回想 剣聖の友人
最初はつまらない反発心からだった。昼食のときに言ったイーラの言葉がどうしても受け入れることができなかった。
「君達は確かに強いけれどそれは新人の技量の域を出ていない。だから、今後の予定を変更するつもりはないよ」
アイン達が三日目の予定をイーラに訪ねたときに言われた。イーラはアイン達の実力を認めていない。いや、認めた上でそのように評価したのだ。この評価にアイン達は不満で、その不満から小さな反発心が生まれた。
その小さな反発心が自分達の命の代償になると思いも寄らなかった。
「さっきも説明したけれど君達が食べた果実には毒がある。最初は下痢に似た症状が起きて、そのうち発熱が起きて徐々に体内の水分を枯渇させてしまう。今は手持ちの水で水分補給ができているけど、体内の水分がなくなったら死んでしまう。手持ちの水が切れる前に解毒を行う必要があるけど、解毒剤は都市に戻らないと手に入らない。手持ちの水の量を考えると夜明けまで持つか判らない」
青年の説明を聞いてイーラは愕然とした。どう考えてもアインを助ける方法がない。このままアインを置き去りにして四人で脱出するのが一番合理的だとイーラは思った。青年もそれを同意見なのかそれ以上何も話さなかった。
「嘘ですよね!」
「医者じゃないのに何でそんなことが判るのですか!」
ドライとツヴァイが悲痛な声を上げる。青年の言葉が受け入れることができずにいた。イーラも青年の話が全て正しいとは思っていない。冒険者組合からの情報を基にして推測しているので完全に正しい訳ではない。だがツヴァイとドライを治した青年の言葉を否定できるだけの根拠が今のイーラ達にはなかった。
もっとそれ以前にイーラ達はもっと重要な選択を迫っていた。ツヴァイとドライは立って歩くのがやっとでアインを運ぶ余裕はない。イーラか青年がアインを運ぶとツヴァイとドライを護衛することができない。そうなるとアインをこの場に置き去りにして四人で脱出するしかない。
アインを見捨てるか、否か。イーラはこの残酷な選択を下さなければならなかった。一人を見捨て他を救うか、全員が共倒れになるか。答えは……
「アインはここに置いて四人で脱出する、明日の朝に俺が救助隊とここに戻る。いいな」
イーラは苦渋の選択をした。このままアインを見捨てる選択をツヴァイとドライに出させる訳にはいかない。ましてや赤の他人の青年に選択を委ねることもできない。この選択は彼らを監督していたイーラの役割であり責任だ。
「「…………」」
イーラの判断にツヴァイとドライは何か言いたそうだがそれは言葉にできない。彼らも判っている。ここでイーラの言葉を否定しても友達を助ける方法がない。友人を助ける力も知恵も自分達は持っていないと痛感していた。
「少しいいかな。まだ、彼を見捨てるのは早いと思う」
今まで沈黙していた青年が急に口を開いた。
「アイン君だっけ、彼を見捨てる選択をする前に俺の話を聞いて欲しい。全員で助かる方法だ」
「そんな方法があるのか?」
イーラは驚きの声を上げながら青年に詰め寄った。
「かなりの覚悟が必要だけど方法はあるよ。それと命の危険もある」
「教えてくれ」
「特に難しいことじゃない。一人が先行して冒険者組合で救助を依頼する。アイン君の症状を正確に伝え救助隊と医師を手配して戻ってくるのさ。幸いなことに食べた果実は判っているから毒の種類や治療法は医者が知っている筈だ」
「だが、いまから向かってもすぐには戻ってこられないぞ。…………まさかっ!」
青年の考えた方法がイーラにも判った。余りも危険な行為にイーラは驚いた。
「救助を呼びに行く以外の四人はここに留まる。つまり『塔』の中で一晩過ごすんだ」
「無茶だ。夜の『塔』は何が起きるか判らないぞ。この洞窟だって安全かどうか判らない」
「そうだね。でもこの洞窟の先は行き止まりだ。一番奥まで行ったけれど魔物はいなかったよ。つまり入り口にさえ気をつけていれば何とかなるかもしれない」
「何とかって。そんな無茶な方法は俺は賛同できない」
「なら、アイン君を見捨ててここを出るのか? 俺は構わないが彼らに友達を見捨てた重荷を背負わせるのか?」
青年はそう言ってツヴァイとドライを見た。二人ともいまの話を何処まで理解しているのかは判らない。だが、アインを気遣う二人は青年の案に一縷の望みにかけていた。友達を失いたくない純粋な思いだ。
「ツヴァイ、ドライ。『塔』の中で一晩過ごすと言うのはどんなことか判っているのか?」
「正直判りません。ですが、アインを一人で残すことはできません」
「僕もツヴァイに賛成です。お二人の様子から簡単なことではないのは判ります。ですが友達を見捨てなくはないです」
イーラの質問にツヴァイとドライは正直に答えた。四人で確実にここを出るか。それとも僅かな可能性を賭けて五人が生き残る道を選ぶか。イーラは再度重い決断を迫られた。
「ふぅっ」
イーラは大きく深呼吸をした。どうするのが一番よい選択なのかを考える。普通に考えればアインを見捨てるのが正しいと思う。だが、見捨てることを躊躇する思いもイーラにはあった。
イーラはもう一度青年を見た。イーラの視線に気づいた青年はイーラを見つめ返し大きく頷いた。青年の中では答えは決まっていた。
「…………判った。ツヴァイとドライはここに残って貰う」
イーラは『塔』の出口に向かって走った。途中で遭遇する魔物は一刀で斬り捨て力の限り走っていた。残してきたアイン達を救うために。そして、自分の代わりに残った青年の思いに報いるために。
「救助を呼びに行くのは俺じゃない。君が行くんだ」
青年はイーラを指さしながらそう伝えた。イーラは青年に救助の要請を頼もうとしたが、青年は自ら危険な役目を申し出た。
「なっ、何を言っている。何故俺が救援を呼びに行くんだ!」
「理由は幾つかあるけれど重要なのは二つ。まず、日暮れまでに出口に行くには俺の腕だと無理だ。ここから一番近い出口にはかなり凶暴な魔物がいる。俺はあいつを単独で倒せる自信がない。それとアイン君を看病する必要がある。救助が来るまで彼を死なせないようにする。一番の適任者は俺だと思う。この二つが大きな理由だ」
「…………」
青年の言うことは理にかなっていた。確実に五人が生き残るための方法を模索し、最適な案を提示した。そして、自ら危険な役目を負うとも宣言した。青年は腹を決めているのかイーラを真っ直ぐ見つめている。言い争うことも無駄だと言う意思すら感じる。
「――判った。その方法でいこう」
青年の決意の固さにイーラが折れた。イーラはバックに最低限の必需品だけを残し、残りは全て青年に渡した。
「これらは自由に使ってくれ」
「ありがとう。大事に使わせて貰うよ」
「それとこれも預ける」
イーラは首から提げていたペンダントを青年に渡した。
「これは?」
「お守りだ。気休めにしかならないと思うがこれを持っていてくれ」
「判った。戻ってくるまで預かっておくよ」
「三人をよろしく頼む」
イーラはそう言い残し洞窟を後にした。一刻も早く彼らを救うために都市に戻っていった。洞窟に残された青年とツヴァイ達はイーラを見送ると洞窟の奥に身を隠すことにした。これから日の出まで生き残る戦いは既に始まっている。
「ありがとうございます」
アインを連れて洞窟の奥に避難し終わるとドライが青年に頭を下げた。
「お礼はまだいいよ。まだ、全員が助かった訳じゃないし」
「でも、アインを見捨てないでくれました。五人全員が助かる方法を提示してくれました」
「ここでアイン君を見捨てるのは後味が悪いと思っただけさ」
「――本当にそれだけの理由ですか?」
青年の言葉にドライは納得しかけたが、逆にツヴァイは不審に思った。後味が悪いと思っただけで命を危険にさらす者がいるのかと疑問に思った。
「『本当だ』っと言いたいけど、確かにそれだけが本心じゃない。自分のためさ」
「自分のため……ですか?」
「冒険者をやっているといろいろなことを体験する。嬉しいことや楽しいこともあるけど辛いことや嫌なこと、理不尽なことも沢山あるのさ。そして、命の危険にさらされるときもある」
「「…………」」
「そんなときに後ろめたいことがあるとこう思ってしまうんだ。『あのときにどうしてあんなことをしたんだろう』って。そう言う思いは生きる力を削いでしまう。逆に『あのときにあれだけのことをしたんだ。だから今回もきっと大丈夫だ』って思えるとちょっとだけ頑張れる。その差が命を落とすか、命を繋ぐかに別れる」
青年は世間話をするような軽い口調で言うが、それはとても大事なことだった。自分の普段の行いは自分が一番理解している。普段の行いに胸を張れる生き方を青年はしていた。それに比べて自分達どうだろう。胸を張れる生き方をしているのかとツヴァイとドライは考えた。
『塔』に挑んだ切っ掛けは些細なことだった。アイン達の親が管理する領地を見て回ったとき、農村で旅人達が暴れていた。そのときの旅人をアイン、ツヴァイ、ドライの三人だけで取り押さえたのだ。相手は五人に対して数で劣る自分達が勝利し、更に負けた相手は冒険者と名乗った。
冒険者は魔物と討伐する屈強な戦士とだと思っていたのに数の劣る自分達が倒せた。そのことがアイン達が自分達の実力を過信させてしまった。村人の助けた誇りを忘れ、自分達の力を過信して増長した結果が今に繋がった。青年の言う胸を張って生き方とは全く違っている。
ツヴァイとドライは自分達の行動に恥ずかしさを覚え、生きて戻れたら今度はこの青年のように生きていきたいと思った。
冒険者組合の出入り口の扉が勢いよく開け放たれた。大きな音が響き、組合内が一瞬で静かになり、皆扉の方に目を向けた。そこには魔物の返り血で全身を汚したイーラの姿があった。イーラは返り血を拭くこともせず、大股で受付の前まで行き大声で叫んだ。
「救援を要請する。『塔』の中に四人が取り残されている。うち一人は毒に犯されている。医者の同伴も頼む」
イーラの声を聞き、ことの重大さを理解した受付の職員達は大慌てで動き始めた。日が沈み冒険者組合は比較的に落ち着いていたが、イーラの言葉で蜂の巣を突いたような騒ぎになった。イーラは詳しい状況を説明するために職員達に取り囲まれ経緯を話した。
状況を理解した職員達はすぐに救助隊の編制、医者と解毒剤の準備を始めた。日は既に落ちているので救助に行くのは夜明け近くになる。勿論イーラも同行する。それまで冒険者組合で待機するのだが、イーラはこんなにも長い一日を経験したことがなかった。普段よりも時間が過ぎるのが遅く感じられ、人生で一番長い一日だった。
翌朝、東の空が僅かに明るくなり始め頃、救助隊は『塔』の前に集まっていた。何人かが松明の代わりに魔鉱石を先端に取り付けた杖を使い周囲を照らしている。救助隊は最終確認を行っており集まった人数は二十人ほどだ。これからイーラの案内で目的の場所に向かうが誰もが緊張した面持ちだった。
階層の場所とこの人数を考えると過剰戦力だがこれから行うのは戦闘ではなく救助だ。『塔』での救助は八割が間に合わずに遺体の回収か遺品の回収になる。しかも、救助するのは一般人三人と冒険者一人。この組み合わせで『塔』を一晩過ごせるとは大半の人は思っていなかった。
「これより、『塔』の内部に入ります。事前に連絡していますが、救助するのは四人です。内一人は毒に犯されていますので、医者と解毒薬を運ぶ人の護衛を最優先にします。無用な戦闘は控えるようにしてください」
救助隊の隊長が事前注意を伝え、異論がないことを確認すると救助隊はそのまま『塔』の中に入った。イーラが先頭に立ち、目的の洞窟まで案内を行う。イーラは走ってでも洞窟に向かいたがったが二次被害を避けるために救助隊と歩調を合わせた。
やや急ぎ足の行進で目的の洞窟を目指した。幸いなことに魔物との遭遇はなく順調に救助隊は洞窟に辿り着くことができた。イーラは洞窟の前に着くと大声で上げてアイン達に呼びかけようとしたが、不快な匂いに言葉が詰まった。
「これは血の匂い!」
イーラの代わりに隊長がその匂いの正体を口にした。隊長の言葉に一気に隊員達に緊張が走った。イーラの話では彼らは避難に近い状況だ。そんな彼らが進んで戦闘を行う筈はない。考えられるのは魔物が彼らを見つけこの洞窟に入ったことになる。
夜行性の魔物なら今は洞窟で眠っている可能性があり、イーラはそれを瞬時に悟り声を出すのを止めた。隊長もそれに気が付き同じようにこれ以上声を出すのは止めた。隊長は想定していた警戒内容に基づき、実力者数人とイーラは連れて洞窟に入ることにした。
洞窟の奥から漂う血の匂いがイーラ達の不安を仰ぎ立てる。イーラは最悪の結果になっていないことを祈りながら一歩一歩前に進んだ。
「意外と早かったね」
洞窟の奥から声が響いた。それは青年の声だった。
「無事だったのか!」
「無事とは言えないけれど。まだ全員生きているよ」
イーラが思わず聞き返すと青年の声が返ってきた。イーラは嬉しさの余り警戒するのを忘れ洞窟の奥へいくと一匹の虎の魔物が横たわっていた。
「こいつは……」
「もう、死んでいるよ。夜中にこいつが襲ってきたときはさすがに死を覚悟したけど、何とかしのいだよ」
虎の魔物の奥には青年とアイン達がいた。アインは苦しそうに横たわっているがまだ生きていた。
「感動の再会はあとにしてすぐにアイン君を医者に診せてくれ。それとツヴァイ君とドライ君もかなり消耗している。彼らに水と食料を与えてくれ」
青年の言葉にイーラは大きく頷き、外に待機している医者を呼びに戻った。
「よく、生きていたな」
医者や救助隊がアイン達の面倒をみている中、イーラは虎の魔物を見ながら呟いた。
「運が良かった。狭い洞窟だったからこいつも思うように動けずにいた。それにツヴァイとドライの援護もあった」
「あいつらの援護? 戦える状態じゃなかった筈だが……」
「二人で弓を引いたのさ。ツヴァイ君が支えてドライ君が狙いを定めた。運良くその矢が急所に当たって怯んだ隙に心臓に剣を突き刺したのさ」
「ツヴァイとドライも頑張ったんだな」
「アイン君も救助がくるまで頑張ったよ。生きて『塔』から出られる。彼らはもう立派な冒険者だよ」
「あいつらにとって最高の褒め言葉だな」
「将来有望な新人が出現だな」
「……………………そう言えば一つ聞き忘れてことがあった」
「何だい?」
「君の名前だ。自己紹介していなかったよな」
「…………そうだったね。俺はツヴァイ達が君の名前を呼んでいたから知っていたから気が付かなかった」
「何だよそれ」
「じゃあ、始めましてって言うのも変だけど俺の名前はエデモス・ダンテ」
「俺の名前はイーラ・エーデ。よろしくなエデモス」
「よろしく、イーラ」
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設定などは変えずに誤字脱字と文章の校正を修正しています。




