32. 【帝国】世界の綻(ほころ)びと、そこに佇む死
「これだけあれば十分だろう……」
大量の魔石を前に、ドレイヴンはヴァレンタインへと詰め寄った。
集められた魔石は大小含め、3桁は余裕で超えている。
一般市民が10年は働かなくても遊んで暮らせるほどの莫大な価値。
それをわずか数時間でかき集める辺境伯騎士団の執念は、まさに凄まじいの一言だった。
「そうね、やればできるじゃない。ご褒美に、一緒にお風呂でも入る?」
「やかましい!貴様はその魔道具を使うことだけ考えればよいのだ!」
「あらあら、つれないねぇ」
顔を真っ赤にして怒鳴るドレイヴンを、ヴァレンタインは楽しげに、妖艶にローブを揺らして受け流す。
彼女の指先が魔石の山をなぞると、パチパチと蒼い火花が散り、莫大な魔力が魔道具へと吸い込まれていった。
「――じゃあ、行きましょうか」
ヴァレンタインの瞳から茶化すような色が消える。それは「数百年を生きる魔導士」としての、真剣な眼差しだった。
――死の森、洞窟前。
「入る前にちょっと話があるんだけど」
洞窟の入り口、湿った土の匂いと魔素の残滓が混じり合う場所で、ヴァレンタインが足を止めた。
「あぁ? なんだ。これ以上の魔石は出んぞ」
「そうじゃないわ。あんたたち、多すぎるのよ。正直言うと……邪魔ね」
「「「なっ……!」」」
周囲を固めていた団員たちが一斉に息を呑む。だが、団長であるマグノリアが毅然と反論した。
「ヴァレンタイン殿、時に、数は正義となります。我ら、命を落とそうともアリスリア様を、そしてノーラ殿を探し出す所存。ここには屈強な精鋭のみを連れてきております。何卒ご容赦願いたい」
「わしからも頼む。きっと役に立つはずだ」
ドレイヴンの言葉に、ヴァレンタインは深くため息をついた。
「うーん、分かったわよ。じゃあ、貴方と貴方は私の指示に従いなさい。他はドレイヴンの指示に従って」
ヴァレンタインが細い指先で指名したのは、団長マグノリア。そして新人のアイリであった。
「私とアイリは構いませんが、命令系統は御屋形様が最上位なもので……」
「よい!2人はヴァレンタインの指揮下に入れ。残りの騎士団はわしが率いることとしよう。アリスを救うためだ!」
「「はっ、仰せのままに!」」
「話は纏まったかしら。じゃあ行くわよ」
ヴァレンタインの言葉を皮切りに、一行は暗い口を開けた洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟内は、外の蒸し暑い空気とは裏腹に、心臓を直接冷やされるような冷気に満ちていた。
幾度かの魔物との戦闘はあったが、やはり数は正義。
ヴァレンタインの魔法と、ドレイヴン率いる精鋭騎士たちの連携は盤石だった。
襲いくる醜悪な魔物たちを塵へと変えながら、一行は何事もなく、ついに洞窟の最奥へと到着した。
そこは、不自然なほど開けた円形の空間だった。
「おい! 最奥まで来てしまったではないか。行き止まりだぞ! アリスたちはどこにいるのだ!」
ドレイヴンが壁を叩きながら叫ぶ。
「今、探ってるから黙っててよ。……集中させなさい」
魔石の力を得て、眩い光を放つ魔道具を掲げるヴァレンタイン。
彼女の視界には、現実の景色に重なって「魔素の川」が見えていた。
それは、アリスとノーラが残した、消え入りそうな微かな光の粒子。
ドレイヴンは焦燥に駆られ、額から脂汗が噴き出していた。
拳は白くなるほど握りしめられ、今にも壁を殴り飛ばしそうな勢いだった。
「……あったわ! この先に魔素の揺らぎが、空間の『裂け目』が見えるわ」
狂喜に顔を歪ませる、ヴァレンタイン。
だが――次の瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。
魔道具を通じて視覚化した世界に、とてつもない質量を持った「死」が映り込んだのだ。
「な、なによ……あれ」
ヴァレンタインの呟きに、騎士たちがどよめく。
空間が歪み、そこから膿が溢れ出すように現れたのは、見上げるほどの体躯を持った巨大な骸骨だった。
ボロボロに朽ち、泥を啜ったような漆黒の法衣を纏っている。
その姿は、お伽話に登場する死神そのものだが、放たれるプレッシャーは想像以上だった。
曰く、――それは、『死』を具現化したようであった。
空を睨む眼窩には、地獄の業火を思わせる不気味な青白い炎が揺らめいている。
そして、骨ばったその両手に握られているのは、あまりにも巨大すぎる「大鎌」であった。
月を削り取ったかのような禍々しい曲線の刃。
「御屋形様、お下がりください!」
マグノリアが叫び、剣を構える。
だが、死神はただそこに立っているだけで、周囲の生命力を吸い取っていくかのようだった。
「アリスたちは……この化け物にやられてしまったというのか……!」
ドレイヴンも剣を抜く。
命を刈り取る死神と、娘を求める辺境伯。
洞窟の最奥で、絶望という名の幕が上がった。
お読みいただきありがとうございます!
余裕たっぷりだったヴァレンタインの顔から血の気が引くほどの、本物の「死」。
数百年を生きる魔女ですら戦慄する死神を前に、辺境伯騎士団はどう立ち向かうのか。
アリスたちが消えた「原因」を目前にして現れた最悪の番人に、現場の緊張感も最高潮です!
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