20. 未来を指し示す真実の道標
石扉の奥に鎮座していたのは、かつて悠馬の全てを奪い去った絶望の具現――『虚飾の番人』に酷似した魔物だった。
その姿を見た瞬間、悠馬の視界から色が消えた。
――ドクン、と心臓が跳ねる。
脳裏を過るのは、あの日、自分の出した『正解』の先にあった花の死。
そして、有村茜から浴びせられた「お前が殺したんだ」という呪詛。
足が震える。皮鎧に染み付いた返り血が、急激に冷たくなったように感じられた。
「あ……が……っ」
声が出ない。指示を出すべき口は凍りつき、世界を導くはずの『道標』は、起動すらしていない。
目の前の魔物が剣を振り上げる。かつて花を貫いた、あの大剣の軌道と重なる。
悠馬は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
「――悠馬お兄さん、下がって!!」
アリスの鋭い声が、静止した世界を切り裂いた。
彼女は剣の重圧を真正面から受け止め、火花を散らす。
その細い腕が震えながらも、一歩も引かずに悠馬を背に隠し、大剣を振りぬき魔物を退かせる。
「悠馬様……!!」
ノーラは手にした氷の礫を魔物の足元へ叩きつけ、巨大な『氷の壁』を出現させた。
2人は確信していた。
普段、何が起きても気怠げな余裕を崩さないこの男が、ここまで無様に狼狽している。
その理由は、ただ1つしかない。
((これが……昨日、言っていた過去の……花さんという人を奪った魔物))
アリスは剣を握り直し、決意を固める。
ここで自分たち2人だけで敵を屠れば、悠馬の心は永遠に死んでしまう。
ノーラもまた、冷たい瞳で魔物を見据えた。
ここでこの魔物を討つことは、悠馬のトラウマを、今この場で克服させるために必要な通過儀礼なのだと。
「悠馬様!……いえ、小栗悠馬!!いつまで、そうして震えているのですか! 貴方は我らを導く案内人ではなかったのか!」
「ノーラ……っ」
「よく見なさい、その魔物を! 過去に縛られ、今の視界まで曇らせるつもりですか!」
ノーラの叱咤に、悠馬の瞳が微かに揺れた。
アリスは氷の壁の隙間から魔物の猛攻を凌ぎ、必死に声を張り上げ続ける。
「 私は、悠馬お兄さんの正解を信じてここまで来ました! 過去がなんだって言うんですか! 私たちは今、ここに生きて、一緒に戦ってる!!」
アリスの声、ノーラの瞳。
それが、悠馬の脳内に澱んでいた過去の音を、少しずつ押し流していく。
思い出されるのは、呪詛だけではない。
自分を最後まで信じていた、花の真っ直ぐな瞳。新しい命の為に「行って」と笑った、有里朱の笑顔。
彼女たちが守りたかったのは、ここで震え続ける抜け殻の男ではないはずだ。
悠馬の思考が、急速にクリアになっていく。
目の前の魔物を、1人の『案内人』として冷静に観察する。
「……違う」
体躯が一回り小さい。得物も大剣ではなく片手剣だ。
何より、あの日死に物狂いで討伐した『番人』とは、纏っている圧力が違う。
「……あいつじゃない。花を殺したのは、こいつじゃない……!」
悠馬の拳から力が抜けた。
いや、震えが止まり、確かな感覚が戻ってきたのだ。
脳裏に、自分が過去に発した言葉が浮かぶ――。
「……信じろ。この矢印の先に、あんたの求める答えがある」
悠馬は、自分自身に言い聞かせるように、低く、重く呟いた。
失っていた『道標』が、かつてないほど鮮明に世界を貫く。
「俺の答え…………俺を、もう一度やり直す!」
悠馬の瞳から死の冷気が消え、代わりに底知れない『強者』の光が宿った。
「アリス、左へ3歩。ノーラ、氷結魔法で右膝を砕け! 指示を再開する!」
戻ってきた『声』に、アリスとノーラの表情に輝きが戻る。
「はいっ!!」
「承知いたしました、悠馬様!」
もはや、そこにあるのは絶望の再演ではない。
悠馬の指示は神速にして正確。
魔物が剣を振るう前にその軌道を潰し、ノーラの氷が動きを縛り、アリスの剣が装甲を剥いでいく。
「アリス! とどめは同時に行くぞ!」
「了解です!!」
悠馬が地面を蹴る。
アリスが上段から渾身の一撃を振り下ろすと同時に、悠馬は魔物の懐へ、最短距離で潜り込んだ。その手には、刀身を露わにした禍々しい短剣。
「おおおおおおおっ!!」
アリスの剣が骸骨騎士の頸を断ち、悠馬の短剣がその核を正確に貫通した。
パァン、と乾いた音を立てて、魔物の体が魔素へと霧散していく。
静寂が訪れたボス部屋で、悠馬はゆっくりと短剣を鞘に収めた。
両拳の血はまだ乾いていないが、その視線はもう、足元の死骸の山ではなく、その先にあるダンジョンコアを見据えていた。
「……終わったぞ。行くか」
振り返った悠馬の顔には、いつもの気怠げな、だがどこか吹っ切れたような余裕が戻っていた。
オグリ家騎士団は、福岡の灰色の霧を切り裂き、次なる一歩を踏み出した。
お読みいただきありがとうございます!
「私は、悠馬お兄さんの正解を信じてここまで来ました!」
アリスの真っ直ぐな言葉が、凍りついていた悠馬の心を溶かしました。
かつての相棒を失った過去を背負いながらも、今隣にいる二人を信じて戦う。
本当の意味で、この3人は「唯一無二のパーティ」になれたのかもしれません。
「3人の絆が尊すぎる……」「アリスの叫びに泣いた」と思って頂けましたら、ぜひ下の評価欄(★)とブックマークでの応援をよろしくお願いします!




