23. 不純な殺意
管理局福岡支部での、あの苛烈な再会から一夜。
悠馬たちは英気を養うため、当日の攻略は見送っていた。
そして翌朝、決意も新たに再び『灰塵の迷宮』へと足を踏み入れた。
目標は上級踏破の実績、残り4回。1日に2回、計2日間で一気にノルマを達成する強行軍だ。
ダンジョン内の霧は、初日よりも心なしか濃いように感じられた。
湿った空気が肌を撫で、視界を白く塗りつぶす。
だが、悠馬の視界には、その霧を切り裂くように鮮明な【青い矢印】が幾筋も走っていた。
魔物の足音、罠の作動音――それらが届くよりも早く、矢印は「正解」を指し示す。
だが、その中に1つ、妙な動きをするノイズが混じった。
「……右から2、来るぞ」
悠馬の静かな声、いつも付くはずの単位がない事に戸惑いつつも、アリスが大剣を引き抜き、ノーラが投げナイフを構える。
霧の向こうから現れたのは、腐肉を纏った魔物ではなかった。
フルプレートの鎧に身を包んだ戦士と、短剣を構えたスカウト――明らかに、自分たちと同じ「探索者」だった。
「お前が小栗悠馬か。……悪く思うなよ、お前、賞金首なんだわ」
男たちの瞳にあるのは、正義でも憎悪でもない。
ただの、薄汚い金欲だ……アリスが怒りに顔を赤くし、叫ぶ。
「貴方たち、ダンジョンの中で人を襲うなんて……! 探索者としてのプライドはないんですか!」
「ハッ、ダンジョンの中は法もルールもねえんだよ! 死ねば全員、事故死だ!」
男たちが踏み込もうとした瞬間、悠馬の指示が飛ぶ。
「アリス、左の戦士は峰打ちだ。ノーラ、右のスカウトは氷結で手足を封じろ。……殺すな」
「えっ……でも!」
「殺すなと言った。……こいつらの殺意は、殺す価値もないほどに薄っぺらだ」
悠馬は動かない。
ただ、最短の回避軌道だけで短剣を振るう相手を翻弄する。
悠馬の視界にある矢印は、対象が「魔物」か「人間」か、さらにはその「殺意の質」までをも透過していた。
金欲による殺意は、矢印の端が濁り、動きが単調になる。
瞬きする間もなく、アリスの大剣の腹が戦士の鎧を砕き、ノーラの氷がスカウトをダルマ状態にする。
転がった刺客たちを冷たく見下ろし、悠馬は「次だ」とだけ告げて歩き出した。
その日の夜、2回の攻略を終えた3人は、昨日とは別の、少し落ち着いた小料理屋に入っていた。
運ばれてきたのは、脂の乗ったゴマ鯖と、熱々の筑前煮だ。
「悠馬お兄さん、やっぱり管理局に報告すべきですよ。あの刺客、絶対に茜さんの差し金です」
アリスがゴマ鯖を頬張りながら、憤った様子で切り出す。
ノーラもまた、落ち着いた手つきで箸を動かしながら、悠馬に視線を向けた。
「悠馬様、証拠さえあれば、あのような理不尽な妨害を止めさせることも可能かと」
「……無駄だよ。相手は正攻法じゃねえ」
悠馬は筑前煮の蓮根を噛み砕き、淡々と続けた。
「探索者専用の匿名掲示板に、俺の殺害依頼が出てた。あそこは登録時に個人情報をガチガチに抑えられる代わりに、報酬の支払いは絶対っていう闇のシステムだ。依頼主が誰かは隠せても、金が動く仕組みは確実。……刺客はこれからも来るぞ」
「そんな……! 掲示板で人殺しを募集するなんて……」
「ダンジョンは自己責任。法なんて存在しねえ場所で起きたことを外に持ち出すのは、この世界のルール違反だ。それに、報告したところで管理局のデータはあいつの庭だ。もみ消されて終わりさ」
悠馬はゴマ鯖を茶漬けにして流し込む。
茜が管理局の権限を使い、裏のルートで「不慮の事故」を依頼しているのは明白だ。
だが、悠馬はそれすらも「受け入れる」と決めていた。
「俺はあいつから全てを奪った。なら、あいつが俺を殺そうとするのも、俺にとっては『正解』の1つなんだよ」
「……悠馬お兄さん」
翌日、さらに2回の攻略をこなす、周回最終日。
刺客は昨日以上に現れた。
霧の中から放たれた不意打ちの矢、道標を惑わすために設置された偽のトラップ。
だが、そのすべては悠馬の矢印の前に無力だった。
悠馬の指示はますます冴え渡り、アリスとノーラの連携も、もはや言葉を介さずとも成立する域に達していた。
「右、15度。アリス、三段突き。ノーラ、逃げ道を塞げ」
襲いくる刺客たちを「殺さず」に無力化し、三人は着実に実績を積み上げていく。
そして、ついに訪れた4回目の、最後の攻略。
これをクリアすれば、目標としていた実績がすべて揃う。
ダンジョン最深部へ向かう回廊。
これまで以上に重く、粘り気のある霧が立ち込める。
ふと、悠馬の足が止まった。
視界を埋め尽くしていた黄金の矢印が、一箇所に収束し、変色していく。
――真っ赤だ。
視神経を焼くような、鮮血の色をした一本の矢印。
それは金欲でも、依頼でも、義理でもない。
ただただ、「お前を殺す」という、純粋で、逃れようのない、明確な殺意。
「……アリス、ノーラ。ここからは、今までとは違うぞ」
悠馬が腰の短剣に手をかける。
霧の奥から、ゆっくりと近づいてくる足音。
その主が誰であるか――悠馬には、矢印を視るまでもなかった。
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ゴマ鯖に筑前煮……博多の夜を楽しみつつも、裏で動く「殺害依頼」の影。
美食シーンで和ませてからの、ラストの絶望的な緊張感。この温度差こそが本作の醍醐味です!
ついに実績ノルマ最終戦。案内人としての『正解』の先に、救いはあるのか。
福岡編、クライマックスへ突入です!
「ゴマ鯖茶漬けが美味しそう!」「物語がどんどん加速して目が離せない!」と思って頂けましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを頂けると、執筆の大きな励みになります!




