10. 聖地巡礼と、新しい名前
店内を漂う、暴力的なまでに香ばしい肉の匂い。
アリスとノーラは、運ばれてくる鉄板の音を「戦の予兆」のように感じながら、神妙な面持ちで椅子に腰掛けていた。
極限の空腹と、雷帝との戦いで研ぎ澄まされた神経。
2人の戦士としての感性は、最大限に高められていた。
そこへ、元気な女性店員が3つの大きな肉の塊――「げんこ〇ハンバーグ」を運んできた……まさに拳。
「お待たせいたしました! それでは、こちらでお切りしますね」
その瞬間、店内の空気が凍りついた。
アリスとノーラの視界では、店員の手にある巨大なナイフが、月光を浴びた暗殺者の短剣のように鋭く輝いて見えたのだ。
「……っ、殺気!? 悠馬お兄さん、下がってください!」
「貴方、斬ると宣言しましたね……ならば、腕を落とされても文句は……」
ガタッ、と椅子を蹴るような勢いで立ち上がる2人。
アリスは無意識に腰の大剣を掴もうとし、ノーラの手のひらには極低温の冷気が渦巻き始める。
びびりまくる女性店員。
ナイフを握ったまま石のように固まり、震える声で「え、あ、あの……?」と漏らすのが精一杯だ。
その刹那――。
「ぶっ、ぶはっ……はははは! んひー、ははははは!」
それまで黙ってメニューを見ていた悠馬が、突然、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「はー……やっぱそういう反応か。いいぞ、お前ら最高だわ」
「……悠馬お兄さん!? 笑い事ではありません、この者は刃物を……!」
「落ち着けアリスリア、ノーラもだ。店員さんは暗殺者じゃねえ。……それが、ここの『儀式』なんだよ」
悠馬は涙を拭いながら、震える店員に「ごめんね、ちょっとコスプレの役に入り込みすぎてるんだわ」と適当なフォローを入れつつ、2人をなだめて座らせた。
「よく見ろ。そのナイフは、俺たちを刺すためのもんじゃない。その肉を『完成』させるための聖剣だ。そして、殺気ではなくプロとしての接客力だ……ほら、大人しく紙のシートを持ってろ」
2人は困惑しながらも、悠馬の指示通りに卓上のシートを両手で持ち上げ、盾のように構えた。
再び店員がナイフを入れる。ジュゥゥゥッ! という爆音と共に、弾ける脂と肉汁。
「……おおっ!? なんという、なんという激しい咆哮ですか!」
「この脂……これこそが、悠馬様がおっしゃっていた『暴力的な肉』の洗礼……!」
焼き上げられたハンバーグを口に運んだ瞬間、2人の脳内には、雷帝との死闘すら霞むほどの衝撃が走った。
「……美味しい。悠馬お兄さん、これ、本当に牛なのですか!? ギュウドンを超えて、もはや牛そのものと一体化しているような……!」
「このオニオンソース……魔法の道にも通じる、深く、そして鋭い味わいです。……さすがは神の住まう土地、恐るべしです」
夢中で肉を喰らう2人を見ながら、悠馬も自分の皿を片付けていく。
一息ついたところで、悠馬はふと、ダンジョンでの出来事を思い出し、口を開いた。
「……なあ。さっきのダンジョンの時も思ったんだが」
2人が箸を止め、悠馬を見る。
「お互いの呼び方、そろそろ決めとかねえか? 『お兄さん』とか『様』ってのも、あの感覚共有をやった後じゃ、なんか……むず痒いというか」
アリスは少し頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
「それなら私の事は『アリス』と呼んでください!でも 『悠馬お兄さん』これは変えません!なんだか、家族みたいで……温かいんです。」
その表情は少し暗くも見えた……。
ノーラもまた、眼鏡を押し上げながら頷いた。
「私も同感です。……悠馬様、という呼び名は、私の忠誠の証。そして、あなたが私を『ノーラ』と、個として呼んでくださること。……それ以上に相応しい名前を、私は知りません」
悠馬は照れ隠しに頭を掻き、冷えた水を飲み干した。
「……そうかよ。じゃ、決まりだな。これからもよろしく頼むぜ、アリス、ノーラ」
「はいっ、よろしくお願いします、悠馬お兄さん!」
「御意に、悠馬様」
本当の意味で「パーティ」となった3人の夜は、静岡の賑やかな店内で、穏やかに更けていく。
ただ、どことなく、暗く見える悠馬とアリスの表情……。
その暗雲を切り裂くように、悠馬のスマホが激しく震え始めた。
画面に表示されたのは、管理局の望海からの着信――
「……嫌な予感しかしねえな」
お読みいただきありがとうございます!
美味しい肉を堪能し、呼び名も決めて、ようやく一息……と思った矢先の、望海からの着信。
このタイミングでの連絡は、間違いなく「面倒事」の予感しかしません。
果たして静岡の夜は、このまま穏やかに明けるのか。
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