回想 賢者の干渉
なかなかいいサブタイトルが思いつかず投稿が遅れました。
これは以前投稿した「賢者の過去」を修正した話です。
そんなワケで新章です。
許さない。許さない。許さない。
「さて、お前さんの今後についてじゃが、ワシに協力して貰うぞ。もちろん嫌だとは言わせん。何せワシは命の恩人じゃからな。その恩人の願いを無下にするでないぞ」
ウォールドは上機嫌にそう言うが目の前の男はそれどころではなかった。友人に裏切られた怒りと四肢をなくしたことによる絶望感が心を支配していた。ウォールドの言葉は全く男の耳に届いていない。心の中とは裏腹に瞳はどこか人形のように光を失っていた。
目の前に横たわる男を見て自身はいかに幸福だったかウォールドは身にしみて感じていた。自分も人に裏切られてこの『迷宮』に来ることになったが、それでも目の前の男よりは遥かにマシだった。五年間も他者がいない世界は孤独だったが五体満足ではあった。強烈に孤独を感じることになったが、それは二年以上もここを脱出せず探索に明け暮れていたので自分の責任でもあった。
昔から興味を持ったことに没頭するこの性格は長所ではなく短所だったのかもしれないと今更ながらウォールドは思い返していた。
ウォールドは商家の三人兄妹の次男として産まれた。五つ年が離れた兄エーピルと二つ年が離れた妹シェリーがいる。代々布地や皮といった衣類関連の素材を扱う商人の家系で、家業を手伝うために幼少の頃から文字や算術を学んでいた。親は兄と自分と妹を分け隔てなく育ててくれた。兄も妹も自分と同じ様に学び、家を手伝い生きてきた。
小さい頃から身体を動かすことよりも本を読み、知らない物事に興味を持っていた。知らないことを知るための勉学は幼いウォールドにとって苦痛ではなく、遊びの延長のような楽しいことだった。
そんなウォールドに転機が訪れたのは彼が十歳のときだった。兄のエーピルが家業を継ぐと宣言したときだった。この国では十五歳になると周りからは成人として扱われる。エーピルはそれを期に家業を継ぐと宣言したのだ。
十歳のウォールドと八歳のシェリーには家業を一緒に行うか、それとも別の道を進むかを聞いてきた。シェリーはまだ年が幼かったためすぐには決められなかったが、ウォールドは選択をした。
学園に行きたいと。
この国にはセルセタと言う街があり、そこは貴族や比較裕福な家庭の子供達が通い様々な物事を教えてくる学園があった。学園には通うことができれば、様々な物事に興味を持つウォールドは思っていた。お金の勘定や商品の善し悪しよりも、硬貨の作り方や使われている鉱物の性質。商品の使用用途やそこから作り出される物ななど、ウォールドはそう言った知識に興味があったのだ。
しかし、学園に通うにはここから離れ、セルセタの街に行く必要がある。金銭的には問題はないが親元を離れる必要があるため両親は難色を示していた。しかし、兄のエーピルは賛成してくれた。元々自分の弟が商売よりも知識を求めていたことを知っており、今後の弟の将来に役立つと思い両親の説得を協力してくれた。
今、思い返しても兄には本当に感謝していた。あのときエーピルが賛成してくれなかったら自分の人生はどの様になっていただろ。少なくとも今より充実していたとはウォールドには思えなかった。
そして、翌年。ウォールドが十二歳のときに家族の元を離れて学園に入学した。
学園での日々はウォールドを大いに満たしてくれた。学園都市と言うだけあってセルセタには様々な本や知識があった。判らないことや疑問に思ったことは講師から学び、時には自分で調べて知識を増やしていった。充実した時期だったと今も思う。そして、そんなウォールドが在学中に一番のめり込んだのは魔術だった。
魔術。
自然界にある魔素を用いて様々な現象をおこす術。火水風土光闇を操り通常では考えられない事象を発生させることができる。
幸いなことにウォールドには魔術師としての適性があった。魔素を感知しすることができたウォールドは学園で様々な魔術を寝食も忘れて学んだ。自分から興味を持ったこともあるが、何より自分を学園に入学させてくれた兄エーピルに誇れる人間に成りたかった。
学園に入学してから六年の月日が経過したときにウォールドは学園から去った。学園を卒業するには四回の試験を合格する必要があり、毎年一度しか受けることができない。学園を卒業するには最低でも四年間は学園に通う必要があった。
ウォールドは毎年の試験には合格しており、四年目できちんと卒業していた。残りの二年はウォールドは学園で講師の手伝いや学園からの依頼などを行い金銭を貯めていた。学園の修了する際にウォールドは次の目標を決めていたからだ。
『塔』のある都市に行きたかったのだ。
大都市アルカリス
この都市には雲よりも高く、地上からは頂上の姿を見ることはできない『塔』が存在していた。『塔』の中には様々生物や物質が存在し、『塔』の中は別世界と言っても過言ではなかった。ウォールドは『塔』のことを学園に在籍していたときに知った。いや、実家にいたときから『塔』のことを知っていた。だが、実際はどんな場所で何があるかは知らなかった。
四度目の試験を無事に終えたウォールドは実家に帰るかこのままセルセタに残るか悩んでいたとき一冊の論文に触れた。その論文には『塔』についての詳細が書かれていた。当時のウォールドは『塔』の認識は珍しい鉱物や魔物が徘徊する場所でしかないと思っていた。だが、その認識は間違いだった。
ウォールドが読んだ論文には『塔』はこの世界に存在はしているが、その中の世界は別世界と書かれていた。この世界と似て非なる理が存在し、それが幾つもの階層によって成り立っている。『塔』の内と外は違う世界であるため生態系なども異なっていると書かれていた。
論文の読み終えたときにウォールドは生きていた中で一番興奮していた。気が付けば塔の情報を集め、次の目的地をアルカリスに行くと決めていた。本来なら卒業しらすぐに行くつもだった。だが『塔』のことや大都市アルカリスの情報を集めていくうちに様々な準備が必要なことも判った。
塔に入るには冒険者になる必要があり、冒険者には一定の戦闘技術が求められる。学園で魔術を学んでいたウォールドは単純な戦闘技術は問題はなかった。しかし、魔術は基本的に中、長距離に適しており近接戦闘は不向きだ。
冒険者同士のでパーティーを組み、後方支援としてやっていけば学園を修了した直後でも何とかなっていたと思うが、ウォールドは自由に『塔』の中を探索したかったため敢えて単独で『塔』に挑むことにした。単独で挑むのであれば必要最低限の護身術や接近戦の技術が必要になるので学園で働きながら学ぶことにしたのだ。
学園は学問の他にも武術も教えていた。国の騎士を目指す学生も通っているからだ。ウォールドは学生時代は武術を選択しなかったため、武術はまったくの素人だった。学園で働くことを条件に武術の講習を受けられるよう学園と交渉し、学園側も講師の手伝いや雑用をこなしてくれるウォールドを重宝した。僅だが給金も支払ってくれた。
ウォールドは約二年間の働きながら、『塔』に入るための準備を進めていった。学園から支払われる給金や副職で得たお金を使い装備一式と当面の生活費を貯めた。全ての準備が終わったウォールドは六年間生活していた学園に別れを告げ大都市アルカリスに向かった。
学園を去って大都市アルカリスに辿り着いたウォールドの生活は一変した。ウォールドは都市に着くと早速、冒険者登録を行った。
冒険者。
何時の頃から『塔』に挑む人をそのように呼称していた。冒険者になるには冒険者組合に登録する必要があった。冒険者組合は国から『塔』の管理を委託しており、『塔』の中に入手した魔物の素材や鉱物の買い取り、冒険者への依頼などを主な仕事としている。また、『塔』の内部で起きた犯罪行為についても冒険者組合が厳しく取り締まりをしていた。
この冒険者組合がない時代は『塔』の中は冒険者の無法地帯になっていた。最も酷い時期は強盗や殺人が日常茶飯事になっており、まさに弱肉強食がルールだった。そのため、冒険者になる人は年々減少し国内は無論、国外でも問題になっていた。
『塔』の中で採取できる魔鉱石は一番安い鉱石でも十分に需要があり国内外でも重宝していた。冒険者が少なくなると鉱石が全く流通しなく、僅かに活動していた冒険者達は悪徳商人と結託し魔鉱石を自分達で独占し値段を上げていた。
冒険者と商人の癒着は国内外でかなり問題になった。自分達の生活に関わってくることなので真剣にこの問題を解決するため、各国の援助で冒険者組合が設立された。冒険者組合は国から『塔』の管理を委託されたので犯罪行為を取り締まり、殺人や窃盗を行う冒険者を厳しく取り締まった。この取り締まりのおかげで『塔』内部のでの犯罪行為が激減し、冒険者の数もまた増えていった。
こうして設立された冒険者組合は『塔』で採掘されて魔鉱石や魔物の素材を適正価格で買い取ることも行い始め、冒険者組合は今の組織になったのだ。
ウォールドは学園にいたときに資料を思い出しながら冒険者組合に足を踏み入れた。ウォールドは問題なく冒険者登録を行えた。噂に聞いていた先輩冒険者から絡まれることも因縁をつけられることなく、あっさりと冒険者になった。ウォールドは冒険者組合から薦められた安い宿を拠点にして『塔』に挑んだ。
『塔』の内部は正に別世界だった。ウォールドが『塔』に興味を抱く切っ掛けとなった論文に書いてあるとおりだった。ウォールドは子供が遊び場に行くように感覚で『塔』に挑んだ。もっともウォールドは他の冒険者とは違い『塔』を攻略する意欲はなく、自分が興味を抱いたことに情熱を注いだ。
自由気ままに『塔』の中を探索し、時には失敗して大怪我を負うこともあったが、ウォールドは決して後悔だけはしなかった。全ての行動は自分の責任であると割り切って行動していた。他人からの助言などは受けるが、行動を干渉されることは決してなかった。また、その逆も決してなかった。
そんなウォールドだが人との付き合いは決して希薄ではなかった。単独で『塔』に挑むのでそう思われがちだがむしろ商人の家系だったため、人間関係は大事にしていた。ひいきにしている道具屋や武器屋の相談にのったり、冒険者組合や同期の冒険者とは情報を交換も行っていた。極希だが目的が一致するときは他の冒険者とパーティーを組むこともあった。
冒険者になって数十年経過してもその日常は決して変わることはなかった。『迷宮』に来るまでのウォールドの日常は穏やかとは言えないが、自由でやり甲斐のある日常だった。
そんな日常を送っていたウォールドが『迷宮』では出会った男には全く逆のことをしていた。自分から他人の行動に干渉し協力するように願い出た。それほどまでに『迷宮』での生活は過酷であったのか。それとも孤独感からきたものかは判らない。だが、ウォールドから男に干渉してきたのは事実だった。
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