30. 【帝国】静寂の魔女と、死の森に開いた「穴」
「『異世界』への切符だと……!」
ドレイヴンは聞き慣れない言葉に、言葉通り驚愕した。
「あぁ、そうさね。人知れず突然いなくなる。そして、突然現れる。……昔からよくある話だよ」
「魔導士様。私はそのような話、聞いたことが御座いません。夢物語の類ではありませんか?」
マグノリアの指摘は、騎士として極めて正当な反応だった。
人が消え、また現れる。そんな伝説染みた記録は、帝国のどの歴史書にも、騎士団の公的な日誌にも記されていない。
「まぁ……坊ちゃんは知らないか」
「ぼ、坊ちゃ……! お主、先ほどから御屋形様に対する不敬な態度といい、これ以上は容認できんぞ!」
マグノリアは腰の剣に手をかけ、激昂する。
自身を子供扱いされ、主を軽く扱われて黙っていられるほど、彼の忠義は安くない。
「よいのだ、マグノリア。やめよ」
「し、しかし御屋形様!」
「この女……ヴァレンタインは、我々の想像も超える悠久の時を過ごしている。そう、それこそ何百年という単位でだ……な。そうであろう?ヴァレンタインよ」
マグノリアを制止しながらも、ドレイヴンの瞳は鋭くヴァレンタインを射抜いている。
「まったく……。ここには、乙女の歳を探る、野暮な男しかいないのかい? 温厚な私でも、さすがに我慢できないよ」
ヴァレンタインが低く呟いた瞬間、書斎全体の空気が一変した。
――凄まじい魔圧。
まるでここだけ氷点下まで気温が下がったかのような、肌を刺す冷気が這い回る。
それは物理的な寒さではなく、魂が凍りつくような威圧感だった。
「す、すまない、ヴァレンタイン殿。非礼を詫びよう」
「……私からも謝罪を伝えさせてくれ。すまなかった」
ドレイヴンとマグノリアの背中に冷たい汗が流れる。
本能が告げている、これ以上刺激すれば、この場に立っていられる保証はないと。
「はぁ。わかったならいいけどね。次はないよ」
ヴァレンタインが指を鳴らすと、部屋の温度がスッと戻っていった。2人はようやく、詰めていた息を吐き出す。
「で、お嬢様方を探したいって話だったね」
「そ、その通りだ!お主が発明したという魔道具で、アリスリアたちの痕跡を辿ってはくれまいか!その……異世界への切符というのは用意できるか分からんが、頼むッ!」
ドレイヴンは、軍を率いる辺境伯としての外聞も捨て、再度その場に両手をついた。
帝国と日本、文化は違えど「必死に頭を下げる」その姿に変わりはない。
「……まぁ、いいさね。あんたらにそれが用意できるなんて思ってもいないよ。ただ、その代わり結果が出なくても文句なぞ言うんじゃないよ」
「構わぬ!頼めるか」
「じゃあ、早速行こうか……お姫様たちを探しに」
ヴァレンタインは翻したローブから妖艶な香りを残し、部屋を出ていく。
――死の森。
騎士団を引き連れ、ヴァレンタインは先頭を悠々と歩く。
「ヴァレンタイン殿、このあたりがアリスリアたちの姿を確認できた最後の場所となります」
そこは「死の森 魔物討伐作戦」の本拠地から、少し離れた場所に位置していた。
「討伐作戦終了にあたり、功労会をしようと準備をしておりました。その最中に……」
「で、薪が足りないと従者が確保に行き、その護衛をお嬢さんが受け持った。……そういうことだね」
「はい、その直後に……消息を絶ちました」
マグノリアは悔しそうに拳を握り、事を説明する。
ヴァレンタインは、奇妙な意匠が施された魔道具を掲げる。
それは周囲に浮遊する「魔素」を可視化し、特定の個人の痕跡を追う、彼女にしか作れない芸術品だ。
「――ここだね」
ヴァレンタインが足を止めた先には、苔むした岩肌にひっそりと口を開けた、小さな洞窟があった。
周囲の騎士たちが「こんな場所、調査した時はなかったはずだ」とざわめき始める。
「ドレイヴン、あんたの娘と従者はこの中に入ったようだ。魔素がそう告げている」
「では、早速中を調べることとしよう! おい、お前たち、わしに続けッ!」
「「「はっ!」」」
「まぁ、待ちなさいな……」
意気揚々と踏み込もうとするドレイヴンと騎士団の前に、ヴァレンタインが気怠げに手を差し出した。
「なんだ、ここまで来て止めるとは。流石に容認できんぞ」
「違うよ。……切れたんだ」
「……切れた?」
「この魔道具の使用リミットがね。こいつは連続で数時間しか持たない。屋外、かつ対象が複数となれば消費はなおさら早い」
「しかし、洞窟を探索すればよいのだろう! この人数なら、しらみつぶしに調べれば……」
「相変わらず脳筋だね。道標もなく暗闇を彷徨い続けるってのかい? 非効率にもほどがあるよ。とりあえず一旦引き返して、こいつに使うための『魔石』を集めておくれ。集まり次第、捜索再開だ」
「いや、しかしだな……一刻を争うのだぞ!」
「文句は言わないという約束だよ……嫌なら私はここで帰るよ。あんたらだけでお嬢さんたちを探せるってなら好きにしな。……今まで何1つ成果を上げられていない、辺境伯騎士団様」
毒のある言葉に、ドレイヴンはぐうの音も出ない。
「……ぐぐっ。おい! マグノリア! ここに野営の準備をしろ! あと、周囲の魔物を狩って魔石をかき集めるのだ! 急げッ!」
怒号に近い檄を飛ばすドレイヴン。騎士団員たちが、そしてマグノリアが慌ただしく動き出す。
1人残ったヴァレンタインは、洞窟の奥から漂う微かな「違和感」を、愛おしげに見つめていた。
「やれやれ、お嬢さん方はどこにいるのやら。……もし、本当に『あっち』に繋がっているんだとしたら、これは面白いことになりそうだねぇ」
ヴァレンタインの不敵な笑みだけが、静まり返った森の闇に溶けていった。
お読みいただきありがとうございます!
「脳筋」「非効率」とヴァレンタインにボロカスに言われながらも、娘のために必死に魔石を集めるドレイヴンパパと騎士たち……。
最強の辺境伯騎士団が、1人の女性に振り回される様子はどこかシュールで応援したくなりますね(笑)。
果たして、洞窟の先に待つのはアリスたちの痕跡か、それとも――。
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