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大英雄はメイド様  作者: 智慧砂猫
第二部

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第9話「受け継ぐ者」

 ただ待つだけでは、相手にただ回復する機会を与える無駄な行為だ。確実に、何ひとつ失わずに戦おうと言うのなら、自分もそれなりの努力をしなければならない。頭では分かっていたが、それでも勝てるという根拠のない自信が躊躇させていた。


 発破を掛けられて、多少のやる気になったのを見て、シャーリンも満足げにする。彼女ならば絶対に期待に応えられる実力はあるだろう、と徹底的に鍛えてやらなければならないと騎士団長時代の記憶が蘇ってくるようだった。


「言っておくが、ボクは結構厳しいよ」


「えぇ~、可愛い子には優しいんじゃないんですか?」


「事情が加味されれば話は別だ。諦めることだね」


「ちぇっ、仕方ないですねえ」


 ポケットをまさぐり、ナックルダスターを取りだす。


「これ、預けておきますう。お嬢様を伯爵邸まで送ったら──」


 また来ると言いかけて、戻ってきたジョエルに目をやり、言葉は途切れた。顔色があまり良くなく、少し青ざめている。調子が悪いのかと駆け寄ろうとすると、彼女は「大丈夫、ちょっとめまいがしただけだから」と言って首を横に振った。


 深呼吸をして落ち着いてから、ジョエルは自分の歩いた道を振り返り──。


「二人には話しておかないと……。これを見てくれないか」


 出された手の甲。浮かび上がったのは、セレスタンと同じ杖の紋章だった。


「……シャーリン、これってどういうことなんでしょ……」


「なぜ紋章が? まさか神にでも選ばれたのか?」


 魔法陣のど真ん中に立ち、雨が降ったにも関わらず、魔法陣にこびりついて取れなかったセレスタンの血。ジョエルがそれに触れた途端、一筋の光が彼女の手に絡みつき、紋章を浮かび上がらせた。彼が得てきた経験や戦い、感情の記憶と共に。


「伝わってきたんだ、彼の、英雄となってからのこれまでの全てが……。最後に見たものも、私の中にはっきりと……。そのとき、すごく腕が痛くて」


 頭の中を駆け巡る残酷な真実。不意打ちを受けたセレスタンの腕が千切れ飛んだ瞬間が、彼女の腕に痛みとなって再現された。なんとかして森を脱出しようとするも、次第に追い詰められて最終手段を選んだ事。胸を貫かれようとも、最後まで仲間を信じて未来を託し、魔法陣が発動された事。


 最後の言葉までを知り、何とも形容しがたい悲哀と憎悪が湧く。


「……ふう、まあいい。落ち着こう、ここで苛立っても仕方ない。とにかく、ボクの推理では、おそらくセレスタンの持つ能力の全てをそのまま君が引き継いだんだろう。であれば、今の君には魔力が宿り、魔法を使う事ができるはずだ」


 シャーリンは急いで残骸のもとへ戻り、両手剣で一気に吹き飛ばした。せっかく積み上げて片付けたものをなぜと思う中、彼女はその下にあった床を踏み壊す。


「こっちだ、ジョエル。必要だろ、この先にある物が」


 現われた地下室への階段に、オフェリアの顔がぎゅっと不快を示す。


「私の別荘に地下なんてなかったんですけど?」


「今はそんな事言ってる場合じゃないんだよ、オフェリア」


「……あとで理由聞かせてもらいますから」


「はいはい、いくらでも叱られてあげるよ。さ、中を見てきて」


 促されて、ジョエルは地下室へ入っていく。狭い階段を下りた先には、一人分だけ用意された小さな部屋に、机と本棚があるだけ。本棚からは一冊が欠けており、机に孤独に置かれたものがそれだと分かった。古ぼけた表紙のぼろさは、長く読み込んだか、使い込まれた証だ。最初のページをおもむろに開く。


 するり、と一枚の折りたたんだ紙が本の隙間から机を滑った。


「ん? これは……手紙、かな?」


 折りたたまれた紙の最初にはセレスタンの名に加え、『まだ知らぬ誰かへ』と書かれている。長く書かれた文章を丁寧に読んでいく。


『もしこれを読む者がいるならば、俺は命の危機に瀕しているか、あるいは死んでいるだろう。これはいわば、もしものときの備えだ。誰かに宛てるとするのなら、そうだな。きっと、誰かのために役立てる者に違いない。ところで、これを読むのなら、俺が森に描いた、あるひとつの魔法陣を行使した後だと思う』


 最初から分かっていたかのように、セレスタンは本を机の上に置いて地下室を出ていた。合理的に考えて、自分ほど英雄たちの中で弱い存在はいなかったから。シャーリンのような素早い身のこなしはできず、オフェリアのような頑丈な肉体も絶対防御能力も持たない。ヴェロニカの鬼神の如き暴威を振るうほどの破壊力もない。圧倒的な強さを持った者に対する抵抗力があまりにも貧弱。ただの援護役。 


 襲撃を受けたときから身にひしと伝わった悪い予感に、手紙と大切な本を残して彼はこの世を去った。今の自分に出来る事は、ただ一人で抗う事ではなく、未来へ繋がる一手を用意しておくことに違いないと信じて。


「……私に出来るかな、あなたの代わりが」


 手紙を机に置き、再び本に手を伸ばす。ざらついた表紙を撫でた。


『できるさ、お前なら』


 そっと誰かが優しく肩に手を置いたような感触に振り返る。しん、と静まり返った小さな地下室には、もう一人が入れるほどの余裕もなければ、音もなく近寄るのは無理だ。ジョエルは、その手がなんとなく、誰のものであるか想像がつく。


「ふふっ、わかった。頑張ってみるよ、私なりに」

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