28. 【帝国】求める報酬は、異世界への切符
コン、コン――。
ガードルド辺境伯邸、ドレイヴンの書斎に控えめなノックが響いた。
室内には、主の苛烈な怒気に当てられ、石像のように硬直した従者たちが並んでいる。
「御屋形様、魔導士様をお連れしました」
扉の向こうから、団長マグノリアの静かな声が届く。
「……入れ」
重厚な扉が静かに開かれる。
そこには、マグノリアと並んで、漆黒のローブを翻す1人の女性が立っていた。
彼女こそ、帝国でも指折りの禁忌に触れる魔導士――「ヴァレンタイン」である。
「これはこれはご領主様。頑なに領への出入りを拒んでいたというのに。一体、どんな風の吹き回しだい?」
ヴァレンタインは、周囲の緊張などどこ吹く風といった様子で、楽しげに歩を進める。
見目は麗しく、艶然と微笑む……その姿は30代後半といったところだろうか。
だが、辺境伯であり齢55歳を迎えるドレイヴンに対し、その振る舞いはいささか……いや、致命的なほどに無礼であった。
「うるさい! 世間話をしに貴様を呼んだわけではない。そこに座れ、話がある」
「おやおや。久しぶりだというのに、つれないねぇ」
ドレイヴンに顎で促され、ヴァレンタインは優雅にソファへと腰を下ろした。
「で、話ってのは『消えた1人娘』と『その従者』のことかい?」
「貴様ッ! どこでそれを聞いたッ!?」
ドレイヴンが椅子から腰を浮かせ、驚愕の声を上げる。
無理もない。
アリス達の、失踪については厳重な箝口令を敷いているのだ。
ましてや、領外にいたはずの彼女が知る由もない。
ドレイヴンは鋭い視線をマグノリアに向けるが、団長は必死に首を横に振って潔白を証明している。
「人の噂に戸は立てられない。しかも、この私の前ではね」
「そ、それもそうか。ならば……貴様を呼んだ理由もわかっているだろう」
「貴様……ねぇ。ずいぶんな物言いじゃないか。『初恋の相手』に対してさ」
クスクスと、ヴァレンタインが揶揄うように笑う。
「「「えっ!」」」
書斎の空気が一変した。従者たちがざわつき、マグノリアも目を剥いて驚いている。
「きっ、貴様! いきなり何を言ってい……」
「『お姉ちゃんと結婚するんだー』と泣いていた坊主が、今や辺境伯様だ。態度もでかくなるってもんか」
「こ、これ以上、口をひらくのであれば……」
「懐かしいねぇ。一緒にお風呂に入った時、横目で私の体をチラチラと見ていたあの子が――」
「だぁぁぁッ!黙れーー!貴様らっ、出ていけ! 今すぐにだ!!」
顔を真っ赤にし、狼狽えるドレイヴンに怒鳴られ、従者たちは蜘蛛の子を散らすように退室していく。
だが、その中に1人、動かない背中があった。
――騎士団長、マグノリアだ。
「貴様、なぜ残っている……」
「命を賭してお守りすべきご息女であり、部下であるアリスリア殿に関する話です!私が聞かずして誰が聞くというのです」
マグノリアの真っ直ぐな瞳に、ドレイヴンは毒気を抜かれたように息を吐いた。
「……分かった、聞くことを許そう。ただし、ここでの話は他言無用だ。一切、全てな。漏らしたその時は、命はないと思え」
一転して、部屋を刺すような殺気が包み込む。
「はっ! 肝に銘じます!」
静寂が戻った後、ドレイヴンは改めてヴァレンタインに向き直った。
「知っているという事だな。アリスとノーラが消えたことを」
「そうだね」
ヴァレンタインは興味なさそうに、自分の爪を眺めながら答える。
「貴様が『残留魔素を辿れる』という噂を耳にしてな……誠か?」
「あぁ、本当だよ。人は無意識に魔力を垂れ流している。その微量な魔力――少なすぎるから『魔素』だね、それを検知し個人を特定できる魔道具を、私は発明した」
安堵の空気が流れた。これで2人を探せる。
ドレイヴンは期待に胸を膨らませ、机に両手をついて身を乗り出した。
「では! その魔道具でアリスとノーラを探してはくれまいか! 頼む、この通りだッ!!」
その姿は威厳ある辺境伯ではなく、ただの父親だった。
「私からもお願いいたします、ヴァレンタイン殿!」
マグノリアもまた、深く頭を下げた。
「――まぁ、私としてもその魔道具の検証はしたいところだし、やぶさかではないんだがね……」
「なんだ、報酬ならば好きなものを言え! 金か? 土地か? 私に叶えられるものなら何でも応えよう!」
「そんな俗世的なもの興味はないね。私が希望するのは……」
ヴァレンタインの口角が、不敵に吊り上がった。
息を呑む男2人。その静寂を、彼女の冷ややかな声が切り裂く。
「――『異世界』への切符だよ」
お読みいただきありがとうございます!
金も土地も興味なし。魔導士ヴァレンタインが求めたのは、この世の理を超えた「異世界への切符」でした。
アリスたちの失踪と、彼女の野望がどう結びつくのか。
残留魔素を辿るという未知の魔道具を手に、パパたちの決死の捜索作戦が始まろうとしています!
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