漁村リズ 静穏な男
梅雨入りですね。
コロナの所為で梅雨なのにマスクしている人が多くて不思議な感じです。
「私が野盗達のところまで案内します。」
ミナトはそう言いトリスとヴァンを野盗達の所に案内を買って出た。
ミナトの話では囚らわれている女性が他にも何人かいるようだ。ミナトはその中で一番体力があったので野盗達が寝ている隙をついてここまで逃げて来たが疲労により力尽き倒れてしまった。
他の囚らわれた女性達の事も気になってはいた。だが助けを呼びに行くのが先決と考え脱出を優先したが、心の中では置き去りにしてきた後ろめたさがあると話した。
ヴァンはミナトの話を聞いて少し頭に血が上っていた。リズの村では幸いなことに女性が攫われることは無かったが、他の村では何人か攫われたことは聞いていた。ミナトの話を聞いてそれが真実だと知った時にヴァンの腹の中には言いようもない感情が渦巻いた。
「トリスさん、他の人も助けに行きましょう。ミナトさんに案内をしてもらい早く他の女性も助け出しましょう。ミナトさんは僕が守りますから。」
ヴァンはこのまま引き返すのではなく、進むことを強くトリスに意見した。だが、トリスはミナトを村へ送るのを優先させたいようで中々首を縦に降らなかった。だが、熱心にトリスを説得するヴァンの熱意に折れた。
「......判った先へ進もう。」
トリスはミナトの提案を受け入れ、三人で洞窟の奥に進むことにした。
洞窟に入った時とは違い案内役のミナトを先頭にし、次にミナトの護衛にヴァンが続き、トリスが最後尾についた。暗闇の中を女性を先頭に歩かせるのは危険なために光石英の欠片を幾つか持って行くことにした。
壁から削った光石英は手に持っても熱くなく、少量でもランタンや松明よりも明るいので洞窟を進むのは問題なく歩けた。
明かりで照らされて初めて気が付いたがこの洞窟は人工的に作られた物では無く、自然に出来た洞窟のようだ。意図的に作られた訳では無いのに別れ道や行き止まりがあったりして天然の迷宮に近かった。こんな場所をよく灯りを持たずに進んで行ったとヴァンは改めてトリスの異質に驚き、トリスの援助が受けられる事は僥倖だと思った。
ミナトの案内で洞窟をかなりの距離をトリス達は進んだ。ミナトの案内はかなりしっかりして途中で迷ったりすること無く進むことができた。
「この先です。ここから先を真っ直ぐ進むと高い崖があります。そこまで行けば野盗達のいる場所とは眼と鼻の先です。」
ミナトはそう言うと急かすようにトリスとヴァンを目的の場所まで案内した。先程ミナトと出会った場所と同じく、この場所にも光石英が豊富にあり周囲は昼間の様に明るかった。
「ここです。この崖の上に野盗達がいます。」
トリス達の目の前には人の背丈の数倍はある崖があった。この崖を素手で登るのは流石に骨が折れる。だが、壁際には崖の上からロープが垂れ、ロープのある場所を注意深く見ると足場のような凹凸があり、登りやすくなっていた。
「あのロープを使って登り降りします。私も逃げて来るときに使いました。」
「トリスさん、早速登りましょう。」
「私はここから先は足手まといになるのでここで待っています。」
ヴァンとミナトそう言うがトリスは返事もせず、動きもしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。トリスは暫くそのまま虚空を見つめているとポツリと無関係な言葉を呟いた。
「間違ってはいないようだ。」
「トリスさん? 何を言っているのですか?」
「ああ、すまん。少し調べていた。」
「調べる? 何をですか?」
「ここの事を調べていたんだ。それよりもそこのロープ使うな。崖に登る途中でロープが切られるぞ。」
「!?」
「それと崖からもう少し離れた方がいい。油壺等を投げられて火を付けられたら大変だ。」
「ト、トリスさん。どう言うことですか?」
「野盗達に待ち伏せされている。前と後ろにいるから注意しろ。」
トリスはそう言うとミナトに敵を見るような鋭い視線を送った。ヴァンはトリスの言っていることが判らず、トリスと同じようにミナトに視線を送った。
「チッ。」
いきなりミナトが舌打ちした。今までの殊勝な態度とは裏腹にその態度は横柄だった。
「ミナトさん?」
「せっかくここまで誘き寄せたのに。いつから気が付いたんだい。」
ミナトはゆっくり歩きながらトリスとヴァンから距離をとった。急なミナトの態度の変化にヴァンは驚いていたがトリスは慌てた様子も驚いた様子もなかった。
「四十二。いや、お前もいれて四十三か。随分多いな。」
「四十三...... あんた、何で判った!」
トリスの呟いた言葉にミナトは驚きながら敵意をトリスに向けた。だが、トリスはミナトの問いに何も答えず魔導鞄から自分の武器とヴァンの武器を取り出した。
「ヴァン、敵がいるぞ。前の崖の上に三十人、うち五人は弓を持っている。後ろの物陰に十三人いる。弓は持っていない。剣と斧で武装している。」
トリスはそう言いながらヴァンに槍を渡し、ヴァンは受け取った槍を構えた。
「クソが、何で判った。お前たち出てきな。バレているから隠れても意味がない。」
ミナトがそう言うとと崖の上には野盗達が現れた。崖の上だけでなく、トリスの言うとおり後ろの物陰からも野盗が出てきた。ヴァンは直ぐに野盗の人数と武器を確認するとトリスの言った通りにだった。
「ト、トリスさん。どうして敵の人数と武器が判ったんですか?」
「敵が目の前にいるのにこっちの情報を話せるか。」
ヴァンの質問に若干呆れながらトリスは答えた。質問したヴァンもトリスの正論に納得し、己の軽率な質問を恥じた。
「かなりの切れ者だね。あたいの事も気付いていたし、何者だいあんた。」
「切れ者? 気が付く? お前は何を言っている。俺が切れ者なわけないだろ。当たり前に用心していただけだ。それに気が付くも何もお前は最初から信用していなかった。敵だと思ったから最初に連れだそうとしたんだ。」
「トリスさんが最初にミナトを村に送ると言ったのは嘘だったんですか?」
「ああ、不自然じゃないように外に連れ出して色々聞き出すつもりだった。あの場所だと痛め付けて聞き出しても仲間が来る可能性があったからな。結局俺の目論みは外れた。」
トリスがミナトを村に送ると言ったのは親切心でも同情でもなかった。ミナトを最初から敵と認識していたから情報を聞き出す為だった。
この事を聞いたヴァンはトリスの不可解な行動に納得し、同時に恐ろしいと思った。ヴァンはトリスに言われるまでミナトの事を本当に囚らわれていた村人だと思っていた。それなのにトリスは騙される事なく冷静に対処していた。
「あたいの演技に気付くなんて、領主の討伐隊は騙されたのに。」
「それはよっぽど間抜けなだけだったんだろう。俺から言わせれば何であんな演技をしているのか不思議だった。バレバレの嘘だったから逆に警戒していたくらいだ。」
「なにぃ!」
「逃げ出した女なのにどうして靴を履いている? 足枷は何故していない? 女を囚らえたなら逃げ出さないように足を拘束するだろう。こんな洞窟なら靴を履かないだけでも逃げ出す事は出来なくなる。それに男の慰み者になっているなら服の乱れがないのも変だ。男の臭いもしないし髪や指先も綺麗なままだ。ほかにもまだあるが聞きたいか? 陳腐な演技の欠点を。」
トリスは呆れながらミナトの演技を指摘するとミナトは顔を真っ赤にして激昂した。下手な挑発よりも効いたようだ。
「ここまでコケされたのは久しぶりだ。ここから生きて帰れると思うなよ。」
「つくづく頭が残念だな。勝算があるからここに来たんだ。そっちこそ数で来るような暴挙はするなよ直ぐに死ぬぞ。」
「五月蝿い! お前達、その男を殺せ!」
ミナトがそう言うとトリス達の後ろにいた野盗が一斉に襲いかかった。ヴァンは直ぐに槍を構えて応戦しようとした。だが、襲い掛かった野盗の十人がトリス達に襲いかかる前に転倒した。
転倒した野盗は立ち上がろうとはせずにその場で全く動かなくなった。どうして野盗達が倒れたのか誰もが困惑しているとトリスが再度口を開いた。
「言っただろ。数に任せて攻めたら直ぐに死ぬって。」
「貴様ぁ!」
「後ろから出てきた野盗は残り三人だ。ヴァンが対処しろ。」
トリスはそう言うとミナトに向かって駆け出した。その踏み込みはとても速く一瞬でミナトに手の届く距離まで詰め、トリスは自分の間合いに入ったミナトの顔を殴りつけた。トリスの拳がミナトの左頬にのめり込みそのまま後ろに吹っ飛び、ミナトは殴られたことも気が付かないまま意識を失った。
ミナトが倒れた事を確認したトリスは崖を掛け登った。人の身長の何倍もある崖を数歩で登りきると鞘から剣を抜いて三十人の野盗達と対峙した。
「て、てめぇ。よくもお頭を。」
「あの女が頭目か。気絶させたのは丁度よかったな。後で色々聞き出そう。」
「舐めた事を言うな。この人数に勝てると思っているのか!」
「いい加減学習しろ。下にいた十人と同じ目に合うぞ。」
トリスはそう言うと一瞬で野盗達と距離をつめ、野盗達との戦闘が始まった。
ヴァンはトリスに言われた通りに残りの野盗達と対峙した。倒れた野盗達を除くと残りは三人。初めての対人戦でヴァンは緊張している。槍を握る力がいつもよりも強い。緊張で身体が強張っていた。
(まずいな。)
ヴァンは自分の身体が強張っているのを自覚していた。戦闘における緊張は心構えとしては良いが、身体は常に自然体にするようにレイモンドから指導を受けていた。それなのに全くそれが出来ずにいた。
野盗達は仲間が一瞬で十人も倒れたことで動揺している。直ぐに仕掛けて来ることは無いがこの状況は何時まで続くかは判らない。早く身体の力を抜かないといけないのに、心情とは裏腹に身体は全く言うことを効かなかった。
(どうすればいい。トリスさんに助けて貰うか?)
大声を上げてトリスに助けて貰うかと思考を巡らすと、フっとトリスの言葉を思い出した。
「緊張したら、飴を舐めるといいぞ。」
洞窟に入る前にヴァンが緊張しているとトリスがアドバイスをしてくれた。
「飴ですか?」
「ああ、冒険者をやっていた時に緊張した時に緊張を解く為に飴を舐める奴が何人かいた。戦闘とは関係無い刺激を受けることで身体の緊張を解くんだ。」
「でも飴なんて持って来ていません。」
「じゃあ、自分を殴る。」
「!?」
「自傷行為って奴だ。気合いをいれる時に自分の頬を叩くだろう。それだけだと弱いと思った時は強い衝撃を与える為に殴るんだ。」
「確かにそれは効果がありそうですね。」
「後は用を足す。」
「はぁ?」
「尿を出すと人間は落ち着く。無防備になるがかなり落ち着くぞ。排泄は大切な事だ。我慢しても良いことはない。」
「トリスさんもしかしてからかってます?」
「からかってなんかないぞ。現に少し緊張が解れただろう?」
「......確かに。」
「これも緊張を解すやり方だ。人と何気ない話をする。好きな事や興味を引くような話をするといい。」
そう言ってトリスはヴァンの緊張を解してくれた。出会った時とは別の意味でトリスはヴァンを気にかけてくれていた。ヴァンはその事が少し嬉しく少し照れくさかった。
そんな事を思い出していると口元が緩んだ。そして、自然と笑みが溢れ身体の緊張が少し解れ、手に込める力を稽古と同じくらいにすることが出来た。
(こんな事でも緊張は解れるんだ。そうだ、気負う必要も無いんだ。とにかく生き残るように努力しよう。)
トリスはここに来るまで何度もヴァンに「とにかく生き残れ。」と言った。トリスはヴァンの力を当てにはしていない。だが、見捨ててはいない。トリスは他者に対して薄情な面は確かにある。それは赤の他人に対して顕著に表れるが決して冷酷な人間では無いことはヴァンは知っている。
緊張を解すやり方を教えたり、体調の心配をしたり、村を出てからここに来るまでトリスは何度もヴァンを気にかけていた。もしかしたら今も気にかけているかも知れない。
そんな事を思うと心が楽になっていく。狭まった視界が開けて来る。身体の強張りも解け、槍を持つ手の力も稽古の時と変わり無い。身体から余計な力が抜けた。
(いける。)
ヴァンは自身の身体が何時通りに動けることを確認し、野盗目掛けて自ら一歩を踏み出した。
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