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迷宮の底で復讐を誓う  作者: 村上 優司
拘う者としての時間
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大都市アルカリス 失踪真意

モンテゴ・ルフェナンには妻のメルスと長男のアルモス、長女のベルセールがいる。長男のアルモスはモンテゴの後継者として幼い頃から冒険者として教育され、その甲斐があって最小年でC階級(ランク)となり、若手ナンバーワンとして注目されていた。


四つ歳の離れた妹のベルセールは小さい頃は身体が弱く、外で遊ぶこともままならなかった。冒険者としてはやっていくのは難しいとされていたが十二歳の時に魔術師としての才能が開花した。それ以降は病弱な身体も健康体まで回復し、いまは魔術師として父や兄と同じ冒険者として活動していた。


夫と子供達が冒険者として大成しているなかで妻であるメルスは冒険者ではなかった。このアルカリスでは夫婦の片方が冒険者だった場合、伴侶も冒険者かそれに関連する職業の者が多い、しかしメルスはそう言った職業に就いていたわけではなかった。実績が何もない彼女だが妻として夫のモンテゴをよく支え、奉仕活動なども時折行い良妻として世間で認知されていた。


そんな女性がリューグナーのリーダーの妻にふさわしいかと度々俗世の話題になる時がある。主婦の井戸端会議や男たちの酒の席での他愛のない話だがメルスはどうしても目立ってしまう。このアルカリスで冒険者仲間(パーティー)のトップであるリューグナーのリーダー、モンテゴの伴侶が実績も才能もない彼女が相応しいのかと。


持たざる者が持つ者への嫉妬と羨望からくる話である。そして、その話の結果はいつも『メルスはモンテゴの伴侶にふさわしい』との結論で終わることが殆どであった。




メルスは旧姓をエーデと言い、エーデ家はこの国の建国時から武門の家系として国に尽くしてきた。祖父は退役する前は近衞騎士の隊長として活躍し、父親は現職で将軍を務めている。三人いる兄のうち二人も騎士団に所属して多くの武功を獲得していた。


建国時から武門の家として恥じないエーデ家の息女。その肩書きを持つメルスは家柄、血筋に至って申し分のない人物だった。そして、メルスの最後の兄も偉大であった。いまは亡きリューグナーの創設者であり、剣聖の二つ名を持つイーラ・エーデ。彼はメルスの実兄だったのだ。


偉大なる剣聖の妹であるメルスに言い寄ってくる男は数多くいた。メルスを介して剣聖に取り入ってもらうと考える男達からのアプローチは日常的に続き、賭けの対象になるほど当時は盛り上がっていた。そんな中、彼女が伴侶として選んだのは全くの無名だったモンテゴだった。


モンテゴはリューグナーに属してはいたがメルスと深い仲とは誰も知らなかった。当時のモンテゴは色恋よりも冒険者として高見を目指し、女性との交流は二の次三の次だった。そのため、結婚の話は余りにも突然のことで兄であったイーラも驚くほどであった。


モンテゴとメルスが結婚するとリューグナーは大きく頭角を現し始めた。一目は置かれていたがトップクラスには届いていなかったリューグナーだが、モンテゴがイーラの義弟になり、イーラーに助言するようになった。その助言は的確でイーラや主力メンバーの実力が十二分に発揮でき、リューグナーの地位を押し上げていった。イーラの剣の腕とモンテゴの知略。この二つが合わさった事でリューグナーはトップの地位まで登りつめたのだ。


当時のことを詳しく知らない者にとってメルスの決断は素晴らしいものであった。彼女が選んだ伴侶はまさに的確で、二人が親族になったことによりリューグナーが発展した。兄であるイーラを助け、夫の才能を見出した女性として世間は彼女を評価し、自身の実績や才能がなくても夫や兄に尽くし聡明な女性として都市に知れ渡った。


それが事実と違っていたとしても娯楽が好きな市民にとっては悦のある話題であった。




男は床に頭をこすり付けながら自身の主の言葉を待った。約一年をかけて調査した報告書とそれに関わる品を主に渡し、その裁決を待っていた。男の主は真剣に報告書の内容に目を通し、虚偽や見落としがないからじっくり確認した。


「この報告書に間違いはないのね。」


男の報告書を読み終えた主は静かに男に訪ねた。艶のある女性の声で淡々とした口調だった。


「はい。間違いありません。そこに書かれている事に嘘や偽りはございません。証拠が不十分で確定出来ない所はありますが虚偽は一切していません。」

「そっ、ならいいわ。調査が不十分な所はあなたの技量が不足として判断するわ。」


口調こそ丁寧だが主の言葉は男を脅迫されているような錯覚に落とされてしまう。生きた心地がしない。だが、それは仕方のないことだ。男は一年前にこの女主の怒りをかってしまったのだから。




男はうだつの上がらない町医者だった。腕は悪くはなかったが金遣いが荒く特に賭博と女で失敗していた。十年前に多大な借金を抱えるまでにいたり、借金を返さないと犯罪者奴隷になるところだった。


奴隷と言ってもいろいろあり、労働のために雇われた一般奴隷や契約によって従属する契約奴隷などがある。これらは法や契約によって人権が守られているため、食事と寝床は保証され命を奪われる心配はない。決められた労働が終るか、契約が完了したときに奴隷は元の市民に戻ることができるのだ。


だが、犯罪者奴隷は違う。罪の重さによって様々な制約はつくが共通していえることは人権が皆無だと言える。軽度な罪の場合は犯罪者奴隷ではなく、契約奴隷にされ決められた労働を行い賠償金を自分で稼ぐことによって罰が免除される。それに対して犯罪者奴隷のほとんどは重い罪を犯した者達だ。


男は医者であったために借金を返す代わりに、治療や検診などを行い借金を見逃してもらっていた。だが借金を何度も踏み倒していたために信用が底をつき、犯罪者奴隷になる手前まできていた。そんな時に助けだしてくれたのが女主だった。


女主が借金を肩代わりし、何とか犯罪者奴隷を免れた男は女主の手足となって働くことになった。女主の指示で一度このアルカリスから離れ、港街サリーシャに行き、ある娼館で専属の医者として働くように指示された。


基本的な業務に対して女主は口を出さない。店の娼婦と遊ぼうが賭博をしようが特に文句は言わなかった。しかし、ある娼婦に関しては毎月、必ず詳細な報告を送るように指示された。娼婦の名はレイラ。金髪の美しい娼婦でどことなく気品のある女性だ。


男は女主に指示された通り、レイラと娘のクレアについて詳細な報告を毎月送っていた。レイラについては体調の状態や日々の売り上げ、借金の状況など事細かく報告し、娘のクレアに関しては日々の成長や将来の目標などについて報告した。


女主はその報告に毎回満足し、一定の金額を男に送ってきた。娼館で医者として働いた給料と女主からの報酬で男の生活は潤っていた。賭博に関しては以前の失敗から遠慮はしていたが女遊びについては前以上に盛んになっていた。


娼館の医者をしているので娼婦達から声をかけられる事が多々ある。娼婦達は自分の病気の他に家族の病気についても男に相談した。娼婦達は大体は金に困っている者が多く、家族を医者に診せる金などない。その点男に身体を預ければただ同然の金額で診てもらうことが出来る。男の医者としてのは腕は確かなので手遅れでない患者は順調に回復し娼婦達からも信頼を得ることが出来た。


こうして男の生活は一変し、嘘のように充実した生活をおくれるようになった。しかし、それは突然終わりを告げた。


一年半前に女主からレイラのことについて指示があった。レイラの借金がもう少しで完済する。それと同時に返済期間も同時に迫っているのでなんとしても借金の完済を妨害するように指示が来た。いままでも女主の指示でレイラの借金を完済させないよう妨害してきた。稼ぎがよかった翌月はレイラに病気の懸念があるといってわざと休ませ、借金の返済をさせないように裏工作をしてきた。


しかし、今回は指示はいままでと違っていた。どんな手段を使っても借金の完済はさせないように念入りに指示がきた。男はその指示に従い、体調不良を起こすようレイラに毒を盛った。命に関わるような毒ではないが確実にレイラは体調を悪くし、借金の完済が出来なくなるはずだった。だが、事態は男の予想を大きく外した。


その頃、サリーシャで暴れていた暴漢達がある旅人に倒された。男は直接見たわけではないが暴漢達は娼館の主であるデリに雇われレイラの家に向かったが逆に返り討ちにあったのだ。そして、あろうことかレイラの借金をその男が肩代わりしてレイラと一緒に姿を消してしまったのだ。


このことを聞いた男は焦り、急いで女主がいるアルカリスに向かってしまった。本来であれば、レイラを探しだし動向を監視するのがもっとも適した対応だった。しかし、あまりの出来事に軽い混乱状態になった男はサリーシャの街を離れてしまった。これは大きな失敗だった。


男がアルカリスに戻り女主に事の真相を話すと、女主は烈火の如く怒鳴り男を叱責した。男は何とか許しを乞うとした。しかし、女主はただでは許さずある条件をだしてきた。その条件がレイラの捜索だった。既に行方が判らなくなってしまったレイラを探し出しその所在を明らかにしろと命令したのだ。


男はその命令を受け入れ、この一年間、女主からの命令を素直に遂行した。国中を歩き回り、レイラの行方を捜したのだ。




「もう一度確認するけど、この報告書に間違いはないのね。」

「は、はい。」


再度、主からの質問に男は顔を伏せたまま答えた。男が主に渡した報告書はこの一年間男が調べ上げた内容が記載してあった。報告書にはレイラとその子供であるクレアが死亡したと記載していた。


レイラとクレアはサリーシャを出た後に商業都市ダリスに向かった。借金を肩代わりした男が新たな事業を立ち上げるためにダリスに向かい、レイラとクレアはそれに付き添った。レイラとクレアの容姿は目立つため途中の村や町で目撃情報があり、確かに男と行動をともにしていた。


だがある村までレイラとクレアの情報が掴めていたが途中からその形跡が無くなった。男は周辺の村や町を回ったところ、ある村で命を落としたとの情報があった。途中の村で似た容姿の母娘と男が目撃され、その母娘と男は野営をしている時に狼に襲われ命を落とした。


母娘と男の遺体は損傷が激しく発見した旅人がその場で火葬し、残された遺品は数点あったので近くの村の村長に預けた。男はその情報を頼りに村長に話を聞くと確かにそのような事件があった。男は母娘の知り合いで探していたことを村長に告げ遺品を受け取る事ができた。遺品と言って大した物はなく、唯一身元が判るのは使い込まれ櫛があり、『フレイヤ』と名前が彫られていた。


レイラと名前が異なる名が掘られていた櫛だったため、男は念のために彼女達を探しに文字通り国中を歩き回った。些細な見落としがないか丹念に調べ、一点の不確定な情報はあるがそのこともふまえて女主に報告書を提出した。



「判ったわ。あなたの働きは評価します。十日ほど休暇を与えるので休養しなさい。これは今回の報酬です。」


先ほど質問から長い沈黙の後に女主はそう言うと小さな皮袋を男に差し出した。男は顔を上げて恐る恐る皮袋を受け取った。皮袋は小さいながら確かな重みがあったがそれよりも女主人が許してくれた事の方が男には嬉しかった。男は女主にお礼を言い礼儀正しく部屋を出て行った。


男が出て行った後、女主はもう一度古ぼけた櫛を見た。使い込まれたせいか歯の部分が何本か欠損しているが、派手な作りでは無いが丁寧に作られた品だった。


女主はこの櫛に見覚えがあった。二十年以上になるが自分が毛嫌いしていた女の持ち物だった。自分の兄の妻であり、義姉のフレイヤの持ち物で間違いなかった。


「死んだ。フレイヤがとうとう死んだわ。しかも娘ともども狼の餌になるなんて。予想していたよりも

なんて惨めな最後なんでしょう。」


女主……メルスの口元は緩み笑い声が漏れ始めた。メルスにとって義姉にあたるフレイヤとクレアの死は彼女にとって大いなる喜びであった。


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