13. 名古屋の王様
名古屋の夜は、黄金の鯱よりも、もっと「脂っこい情熱」に満ちていた。
悠馬が連れてきたのは、派手な看板が目を引く味噌カツの有名店『矢〇とん』。
店の前に着いた瞬間、アリスとノーラが石像のように固まった。
「……ゆ、悠馬お兄さん。あれは……この地区のブタ貴族?いや、オーク……!」
アリスが指差したのは、ふんどしを締め、威風堂々と胸を張る大きな豚の看板だった。
「いや、オークみたいな貴族もいるかもしれんが、あいつは店のキャラクターだ」
「自らが食される種族でありながら、あんなに自信満々に看板を背負うなんて……。何という自虐!」
悠馬が投げやりに答える中、ノーラもまた、厳しい眼差しで看板を分析していた。
「悠馬様、あれは罠です。自らの同族を差し出すことで、油断した人間を胃袋から支配する……。恐ろしい、これが現代日本の兵法……!」
「いいから入れって!」
悠馬に背中を押され、2人は恐る恐る店内に足を踏み入れた。
いつものように悠馬が3人分を注文する、運ばれてきたのは、皿からはみ出さんばかりの巨大な『わらじとんかつ』、目の前でたっぷりと注がれる濃密な味噌だれと、さらりとしたソース。
二種類の「黒い輝き」が、揚げたての衣を塗りつぶしていく。
「……フン。アリスお嬢様、騙されてはいけません。こんな平べったい肉、見た目だけの虚飾に決まっています。本物の肉というものは、もっと厚みがあって……ハムッ」
ノーラが、抗議の言葉を飲み込むように一切れを口に放り込んだ。
その瞬間、ノーラの背筋がピンと伸び、手に持っていた箸が小刻みに震え始める。
「……う、うまっ!?」
「ノーラ!?どうしたのですか、毒……ではないようですね!?私も……はむっ。ん、んんんっ!?」
アリスのアホ毛が、これまでにないほどブンブンと左右にゆれる。
「悠馬お兄さん!この黒いソース……甘くて、濃くて、それでいてお肉の脂を完璧に調和させています!口の中が、お肉のカーニバルです!」
「この美味さをわかってくれたか!うまいよな、名古屋に来たら1回は食っとかねえとな」
悠馬はキャベツを口に運びながら、2人の騒ぎを見守る。
心なしか、悠馬の口元も少しだけ緩んでいた。
次に向かった先は、夜空をゆっくりと回る巨大な光の輪――観覧車だ。
「……空を飛ぶ魔法の馬車、ですか?」
「いや、ただ回るだけの乗り物だ」
ゴンドラに乗り込み、地上を離れる。
上昇するにつれ、名古屋の街明かりが、宝石をひっくり返したように、眼下に広がっていった。
「……綺麗ですね、悠馬お兄さん」
アリスが窓に張り付き、子供のように目を輝かせる。
「あんなに戦ったダンジョンも、上から見れば、ただの街の一部なのですね。平和って、こんなに光っているものだったのですね……」
隣で景色を眺めていたノーラも、静かに頷いた。
「悠馬様……感謝いたします。私たちは、ただ生き延びるために力を振るってきました。しかし、あなたが教えてくれるこの世界は……あまりに甘く、あまりに眩しい」
「……別に、感謝されるようなことじゃねえよ。俺はただ、あんたらを帰すためにやってるだけだ」
悠馬は缶コーヒーを開け、夜景から目を逸らすように一口飲んだ。
この平和な光の先に待つ、九州の暗雲。
有村茜という過去。
だが、今はこのゴンドラの中にある、味噌カツの匂いを微かに残した静かな空気だけを、悠馬は守りたかった。
「見てください悠馬お兄さん!あそこにさっきの豚さんの看板が見えますよ!夜になっても、まだあんなに威張っています!」
「……本当だ。あいつ、ライトアップされてさらに偉そうに……」
悠馬は小さく吹き出した。
「まぁ、あいつは名古屋の王様らしいからな」
観覧車が最高到達点を過ぎ、ゆっくりと地上へ向かって降りていく。
明日にはまた、西へと続くアスファルトの道が待っている。
お読みいただきありがとうございます!
今回は戦いから離れ、観覧車で名古屋の夜景を楽しむ回でした。
異世界の騎士である彼女たちが、現代日本の平和な光を見て漏らした言葉。それを受け止める悠馬の心中……。
賑やかな旅路の中に混じる、ほんの少しの静かな時間を楽しんでいただければ幸いです。
「観覧車のシーンが素敵!」「悠馬の優しさが染みる……」と思って頂けましたら、ぜひ下の評価欄(★)とブックマークで応援をお願いします!




