さぁ、食べようじゃないか」
そこからは、言葉は不要だった。
黙々と箸とフォークを動かす3人。
悠馬にそそのかされ、アリスが不用意に「赤パ〇チ(辛口)」へ追い七味を投入し、「ひゃああ! からいですぅ!」と、涙目になる洗礼を受ける。
ノーラは逆にその辛さにドハマりし、「……これは、中毒性がありますね」と呟きながら平らげていく。
「いやー、相変わらず美味かった」
「臓物と聞いて躊躇しましたが、日本という地の食文化、甘く見ておりました。どのような食材であれ至高の美味へと変えてしまう探求心、まさに驚嘆に値します」
「ほんと!美味しかったです!ちょっと……辛かったですけどっ」
お冷を飲み干し、満足げに微笑むアリス。
そのアホ毛は、今やピンピンと元気よく直立している。
「口に合ったようで良かったよ。あと、アリスも元気が出たようだしな」
「その通りですね。いつまでもあんな風に、しおれたキノコのようだったら、お仕置きをするところでした」
「えぇっ!ノーラのお仕置きはイヤなのです!」
過去の厳しい訓練でも思い出したのか、アリスは身を震わせる。
その仕草を見て、悠馬はふと表情を消し、静かに問いかけた。
「……ともあれ、今日はどうしたんだ。朝から身震いしたり、ダンジョンで戦闘中にくしゃみをしたり。アリスらしくないというか」
ノーラもまた、真剣な眼差しをアリスに向ける。
「悠馬様は、責めているわけではないかと存じます。医務室での検査結果は良好だったようですが……何か、悩み事でもあるのですか?」
2人の言葉に、アリスはうつむき、自分の小さな掌を見つめながら、おずおずと返答した。
「……本当になんでもないんです。ただ、時々、悪寒が走る感じがするだけで……。その感じも、体調が悪いというより、前触れなく『ぞわっ』と……」
一瞬、静寂が流れるが、悠馬は続ける。
「ぞわっとね……。うーん、体調じゃないなら、呪いの類とか?」
「アリスお嬢様は光魔法の使い手です。低級な呪い程度であれば、自動的に浄化して跳ね返しますので、可能性は低いかと存じますが……」
「なるほど。そういうもんなのか。……まぁ、一時的なものかもしれないし、一旦様子見ってことで今日は半休だな」
「うぅ……ごめんなさい、悠馬お兄さん。攻略の邪魔をしちゃって」
「もうそういうのは無しだ。俺たちはパーティーなんだから。『みんなは一人の為に』ってやつだよ」
「……とても良い言葉ですね。何故でしょうか。どこかの男性教師が、泣きながら言っている画が脳裏に浮かびました」
「なにそれ怖い!……まぁいいや、いつまでもへこんでる奴は、デザート抜きだ!」
「えっ! 大丈夫! もう大丈夫ですから! わたし、デザート食べたいですぅ!」
「相変わらず調子がいいと申しますか、食い意地の張ったお嬢様ですこと。……ですが、私も気になりますね」
ノーラの視線の先には、メニュー表のひとつだけあるデザートの写真。
「悠馬お兄さん!はやく、その白くて丸い、美味しそうなのを頼みましょう!」
結局、3人は『三色雪〇だいふく』を分け合い、現代日本の甘味の極致に悶絶することとなった。
騒々しく笑い合うオグリ家騎士団。
その表情には、再びダンジョン攻略へと向かう士気が宿っていた。
お読みいただきありがとうございます!
関東ローカルの雄「山田う〇ん」降臨!
「赤い天秤」を裁判所と勘違いして絶望するアリスと、殺気を放つノーラの勘違いっぷりが最高でした。
臓物への抵抗感を一瞬で粉砕する「パ〇チ」の威力……。アホ毛がピンピンに復活するアリスの食いしん坊な姿に、読者もほっこりする回ですね!
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