回想 剣聖と青年
(思ったよりも実力がある。だが……)
アイン達と顔合わせした翌日。イーラ達は予定通り『塔』を探索していた。低階層を回る比較的安全な探索だが魔物との遭遇は避けられない。今も馬の魔物と遭遇し戦闘が行われていた。
鋭い牙を持つ馬
馬と同じ体躯だが歯は肉食獣のように鋭く気性の荒い魔物だ。だが、鋭い牙さえ気を付ければ普通の馬と余り代わらない。この魔物をアイン達が相手をしていた。
槍を使うアイン、細剣を使うツヴァイ、弓を使うドライ。近、中、遠距離とバランスの取れた三人の攻撃は確実に魔物を弱らせ難なく討伐することができた。駆け出しの冒険者と比べると確かに頭一つ飛び抜けた実力であった。
しかし、所詮はその程度。彼らの実力では中階層に挑むのは危険であった。イーラは当初の予定通り中階層に行くときは護衛をつけることを決めた。
「なぁ、なぁ、なぁ、今日の討伐バッチリだったよな」
「落ち着きな、アイン。確かに僕とアインの連携は完璧だった。ドライの援護も的確だった」
「そうだね、思っていたよりも魔物が弱かったから何とかなったね」
「だよなぁ、今日だけでも魔物を十体近く討伐できたし、俺ら強くね。これなら中階層も楽勝だろう」
「気が早いよ。でも、確かにアインの言うとおりだ。明後日にもう一度僕達の実力をイーラさんに見せつけよう!」
「ツヴァイの意見に僕も賛成だよ。アインもそうでしょう?」
「もちろんだぜ」
(最悪だ!)
イーラはアインの容態を確認して血の気が引いた。アインは先ほどから腹痛を訴え、立ち上がることもできずにいた。ツヴァイとドライはアインほど症状が酷くはないが立っているのも辛そうだ。イーラはこのままここにいても仕方ないのでアインを担いで移動することにした。
二回目の『塔』の探索で問題が発生した。予定通りの階層に訪れイーラ達は探索に勤しんでいた。この階層では魔鉱石が採取できるのでその場所に四人は向かっていた。異変が起きたのは昼食を食べて暫く経過したときだった。目的地の洞窟までもう少しというところでアインが急に腹を下し始めた。最初は昼食が傷んでいたのかと思ったが違った。
アインに続き、ツヴァイとドライも体調不良を訴え始めた。イーラ達が昼食に食べた物は全員同じ物だ。もし、昼食に問題があるなら少なくともイーラにも何かしらの異変があるのにそれがない。なのにアイン達が体調不良になるのは何かあると思い、イーラは彼らを問いただした。すると最悪の答えが返ってきた。
アイン達は『塔』に自生していた果実を食べていたのだ。昼食を食べた場所にその果実は実っていた。イーラは果実を持ち帰るのは許可したが食べることは禁止した。だが、アイン達は果実の甘い香りに誘われ、イーラに隠れて食べてしまった。
『塔』の中に生息する植物は薬草や回復薬の材料になる物もある。ごく稀だが食用に適した果実も存在する。しかし、それは素人に見分けられる物ではない。毒性を持つ植物が多く自生している。冒険者はそのことを知っており、『塔』に自生している植物は持ち帰ることはあってもその場では決して食べない。イーラもそのことはアイン達には伝え注意もした。しかし、アイン達はそれを破り果実を食べてしまった。
話を聞いたイーラは思わず彼らを殴りそうになったが病人に手を上げる訳にはいかず、彼らの身の安全を優先することにした。このままここにいては魔物に襲われる可能性があった。目的地の洞窟まではあと少しで辿り着くのでイーラはひとまずそこに行くことを決めた。一番症状が重いアインをイーラが背負い、ツヴァイとドライはイーラの後ろを追った。
「熱が出てきたな。このままだとまずい」
洞窟にたどり着いたイーラはアイン達の手当を始めた。アインの容態は相変わらず酷く、ツヴァイとドライも何とかここまで歩いたが、洞窟に辿り着くと倒れてしまった。イーラは持っていた薬草や回復薬をアイン達に飲ませ、何とかして彼らを助けようとしたが効果はなかった。
イーラは一人ではこれ以上彼らの回復させることはできない。アイン達が自力で回復するしかないと途方にくれていたとき、洞窟の奥から何かが近づいてくる気配を感じた。
「誰だ!」
イーラは剣を構えながら大声を上げた。イーラの声に反応し、返事があれば人間だが返事がなければ魔物だ。病人を守りながら戦えるか不安だったがそれは杞憂に終わった。
「待ってくれ、俺は冒険者だ!」
洞窟の奥から人の声が返ってきた。どうやら同じ冒険者のようでイーラは構えを解いた。返事から暫くすると洞窟の奥から一人の青年が姿を見せた。黒髪、黒目の男性で身長は平均よりもやや小さい。年齢はイーラと同じか少し年下の青年だった。
「驚かせたみたいすまない。俺も君達と同じ冒険者だ」
そう言って青年は冒険者証を見せてきた。冒険者のルールに則りイーラも自分の冒険者証を青年に見せながら先ほどの態度を謝罪した。
「剣を向けて失礼した。病人がいるので少し気が立っていた」
「病人? こんなところに病人を連れてきたの? 気でも触れたのか?」
青年は不思議そうにイーラに訪ねた。病人を連れて『塔』に挑む冒険者はいないし、体調が万全でないときに『塔』に挑む冒険者もいない。命の危機がある場所にそんな状態で来る者は自殺希望者かと思われても仕方がなかった。
「ここに来て体調を崩してしまったのだ。実は……」
イーラはアイン達がしたことを青年に話した。身内の恥を晒すようで恥ずかしい気持ちはあった。監督者としてアイン達の行動を制することができなかった不甲斐ない者と思われたかもしれない。だが、このままでは事態が好転することはないので包み隠さず全てを話した。
青年はイーラの話を真面目に聞き、話が終わったところでイーラを励ました。
「大変だったね。それで彼らの容態はどうなの? 果実は吐き出したの?」
「熱も出てきて容態は悪くなる一方だ。特にそこの子が酷い。果実は消化してしまったのか吐き出せていない」
「そう、ならどんな果実を食べたの? これと同じ物?」
青年はそう言うと魔導鞄から一房の果実を取り出した。コケモモに似た形で葡萄のような色をした果実だ。
「それだ! その果実と同じ物を食べたんだ!」
「この果実を食べたのか……ちょっとやっかいだな」
「知っているのかこの果実のことを」
「知っているよ。普通の果物と同じで甘い香りがして食べても甘酸っぱいんだけど、強い毒を持っているんだ。普通の毒は苦かったり、渋かったりするのだけどこの果実は違う。でも、治療する方法は知っているから安心して」
青年はそう言うと果実を魔導鞄にしまい込むと今度は白い粉と水筒をだした。
「この粉は虫下しの薬だ」
「虫下し?」
「そう、虫下しの薬の成分がこの果実の毒を中和するんだ。水に溶かして彼らに飲ませよう」
青年は手際よく水筒に虫下しを入れたかき混ぜた。虫下しを混ぜた水を青年はイーラとともにアイン達に飲ませた。虫下しの薬は苦いのかアイン達はなかなか飲もうとしないが青年は強引に口を開け水を飲ませた。
「苦いけれど我慢して。これを飲めば良くなるから」
少しきつめの青年の言葉にアイン達は戸惑ったが青年の言葉を信じ水を飲み込んだ。
「これで大丈夫なのか?」
「暫く様子を見る必要があるけれど……多分大丈夫だと思う。彼らは何か持病とか持っていないよね」
「持病があるとは聞いていないが何か心配事でもあるのか?」
「さっきも言ったけど彼らが食べた果実は強い毒性があるんだ。体力がない人や病人が食べると良くないんだ。それと少量ならさっきの虫下しで何とかなるけれど沢山食べるとその分毒が多くなるから危険なんだよ」
「沢山食べると危険か……」
アイン達がどれくらいの量を食べたかはイーラは把握していない。アイン達が体調を崩したときはそれどころではなかった。どの程度食べたか聞こうにもアイン達はいまだ聞ける状態ではなかった。
「そんなに心配しないで。彼らも若いからきっと大丈夫だよ。もう少ししたらきっと良くなる!」
「気を遣ってくれてありがとう」
青年の優しい気遣いにイーラは救われた。もし、この青年に会うことができずにいたらきっとアイン達はもっと危険な状態になっていただろう。
「それにしてもよく毒の治療法を知っていたな」
「治療って程のことじゃないよ……ただの応急処置だよ」
「そうなのか? 解毒方法を知っていたじゃないか?」
「母親の友人が薬師なんだ。母親が仕事でいないときはその薬師の人に面倒を見て貰っていたんだ。たから少し毒に詳しいだけだよ。それと組合からの情報は確認しているし」
「俺は植物には疎いからそう言った情報は聞き流してしまう……」
「そうなんだ。俺は魔物の特性を覚えるのが苦手だな」
「誰にだって得手、不得手があるんだな」
イーラと青年は他愛のない雑談をしてアイン達の回復を待った。ただの時間潰しの雑談だったが不思議と青年との話は楽しかった。親や兄弟、パーティーの仲間達とも違い不思議と馬が合った。
「これは良くないね」
「…………」
青年の言葉にイーラは返す言葉がなかった。虫下しをアイン達に飲ませて暫く経つとツヴァイとドライが無事に回復した。本調子までとは行かないが普通に話ができるまで回復することができた。イーラはツヴァイとドライからもう一度果実を食べたときのことを聞いた。
ツヴァイとドライの話では最初はイーラに言われた通り食べるつもりはなかった。だが、アインが度胸試しで食べてみると言い始め、二人もそれに賛同してしまった。最初は一口食べて吐き出そうと思っていたが、果実が思った以上に美味しくそのまま食べてしまったと告白した。
「僕とツヴァイは二、三個食べただけですが……」
「アインは何個も食べていました。移動中も見つからないようにこっそり食べていました」
いまだ症状が回復しないアインは苦しそうに横たわっている。過剰に果実を食べてしまい虫下しの薬よりも毒の量が上回っているせいだ。二人から事情を聞いたイーラは本当に呆れてしまった。話を一緒に聞いていた青年もアイン達の軽率な行動に驚いていた。
「恥を承知で伺います。アインは助かるのですか?」
ドライは思い詰めたように青年に尋ねた。この中で一番毒について詳しいのはこの青年しかいないからだ。
「正直に言うとかなり厳しい。君たちは少量だったから虫下しで治療することができた。でもいまの話を聞くと彼はかなりの量を食べている。正直手持ちの薬草や解毒薬では賄いきれない」
ドライの質問に青年は苦しそうに答えた。この場ではもうこれ以上打つ手がないのだ。
「それと彼の心配も必要だけど、そろそろ決断しないといけない時間だ」
青年はそう言って洞窟の外を見た。洞窟の外は入る前と違い、赤い光が差し込み始めていた。この光は『塔』の内部では夕方を示す光で、夜が間近に迫っている。夜の『塔』は危険で満ちている。夜行性の魔物が活発化し、それらと暗闇の中で戦闘するのは至難だった。冒険者にとって赤い光は『塔』から撤収する合図でもあった。
「決断ってどう言うことですか?」
「誰を助けて。誰を見捨てるか。そう言った命の取捨選択だよ」
ドライの質問に青年は冷たく答えた。
「ここから一番近い出口でも歩いていくには時間的にギリギリだ。魔物も徘徊しているから俺と彼は倒れている子を担ぐことはできない。君たち二人で倒れている子を運んで欲しいけれどそれも無理だ」
ツヴァイとドライは話をできる程度まで回復したが、誰かを担ぎながら移動することは不可能だ。誰の手も借りずに歩けるのも怪しいくらいだ。
「――それと追い打ちをかけるようで申し訳ないけど、倒れている子は夜明けまでに適切な処置をしないと命に関わる」
青年の重い言葉にイーラ達の顔色は一瞬で蒼白になった。
一話か二話で終わる話かと思っていましたが意外と長く続きました。
次回で終わる予定です。
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