大都市アルカリス 仙才賢者
更新が二週間遅れました。楽しみにしていた方には申し訳ありません。
言い訳としては仕事が忙しかった事と夏バテです。
ようやく体調が戻りましたのでこれからはいつも通り、日曜日の夜から月曜日の朝の間で更新できるようにします。
「この身体強化の魔術を編み出した俺の師匠は...術を開発した魔術師は長年の経験と力量からそれらを可能にした。」
その言葉を聞いてフェリスは感激に震えた。うすうすは予想していたが身体強化の魔術はトリスが開発したのではなくトリスの師であるウォールド、つまりフェリスの大伯父が開発したのだ。しかも二十年以上も世間と隔離された場所でウォールドは一人で新たな魔術を開発していた。
フェリスは去年まで学園都市セルセタで最新の魔術を修学していた。学園都市セルセタで学んだ魔術は確かに最新の魔術と言うこともあって素晴らしかった。だが、新しい魔術の開発については二十年前から何も変わっていなかった。
二十年以上も前に開発された魔術をいかに効率を良くするか、どうやって威力を高めるか、これらが主軸とされ新しい魔術やそれに付随する理論は皆無だった。当時のフェリスはそれが当たり前だと思い、新しい魔術の構築よりも既存の魔術の覚えることとそれを進展させるかが主となっていた。
それはそれで必要なことであり、大切なことではあったが新しい魔術へのアプローチが全くなかったのは今にして思えば愚行だった。魔術師は魔術を使うだけではない。既存の魔術を理解しそれを高め、新しい魔術を生みだすのが魔術師の在り方であった。その一端をおろそかにしていた。そんな自分に比べウォールドは常に邁進していた。
一般人による魔素の感知と身体強化の魔術。この二つだけでも今の魔術の水準を大きく上回る代物だ。二十年以上も前に行方不明になり、死んだとされていた賢者ウォールド。だが、実際は脱出が不可能な『迷宮』に閉じ込められていただけで一年近く前まで生きていた。そして、『迷宮』に閉じ込められながらも懸命に生き、新しい魔術を生みだしていた。
幼い頃から憧れを抱いていた大伯父の偉大さを目の当たりにしてフェリスは目頭が熱くなった。大声を上げて自分の大伯父を自慢したかった。しかし、それはトリスから口外する事を禁止されていた。そのことを口外してしまったら自分やトリスだけでなく実家に多大な迷惑を被る可能性がるからだ。
ウォールドが行方不明になった直後、祖母や母など親族たちは悲惨な思いをした。ようやく静かな暮らしを取り戻したのにまた、ウィールドの遺産を欲する者達が騒ぎ立てるのはフェリスも望んではいないのでトリスの指示に従っていた。
だが、この事実を他の魔術師が知ったらどう思うか。隣でトリスの話を真剣に聞いているナルがもしこの事を知ったらどんな顔をするだろうか。
フェリスはそんな野暮なことを思いながらトリスの話を聞き入った。
「師匠の話では水や風との性質が合えば比較的に簡単に出来ると言っていた。適性がない俺には真偽のほどは判らないが試してみる価値はあると思う。」
「トリスさんは水や風、土の魔術で洗濯したり、お風呂を作ったりしたのに適性はないのですか?」
『塔』でトリスは適正のない魔術を使っていたことをナルは疑問に思い訪ねた。
「ああ、簡単な魔術なら出来るが、適性がないから元素の構成が理解できない。風の魔術で飛び上がる時の勢いを増すことや降下する時の衝撃を和らげる程度なら使えるが、風の特性と土の特性を持っていた師匠は風と土に干渉して、空中に浮かんでいた。魔術理論の論文や魔術の術式があればよかったが師匠はそれについては書き残していない。」
「魔術理論? 魔術の術式?」
聞きなれない言葉が出てきたのでジョセフが首をかしげ、幼なじみの無知さに呆れながらナルが判り易く説明した。
「魔術を使うための手順や方法の事だよ。簡単に言えば料理のレシピと一緒だよ。発見や開発した人が他人に伝えるために作成する物で、ちゃんとした料理のレシピだとパンを作る時の材料の小麦粉や水、塩の分量。材料を混ぜる順番や混ぜ方や材料が発酵するまでの時間。釜の温度や焼く時間を事細かく書くでしょ。魔術の場合も新しい発見があればそれを論文にまとめる。新しい魔術ならそれを発動させる術式を書いて人に伝えるんだよ。」
「なんか面倒だな。トリスさんのように判りやすく教えてくれないのか?」
「こ、この馬鹿チンが! トリスさんが異常なの、普通の魔術師はこんなに親切丁寧に魔術は教えてくれないの。そもそも魔術師は自分で魔術の構築や修練をする者で人から教えてもらうのは初心者だけなの。仮に教わるときも概要と構成だけで実演も踏まえて教えてくれることはないの。トリスさんはあんたの頭でも理解できるようにわざわざ実演を踏まえて講義してくれているの!」
「わかった、わかった。だから、首を絞めるなぁ!」
ジョセフの余りにも無知な言葉にナルは激高した。ジョセフが急いで謝罪するが時すでに遅し、興奮したナルの勢いは止まることはなく、トリスの講義が親切で素晴らしいかを熱弁した。
「熱弁はそのくらいにしてそろそろ本題に戻ろう。」
ナルの熱弁が一頻り終えたところでトリスはナルを制し、クレア達を集めた本当の理由を話し始めた。
「何度も言ったが身体強化の魔術を使えば武器の貴賎はなくなる。裏を返せば今の武器に固執する必要はない。今の武器が自分に合っているかもう一度考えるといい。特にクレア、フェリス、ヴァン、ジョセフ、エル、ナルはまだ冒険者になって日が浅い。じっくり考え直すのもいい機会だ。今の武器に執着するのもいいが自分の可能性を広げてみて欲しい。」
「自分の可能性を広げる...」
エルは小さく呟きながら自分の両手を見た。トリスが話したことが自分に向けられたように思え、エルの心に刻まれた。
「それともう一つ。今すぐに見つける必要はないが、自分に合った属性を見つけることが今後は重要になってくる。第三段階の『付与』まで習得したら、第四段階の『変化』の習得になる。その時に自分に合った属性が判っていると習得が容易になる。」
「どうやって自分に合った属性を見つければいいの?」
「人それぞれ見つけ方は違っているが共通していることがある。それはその属性に強い関心があるかだ。」
「関心? どんなふうにだい?」
「決まりごとはない。『泳ぐのが好きだ。』とか『山登りが好きだ。』とかそれくらいのことでもいい。『火を見るのが楽しい』、『風にあたると心が落ち着く』とかでもいい。重要なのはそれらの事を意識した時に体内の魔素の循環がいつもと違っていることを感じとれればいいのさ。」
クレアや朔夜のに答えながらトリスは説明を続けた。
「それと冒険中に危険なことに遭遇した時にもこれは当てはまる。極限状態の時ほど属性との親和性が高まることが多々ある。そう言った場面に陥った時は落ち着いて自分の周囲を感じとることだ。もし、それで何かを感じ取れたらそれを忘れないことだ。」
「だからこのタイミングで『変化』までを教えたのかい? 今後の冒険者活動でそんな状況になった時に機会を逃さないために。」
「そうだ。朔夜の言うとおり、効率的に術を修得するために最適なはずだ。少し先のことだったが嫌か?」
「嫌ななはずはないさ。こう言った効率重視はむしろ大歓迎さ。」
朔夜は笑顔でそう答え、朔夜の態度にトリス満足しながら『変化』の説明を終わらせることにした。
「以上で『変化』の説明は終わるが何か質問はあるか?」
誰一人それ以上質問することはなかった。それよりも早く今説明された事を試してみたくウズウズしていた。トリスは苦笑しながら最後の段階について話し始めた。
「最後の第五段階の『掌握』についてだが、現段階では説明は省く。理由としてはまだ第二段階の『制御』が完全に出来ていない状態で説明しても余計な混乱を招くだけだからな。」
「概要だけでも教えてもらえないのですか?」
「とっても気になります!」
「ここまで説明して最後まで話さないのは申し訳ないと思うが我慢してくれ。最後の第五段階の『掌握』は他とは違って危険が伴う。だから内容を説明して下手に手を出すと取り返しのつかない事態になるかもしれない。『制御』をマスターするまでは我慢してほしい。」
フェリスとナルは魔術師らしく魔術について詳しく知りたいとトリスに懇願するがトリスはそれ以上は教えるつもりはなかった。トリスの口に堅さにおわずけを命令された犬のように切ない表情をする魔術師の二人。少しだけ気の毒に感じトリスは前々から計画していたことを実行することにした。
「そんな顔をするな。代わりにいいところに連れて行ってやる。」
「いいところですか?」
「どんな場所ですか?」
「『塔』さ。前々から行こうと思っていた場所におまえ達も連れて行ってやる。当然危険を伴う場所だから連れて行くには条件があるが...」
「どんな条件? 私たちも連れて行ってくれるの?」
トリスがフェリスとナルを慰めているとクレアが急に会話に割り込んできた。魔術の話には興味はなかったが『塔』と言う言葉が出た途端クレア達も一斉にトリスの話に耳を傾け、連れて行く『条件』や自分たちも連れて行ってもらえるのか気になったようだ。
「条件は『制御』を使って自分の中に魔素の循環を抑えることだ。それができた者なら誰でも連れて行く。」
「抑える? 強めるのじゃなくて抑えるのかい?」
トリスの意図が掴めない朔夜が訪ねた。
「抑えるんだ。体内にある魔素の循環を抑えると魔物から見つかり難くなるからな。」
「そうなのかい?」
「魔物の大半は獲物を探す時は本能的に強い魔素に引かれる傾向がある。魔物にとって魔素は重要な栄養素であるからその性質によるものだ。目的の場所までは魔物との遭遇は控えておきたいから魔素の循環を抑え、魔物から発見されないようにする。魔素の循環を抑えるのは七日もあれば出来るはずだ。『塔』に行くのは次の新月の日、半月後だから一緒に行きたい者はそれまでに覚えてくれ。」
トリスがそう説明すると朔夜を含め皆が納得し、早速魔素の循環を抑える特訓に取りかかった。
「ダグラスどうする。一緒に行くなら冒険者登録が必要になるから付き合うがどうする?」
ここにいる者で唯一冒険者でないダグラスに同行するかトリスは訪ねた。ダグラスは皆と違い既に『制御』はある程度取得し、体内の魔素を抑える術も身につけていた。
「私は残ります。私は冒険者ではありませんし、『塔』にもあまり興味がありません。トリスさんに雇われた警備として家の留守をお預かりします。」
「そうか。頼んだぞ。」
トリスの誘いをダグラスは断り、自分の業務に専念することを宣言した。自分の業務に忠実なダグラスを雇ったことは正解だったとトリスは再認識した。
「それにしてもトリスさんの師匠はすごいですね。まさに賢者の所業です。」
「師匠は興味をもったことに対する貪欲さがあった。それを解決するだけの才能、仙才があったよ。」
「このことが世間に広まれば一般人が魔素の感知が出来るようになり、魔術師が多く増えます。魔術師にならなくても身体強化の魔術とも共に世間に普及するれば、いろいろな面でも利用できますから世界が大きく動きますよ。」
「ああ、だが問題も出てくる。魔術を使った犯罪や事件が多く出てくる。それに対応する法の整備や衛兵の教育、訓練が必要になってくる。」
「確かに面倒なことが起こりますね。」
「それに一般人が魔術を使えるようになるのを快く思わない者がいるしな。」
『魔術師至上主義』
魔術師は神から与えられた特別な才能を持つ人種であり、扱える者達は神から選ばれた存在だと信じる者達が掲げる思想である。彼らは公には公開されていないが団体としても活動しており、魔術師の多くはこの団体に在籍している。
フェリスとナルは在籍はしていないが、冒険者の魔術師にも在籍している者は大勢いる。彼らの多くは表には出さないが魔術が使えない一般人を軽視し、魔術が扱えない者は自分たちに奉仕する者だと考えている。
実際に冒険者のパーティーでも魔術師は重宝される傾向があり、それによるトラブルが多発している。魔術師であることを鼻にかけ他者を見下すような者の大概は魔術師至上主義で、そう言った者達が少なからずいるせいで『塔』の攻略が遅れるこのが多々あった。
「彼らに知られると無用なトラブルが起きる可能性があるからこのことは暫くは口外しないようにする。クレア達には教える見返りとして他者に言わないように約束しているから漏れる心配はない。仮に漏れたとしても偶然出来るようになったと押し通すしかない。」
「それで納得しますか。」
「納得するさ。泳ぎの訓練のように誰でも出来ると知ったらそれこそ彼らのアイデンティティがなくなるから必死で隠すさ。怖いのは口封じのために暗殺されることだ。」
「暗殺! 彼らはそこまでするのですか?」
「漏れた相手にもよるが、今のところはまだ大丈夫だからまだ警戒はしなくていい。警戒が必要になるのはクレア達次第だ。あいつらが身体強化の魔術を覚え『塔』で活躍するようになれば疑問に思う者は出てくるはずだ。」
トリスはそう言うと訓練に励むクレア達に目を向けた。クレア達は熱心に身体強化の魔術を取得しようと躍起になっていた。そんなクレア達が『魔術師至上主義』の者に目をつけられたらどうなるか。トリスは心配するそぶりはしているが、その目に悲壮や懸念といったものはなく、獲物を待ち構える狩人のように鋭い眼差しであった。
誤字脱字が多いので文章校正チェックなどを導入するようにしました。
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