25. 止まっていた時計、動き出す明日
茜を放置して攻略を進めるわけにはいかないため、階層主を倒し地上に出る事へ。
悠馬とアリスの連携の前に、階層主は1分と持たなかった。
崩れ落ちる巨躯を尻目に、悠馬は無言で脱出用のポータルを起動する。青白い光が、静まり返った最深部を照らし出した。
「……行くぞ」
悠馬の声に、茜はビクリと肩を揺らした。
彼女はノーラに肩を貸してもらい、辛うじて立っている状態だった。
泣き腫らした顔を隠すように深くうつむき、一言も発さない。
かつての凜々しい管理局員の面影はどこにもなく、そこにはただ、途方もない喪失感に打ちひしがれた少女がいるだけだった。
ポータルを潜り、地上へと帰還する。
だが、今の茜をそのまま管理局へ連れて行くわけにもいかなかった。
悠馬は無言でタクシーを拾うと、3人を連れて滞在先のホテルへと戻った。
ホテルの悠馬の自室。
アリスとノーラは、気を利かせて「私たちは着替えてきます」と自室へ向かった。
2人きりになった室内。茜はソファの端に身を縮め、運ばれてきた温かい茶の湯気をじっと見つめていた。
「……話せるか」
悠馬が問いかけると、茜は震える指でカップを握り、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……幼かったのよ。そうでもしなきゃ、自分が壊れちゃう気がしたの。あんたを恨むことでしか、私は私を保てなかった……」
彼女の告白は、7年間の呪縛を解くための儀式のようだった。
悠馬の動向を探るために管理局に入ったこと。
そして、新人研修の「過去の最悪事例」の中に、姉と悠馬の記録があったこと。
「調べれば調べるほど……絶望的だった。お姉ちゃんと、小栗悠馬。あの二人が揃っていてさえ、起きてしまった悲劇。研修でそのログを読まされるたび、吐き気がしたわ。それと同時にあんたがどれほどの実力者だったかを知るたび、私の中の『仇』が消えていくのが怖かった……」
茜は自嘲気味に笑った。その瞳には、隠しきれない虚しさが滲んでいる。
「認めたくなかったの。認めてしまったら、私のこの絶望が、生きる理由が消えてしまうと思った。だから、あんたが西に向かってくる情報を掴んだとき……チャンスだと思った。殺せないまでも、あんたなら私を殺してくれるんじゃないかって。だから自分への憎悪を煽るために、掲示板にあんな依頼を……」
すべてを吐き出した彼女を、悠馬はただ見つめていた。
そこにいたのは、管理局のエリートでも刺客でもない。姉の面影を追い続けて迷子になった子供だ。
「……茜。死んじゃ駄目だ。当たり前すぎて説得にもならねえが、生きていかなきゃいけねえ。……まだ俺を殺したいなら、好きにしろ。ただ、俺はまだ死ねない。次に殺しに来る時も、俺は全力で迎え撃つし、全力で受け止める。それが、生き残った俺の責任だ」
悠馬の真っ直ぐな言葉に、茜は一瞬驚いたように顔を上げた。
そして、ふっと肩の力を抜く。
その時。――グゥゥ、と。
あまりに場違いな音が、静かな室内に響いた。
悠馬と茜、どちらの腹から鳴ったのか……2人は顔を見合わせ、やがて同時に、小さく噴き出した。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「悠馬お兄さん! 茜さん! 私たち、もう限界です! お腹空きました!」
ドアの向こうから、アリスの元気な声が響く。ノーラも「同じく」と短く付け加えた。
重苦しい空気は、胃袋の要求という抗えない日常によって、呆気なく霧散していった。
「……行くか、飯」
「……殺そうとした相手と? あんた、本当にどうかしてるわよ」
毒づきながらも、茜は立ち上がった。その顔は、ようやく少しだけ血色が戻っていた。
4人がやってきたのは、「釣船茶屋ざ〇お」だった。
店内に巨大な船があり、生簀の魚を自分で釣って食べるという名物店だ。
「わあぁ!悠馬お兄さん、見てください! 魚が泳いでますよ!」
「ノーラ、それは魔法で捕まえるんじゃない。竿で釣るんだぞ。……おい、詠唱を始めるな!」
アリスは初めて見る釣りに大興奮しアホ毛をブンブン振るう、ノーラは「効率を追求します」と指先に氷魔法を宿そうとして悠馬に止められている。
そんな騒がしい3人を、茜は呆然と見つめていた。
「なんなの、この人たち……。本当に上級踏破した探索者なの?」
「気にするな。これが平常運転だ、それに次は特級だ!」
悠馬が差し出した釣竿を、茜は戸惑いながらも受け取った。
やがて、アリスの竿に鯛がかかる。大騒ぎするアリス。それを手伝う悠馬。
不器用ながらも、茜の竿にも鯵がかかった。
ピチピチと跳ねる魚の感触に、彼女は思わず「あっ!」と声を上げ、大急ぎで竿を上げた。
運ばれてきた、さっきまで泳いでいた魚の活き造り。
アリスがそれを頬張り、幸せそうに笑う。アホ毛は過去最大風速に達していた。
そのあまりに純粋で、温かな「今」に、茜の中で張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
「……なんか、あんた達見てたら色々とどうでもよくなったわ。……お姉ちゃんを奪った恨みさえ、馬鹿らしくなってきた」
茜は刺身を口に運ぶと、小さく、だが確かな笑顔を見せた。
その笑顔は、かつて悠馬の隣で笑っていた相棒――花の面影を、驚くほど色濃く残していた。
――翌日。
4回目の踏破を終え、悠馬たちは再び管理局の窓口にいた。
そこに立っていたのは、憑き物が落ちたような、晴れやかな顔をした茜だった。
「実績、確認したわ。上級ダンジョン合計10回踏破……文句なし。これで実績は十分ね。特級ダンジョンの挑戦権を承認するわ」
端末を操作する茜の手つきは、もう迷いがなかった。
アリスとノーラが「やったぁ!」と抱き合い、達成感に肩を震わせる。
3人は探索者章を受け取り、茜に短く礼を言った。
「助かった。……世話になったな」
踵を返して去ろうとする3人の背中に、茜が声を上げた。
「あんた達がどうなるか、管理局員として最後まで見届けてあげる。無様に死んだりしないでよね。……あんたを殺すのは、私なんだから」
悪態。けれど、その声に棘はなかった。
悠馬が振り返ると、窓口の向こうで、茜が最高の笑顔でこちらを見つめていた。
眩しいほどのその表情は、あの日からずっと止まっていた悠馬の時計を、力強く押し進めてくれるようだった。
「ああ。……行ってくる」
管理局の自動ドアが開き、福岡の眩しい太陽が3人を受け入れる。
次なる目的地は、特級ダンジョン。
――悠馬がかつて頓挫し、すべてを失った場所と同じ特級というランク。
けれど今の彼には、背中を預けられる仲間がいる。
――第1章:再起の矢印と霧晴れる迷宮・完。
物語の道標(矢印)は今、再び「真実」へと向かって輝き始めた。
福岡編、大団円です!
シリアスな決着の後の「ざ〇お」での釣り大会。アホ毛全開のアリスと、効率厨のノーラに振り回される悠馬と茜の姿、楽しんでいただけたでしょうか。
止まっていた時計が動き出し、物語はいよいよ「特級」という未知の領域へ。
悠馬がかつて挫折したあの頂に、今度はこの3人で挑みます。
第2章ではアリス達のふるさと【帝国編】も同時にお話を進めていこうと思っております。
明日からスタートの第2章は開幕を記念して、18:00と18:10に2話連続で投稿します!どうぞお楽しみに!
「茜さん、いい笑顔になった!」「三人の旅路をずっと見ていたい!」と思って頂けましたら、ぜひ評価欄(★)とブックマークで応援をよろしくお願いします!




