22. 赦されざる再会
翌朝、博多の空はどんよりとした雲に覆われていた。
悠馬たちはホテルの朝食を済ませると、その足で『ダンジョン管理局・福岡支部』へと向かった。
悠馬は建物の重厚な入り口を見上げると、短く息を吐いた。
「さて、行くか」
その言葉に、アリスとノーラが力強く頷く。
ロビーに入ると、空調の効いた静謐な空間が広がっていた。
悠馬は迷いのない足取りで受付へと進み、昨日踏破した『灰塵の迷宮』のログが刻まれた探索者章を提出する。
窓口の局員は、端末に表示されたデータを見て目を見開いた。
「……上級を、この人数、このタイムでですか?初見ですよね、失礼ですが、不正なショートカット等は……」
「そんなもん、あるなら俺が知りたいね。ログを精査すれば分かるはずだ」
悠馬は周囲をそれとなく見渡した。
有村茜。あの日、12歳だった少女は、今や成人している頃だ。
どこかに彼女がいるはずだと身構えていたが、ロビーにその姿はない。
手続きが淡々と進む中、悠馬の心に一瞬の安堵がよぎった。――その時だ。
「……今度は、誰を犠牲にして攻略したのやら」
重く、冷たく、そして刃物のように鋭い声が背後から突き刺さった。
悠馬の背筋が凍りつく――その声は、7年もの間、悪夢の中で何度も繰り返された声色そのものだった。
振り返ると、そこには管理局の制服を凛と着こなした女性が立っていた。
整った容姿、冷徹な理知を感じさせる瞳。
だが、その奥に宿るドス黒い憎悪の色は、あの日悠馬を「人殺し」と罵った12歳の少女の時と、何一つ変わっていなかった。
「……久しぶりだな、茜」
「二度とその口で私の名前を呼ばないで。反吐が出る」
茜は、2年前からこの福岡支部に籍を置いていた。
すべては、この街に現れる可能性がある、姉の仇――小栗悠馬を監視し、その首を掴むためだ。
彼女は悠馬の今回の遠征も、ホテルでの宿泊ログも、すべてを管理局の権限で把握していた。
「まずは……改めて謝らせてくれ。あの日、花を守れなかったのは、俺の力が足りなかったせいだ。本当に申し訳なかった」
悠馬が深く頭を下げる。だが、茜はそれを嘲笑うように一蹴した。
次に彼女の視線は、悠馬の後ろに控えるアリスとノーラへと向けられる。
「あんた達が、今回の『いけにえ』ってわけね。今のうちに逃げなさい。その男は、目的のためなら平気で仲間を捨て石にするわよ。私の姉、花がそうだったようにね」
「――なっ、貴女、何てことを!」
アリスが激昂し、一歩前に出る。
ノーラもまた、鋭い視線で茜を射抜くが、茜はどこ吹く風で冷笑を浮かべたままだ。
「嘘だと思うなら好きにすればいいわ。でも、覚えておきなさい。死ぬ時は、そいつの背中じゃなくて、その手に握られた『短剣』を疑うことね」
茜の言葉に、悠馬は静かに顔を上げた。
昔の自分なら、誤解を解こうと必死に弁明しただろう。
あるいは、何も言わずに逃げ出しただろう――だが、今の悠馬は違った。
「……茜、あんたの言う通りだ。ダンジョンは自己責任だが、花が死んだ責任は俺にある。俺は人殺しだ」
「分かっているなら、今すぐ死になさいよ!」
茜の叫びが、冷たい管理局のロビーに劈くように響いた。
そのあまりに苛烈な言葉に、アリスが耐えきれず一歩前に踏み出す。
「ちょっと、貴女! 言わせておけば……っ! 悠馬お兄さんはそんな人じゃありません! 今の発言、撤回してください!」
「左様です。これ以上愚弄するならば、我らにも考えがあります」
アリスが剣の柄に手をかけ、ノーラがその冷徹な魔力で周囲を威圧する。
二人の怒りは正当なものだった。
自分たちを救い、誰よりも思慮深く導いてくれる男が、理不尽な呪詛を浴びせられているのだから。
だが。
「……いいんだ。やめろ、二人とも」
悠馬が、静かに二人を制した。
その声には、一切の迷いも、自分を卑下するような卑屈さもなかった。
「悠馬お兄さん! でも、こんなの……!」
「言われっぱなしでいいわけがございません!」
「……いいんだ」
悠馬は繰り返した。
そして――真っ直ぐに。あの日と変わらぬ憎悪の瞳で見つめてくる茜へと、静かに顔を上げた。
昔の自分なら、誤解を解こうと必死に弁明しただろう。
あるいは、何も言わずに逃げ出しただろう。――だが、今の悠馬は違った。
「俺は死なないし、死ねない。あんたの憎悪も、大事な人を亡くしてしまったという過去も、すべてを受け入れて生きていくことに決めた。……俺は、この子たちと一緒に、もう一度やり直す」
その宣言は、茜にとって何よりも許しがたい『侮辱』だった。
「やり直す……? あんただけが? 姉さんを殺しておいて、自分だけ新しい仲間と幸せになるっていうの!? ふざけないでよ!!」
茜の叫びが、管理局のロビーに響き渡った。
周囲の同僚たちが、普段優秀で沈着冷静な彼女の豹変ぶりに、息を呑んで凍りつく。
激昂し、顔を真っ赤にして怒鳴りつける茜。
悠馬はその声を背中に受けながら、手続きを終えた探索者章と報酬を受け取った。
「……失礼する」
悠馬は振り返ることなく、局を後にした。
1人取り残された茜は、激しい怒りに肩を震わせ、拳を血が滲むほど固く握りしめていた。
彼女の視界は、怒りと悔しさで真っ赤に染まっている。
「……絶対に、許さない。やり直させなんてしない……」
遠ざかる3人の背中を睨みつけ、彼女は地を這うような低い声で、呪いのように呟いた。
「絶対、殺してやる――小栗 悠馬っ!」
お読みいただきありがとうございます!
「絶対に、許さない」
茜の最後の一言に、復讐者としての底知れない執念を感じていただけたでしょうか。
やり直そうとする悠馬と、それを地獄へ引きずり戻そうとする茜。
かつての相棒の妹との、赦されざる対峙。
実績稼ぎの攻略と並行して、この因縁がどう動くのか……次話も目が離せません。
「茜の執念が怖い……!」「続きが気になりすぎる!」と思って頂けましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを頂けると執筆の大きな力になります!




