16. 虚飾の揺り籠
「……あいつは、双剣使いだった」
深夜のフェリー、その甲板に悠馬の低い声が溶ける。
アリスとノーラは、夜の海を見つめる悠馬の横顔を静かに見守っていた。
「2本の刃を、まるで自分の手足みたいに振り回してな。俺の出す『理論上の最適解』に、一秒の遅れもなくついてくる……。あんなに息が合ったのは、後にも先にもあいつだけだった」
「悠馬お兄さんの指示に、寸分の狂いもなく……。よほどの実力者だったのですね」
アリスの言葉に、悠馬は小さく頷いた。
「ああ。……今から思えば、あの時の俺は、独りでいるより2人でいる方が効率がいいと……そう、思い始めていたんだ」
悠馬が目を閉じると、潮風は一瞬にして、あの場所の血の臭いへと変わった。
――2018年。特級ダンジョン『虚飾の揺り籠』。
下層へと続く道中で、2人の男女が魔物の群れを蹂躙していた。
「――花、三時方向。3体、まとめて首を跳ねろ」
「了解です!」
悠馬の鋭い指示が飛ぶ。
その直後、悠馬自身は正面の巨大な岩ゴーレムの懐に潜り込み、その重い一撃を紙一重でかわすと、禍々しい短剣を一閃させた。
力任せではない。急所を的確に、最短距離で断つ。
その荒々しくも精密な戦いぶりは、まさに「狂戦士」の名に相応しい殲滅速度だった。
悠馬は己の身体能力と、視界に描かれる【青い矢印】を同期させ、戦場を支配していた。
もともと連携の確認のために潜った中層だったが、それは完全な杞憂だった。
何年もコンビを組んでいたかのように、不思議と息が合う。
悠馬が口にする「予言」に近いアドバイスを、花は天性の勘と俊敏性で完璧に実行してみせた。
「……ふぅ。悠馬さん、本当に凄いですね」
戦闘の合間、剣の血を振り払いながら花が微笑む。
「あなたの言う通りに動くと、まるで迷宮全体が私の味方をしてくれているみたいです」
「……お前の反応が速いだけだ。無駄口を叩くな」
ぶっきらぼうに返す悠馬だったが、その胸中には、かつてパーティーを組んでいた頃のような心地よい感覚が蘇っていた。
最初は利用してやろうと思い、花と組んだだけだったが、独りで戦うことの限界を、誰かと繋がることで突破できるという確信。
2人はやがて、あの『真実への道』へと辿り着いた。
入り口は左右に分かれ、一度入ればお互いの姿も声も届かない。
「いいか、花。左のルートは通常の攻略通りにいかない箇所がある。3つ目の曲がり角、床のタイルの色が微妙に違う場所だ。そこを、わざと踏んでから左に2歩。そうすれば、重力トラップを無効化できる。……いいな、他はさっき言った通りにやれば大丈夫だ」
「はい。悠馬さんのアドバイス通りに。……信じてますから」
迷いのない瞳と優しい笑顔。
悠馬はわずかに視線を逸らし、短く「……行くぞ」と告げた。
2人は左右の通路へと分かれ、それぞれの迷宮を駆け抜ける。
悠馬は己の力で、花は悠馬が授けた「正解」を武器に。
そして――。
主の間の巨大な扉の前で、2人は再び顔を合わせた。
その手には、それぞれのルートを突破した証である、鍵が握られている。
「――ぴったり、同時ですね」
花が少し誇らしげに笑う。
「……ああ。開けるぞ」
2つの鍵が鍵穴に差し込まれ、同時に回される。
重厚な石の音が響き、主の間への扉がゆっくりと開き始めた。
その先に待つものが、救いなどではないとも知らずに。
お読みいただきありがとうございます!
「悠馬さんのアドバイス通りに。……信じてますから」
花のその純粋な信頼こそが、孤独だった悠馬を救い、そして彼を変えてしまったのかもしれません。
最短ルートのその先に、救いはあったのか。
その核心へと物語は加速していきます。
「花さんの笑顔が眩しすぎる!」「悠馬の過去が切ない……」と思って頂けましたら、ぜひ下の評価欄(★)とブックマークで応援をよろしくお願いします!




